もぬけあん

そうざ

Do You Know MONUKE-AN?

 あぁ、出雲大社おおやしろへお参りに来とらっしゃったんだがね。こらまたなんだら、都会まちからこんな田舎はずれまでおいでましたなぁ。えらかっただら。ま、胡坐を掻いておおふざくんで楽んしてごしなはいませ。ほれ、冷えた番茶があるけん、ちょっと飲んでごしなんせ。

 今な、もぬけ集めとったとこなんよ。『もぬけあん』っちゅうもん知らんだらかいね。 えぇ〜、知らんのかいな。やっぱり都会まちん御人だわいや。都会ん人はなぁ、何だか目ぇが死んでごねちょる気ぃするけんねぇ、まるで抜け殻みたいなからっぺだわ。まぁ、そげな事はどうでも良ぇけんどなぁ。


 ほれ、うちん門んとこに枝垂れ桜ん木がどっしり根ぇ張っとるだら。あれん根っこんとこからな、毎年もぞもぞぉ〜っと出て来るけん。日ぃ暮れたらぞろぞろぉ〜っと出て来るけん。ほんでな、次から次へと幹んとこ登ってとぉ上がって行くんだわいや。誰におっせえられた訳でもなかろうに、脇目も振ふらんと登ってくんよ。まるで取り憑かさばられたみたいに、たったかたぁ、たったかたぁってな、行進曲に合わせて歩くんだわ。実際は音なんか鳴っとらんけん、冗談だらや。都会ん人は直ぐしぐつけ真に受けるけん、よわるがね。

 或る程度まで登ったらな、ちんと大人しゅうなるんよ。じっとちゃんとして、その瞬間ときを待っとるんだわいや。ほんならな、背中ん辺りに割れ目が出来始めるけん。あれはおのれん意志で割っとるんかねぇ、それとも自然に割れるもんなんかねぇ。まぁ、どっちでも良ぇけど。


 ほんでな、割れた中から出て来るんさ、白うてやわやわしとるのがな。それをがばっと掴んで、地べたに叩きつけて、足でずりずり〜っとやったら、どげな気分になるんかいねって、いつも想像してまうんよ。阿保だら、実際にはせんわいや、冗談だらや。都会んもんはえらい真っ直ぐしぐーに育っとるけんねぇ。

 その白んのはな、折り畳んどった翅ん広げるんよ、一所懸命がっぱにな。そりゃ立派なもんだわいや、都会ん死んだ目ぇでも綺麗に見える筈だら。まるで天女みたいでなぁ、ついつばきが湧いて来るけんねぇ。


 ほったらまだ続きがあるけん。今度はみがらが色付いて来るんよ。折角ぴかぴか光っとったのに、とてもよぉきちゃなくなってまうけん、まるで都会ん者みたいや。都会は薄情つめたいし、こすいし、えばっとる奴ばっかりだがね。

 でもまぁ、良ぇえんよ。欲しいがは汚れたんが飛んでった後の蛻の方だけん。ほれ、今年も両手じゃ収まり切らんくらい集めたんだわいや。よう見てみられま、背中が割れとる以外は、触覚つのん先っぽから脚ん先っぽまで、欠けとるとこも掠り傷一つもなかけんね。鼈甲べっこうみたいな良ぇ色しとって、こまぁによう出来とって、まんで立派な芸術品えらいもんだわいや。


 まさか、これをそのまんま食う筈なかろぉに、そぎゃん悪食じゃなかがん。先ずはな、中身ん抜けたんに秘伝のあん・・をぎっちり詰めて、また土ん中に還してやるんよ。ほんで、何年か経ってまた地上じべたに出て来たとこを頂くんだわいや。

 あぁ、番茶のお代わりならなんぼでもあるけん、上がってごしないや。今日はやけに暑いけんねぇ。


 今年、掴まえたんも活きが良ぇだら。こうしてな、背中ん縫い目を切って、中身を引き摺り出してな。どげだ、良い具合えすごに浄化されとって、まんで産まれ立ての赤子みたいさなだわいや。どれだけ汚れとったんでも、こうして上等さぁさな珍味に化けるけんね。酒んあてにゃぴったりだわいや。


 これを更に一手間掛けて、裏漉うらごしして仕上げたら一層よけこと美味まいなるけん。足で踏み付けるがんて、そげな真似はせんわいや。それはな、本当にほんね虫ん居所が悪いはながこげた時だけだら。都会ん者は往生際が悪いけん、時偶ときたま、逃げ出そうとしおる面倒臭めんどい奴も居るけん。そん時は本当に手加減せんけんね。


 あぁ、ご免けどな、貴方あんさんにゃ裾分けはやれんわ。貴方さんがちょっこしでも食うたら、そりゃ同類なかま食いやがいや。同類を食うてしもうたら不味うなるって、昔から言われとるけんねぇ、いけんいけん。

 あれ、都会んではあん・・の意味が通じんだらか。この辺じゃな、魂の事を言うんだわいや。そう、蛻にあんを詰めるけん、『もぬけあん』っちゅうんだわ。


 さぁて、ぼちぼちお開きにしよか。さっきの蛻を煎じた番茶、美味かっただらか。貴方さん、何も気ぃ付けんと飲んどったなぁ。途中から居眠りそさねして、おらん話を夢現ゆめうつつで聞いとっただら。その間に早急はやはやに仕込みさせてもろうたけんねぇ。貴方さんの魂を蛻に詰めて、背中をしっかり縫うてな。


 どげだ、もう桜ん下に潜りたぁなって来たんじゃなか。潜りたぁて潜りたぁて仕方なかろうがいや。俺を田舎者ざいごたらやと見縊って気安う声掛けて来たんが、運の尽きだったんだわいや。土ん中でその汚れた体をしっかり浄化させな。なぁに、もう都会育ちの同類が沢山よぉけ潜っとるけん、寂しわぁがる事なんかなぁんもねぇけんね。

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