第13話

 レイナが実家へ戻る前日。

 俺たちは、駅までの帰り道を歩いていた。


 秋の風が頬を撫でる。

 並んで歩く歩幅は、いつの間にか自然と合っていて、言葉は少なかった。


「ねぇ、悠真」


「ん?」


「やっぱりまだ、ちょっと怖いよ」


「……うん」


「また前みたいに、裏切られたらって思うと、頭のどこかが止まらなくなっちゃう」


「それでも、行くんだな」


「うん。逃げないって決めたから。……悠真が言ってくれたから」


 そう言ってレイナは、ポケットから小さな紙を取り出した。


「これ、渡しとくね」


「ん? なにこれ」


「……うちの家の住所と、家電の番号」


 小さなメモ用紙に、丁寧な文字で書かれていた。


「悠真なら、直接来るって思ったから」


「お前、俺をどんだけ信じてんだよ」


「……全部。信じてる。自分の気持ちよりも、確かに感じられるものがあるって初めて思ったんだもん」


 その言葉に、返事なんかいらなかった。

 俺は無言で、彼女の手を取った。

 強く、でも優しく。


「明日、行くよ。絶対に」


「うん……待ってる」


     ***


 翌日。

 休日の朝、駅の改札口。

 大きなキャリーケースを持ったレイナが、制服じゃない服装で立っていた。


「……じゃあね」


「うん」


「絶対、後悔しないから。わたし、悠真に出会えたこと、全部に意味があったって言えるようにする」


「言わせてやるよ。俺が、そうしてやる」


「……っ、最後まで、ずるいね」


「お前のがずるいよ」


 笑い合って、でも目の奥は涙をこらえていた。


「じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 そう言って、俺は彼女の背中を見送った。

 後ろ姿は小さい。でも、力強くて――もう、迷ってなんていなかった。


     ***


 数日後。

 俺は、レイナの家を訪れた。


 スーツ姿で、礼儀正しく頭を下げて、玄関で自己紹介をした。


「結城レイナさんと、真剣にお付き合いをさせていただきたいと思っています」


 彼女の父親は驚いていたけど、話を聞いてくれた。

 最初は厳しい目をしていたけど、最後には小さく頷いてくれた。


 その日の夕方。

 庭先で待っていたレイナに、俺は言った。


「言ってきた」


「……っ、バカ……ほんとに来るんだもん」


「当然だろ。お前の彼氏だぞ、俺」


「……ずっと、いてくれる?」


「ああ。“俺の家”が、帰ってくる場所であるように、待ってる」


「じゃあ……私も、帰る」


 そう言って、レイナは小さな声で――


「……“悠真の隣”に」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中の全てが報われた。


     ***


 数週間後。

 レイナはもう一度、俺の家に戻ってきた。


 今度は“逃げるため”じゃない。

 “自分の意志”で、俺の隣に立つために。


 夕飯の後。

 いつものようにソファに並んで座りながら、彼女がぽつりと言った。


「ねぇ悠真。最近はさ、学校で“怖くない”って言われるんだよ」


「お、それは喜んでいいのか?」


「んー、どうだろう。でも、“レイナって、笑うと可愛いよね”って、女の子に言われた」


「……めっちゃ嬉しそうじゃん」


「うん。すごく、嬉しかった」


 そして、俺の方に体を寄せて、笑った。


「でも、一番可愛いって言ってくれるのは……悠真だけでいい」


「当然だろ。誰にも譲る気ないし」


「ふふ。ほんと、ずっとずっと……私の隣にいてね」


「――ああ、約束するよ」


     ***


 窓の外、冬の気配がゆっくりと近づいていた。

 だけど、俺たちの間に流れていた空気は、ずっと春みたいに優しくて、あたたかかった。


 “学年一のヤンキー女子”と、“真面目男子”の秘密の同居生活。

 その終わりは、ただの「終わり」じゃない。


 これが、俺たちの“始まり”だった。

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学年一のヤンキー女子、俺の家ではデレすぎ問題 赤いシャボン玉 @nene-kioku

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