第12話:新たな正義の形と、くるみの未来
ちょいわるだーの首領が語った「必要悪」という概念は、七瀬くるみの心に深く突き刺さった。彼の言葉は、くるみがこれまで抱いていた単純な「正義」の定義を根底から揺るがし、彼女の心に大きな波紋を広げていた。廃工場の薄暗い空間で、くるみはソファに座り込み、温かいコーヒーカップを両手で包みながら、深く思考を巡らせた。湯気とともに立ち上る香りが、くるみの混乱した心を少しだけ落ち着かせる。
「悪」とは、本当に排除すべきものなのか? 「正義」とは、常に「善」であるべきなのか? 社会の裏側で、法では裁けない悪を「矯正」するというちょいわるだーの活動は、一見すれば悪だが、その結果としてより大きな混乱を防いでいるという首領の言葉は、くるみの頭の中で何度も反芻された。彼女の脳内では、アリスの分析能力が、首領の言葉と、これまでくるみが経験してきた「ちょいわるだー」との戦いの記憶を、複雑なパズルのピースのように組み合わせていく。確かに、ちょいわるだーの「営業」は、くるみの生活を支える資金源にもなっていた。もし彼らがいなくなれば、くるみはコスプレ衣装の材料費にも事欠き、ヒーロー活動を続けることすら困難になるだろう。それは、くるみの「正義」を追求する道を閉ざすことにも繋がりかねない。
くるみは、自身のヒーローとしての存在意義を深く問い直した。彼女は、ただ悪を倒すだけの存在でいいのだろうか? もっと、根本的な解決策はないのだろうか? 感情の谷を越え、意味のある光へ至る構造図が、くるみの脳裏に浮かび上がる。違和感、感情の膨張、価値観の発動、思考、動作、結果。この一連の連鎖反応が、くるみの内面で起こり始めていた。
首領は、くるみの葛藤を見透かすように、静かに語りかけた。「君は、まだ若い。だが、君の力は本物だ。その力で、この世界の『歪み』をどうするのか、君自身で決める時が来たのだ」彼の言葉は、くるみに選択を迫っていた。全てを白黒つけるのか、それとも、グレーな部分を受け入れ、新たな正義の形を模索するのか。
くるみは、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、迷いと同時に、強い決意の光が宿っていた。彼女は、自身のコスプレ能力が、単なる「変身」ではないことを理解していた。それは、そのキャラクターの持つ「概念」や「本質」を、くるみ自身の身体にダウンロードし、具現化する能力なのだ。影風の俊敏性、マミカの光のバインド、ティアナの風の刃、バルドの防御力、アリスの分析力、そしてヴァルキリーの不屈の精神と、破壊されるほどに強くなる力。これらは全て、くるみ自身の内面と結びつき、彼女を成長させてきた。そして、今回の戦いを通じて、くるみは自身の能力の真髄を理解した。それは、「コスプレを通じて、自身の内面を成長させ、新たな能力を獲得する」という、無限の可能性を秘めた力だったのだ。
「私は……ちょいわるだーを、完全に潰すことはしません」
くるみの言葉に、首領はわずかに目を見開いた。予想外の答えだったのだろう。
「しかし、あなたたちのやり方を、全て肯定するわけでもありません。私は、私自身の『正義』を貫きます。法では裁けない悪があるなら、私が表からそれを暴く。そして、あなたたちが『必要悪』として動くのなら、私はその『必要悪』を監視し、時には軌道修正する『必要正義』になります!」
くるみの言葉は、力強く、そして明確だった。彼女は、ちょいわるだーを完全に排除するのではなく、彼らの活動を監視し、時には介入することで、社会の「歪み」をより良い方向へと導こうと考えたのだ。それは、単純な善悪二元論では割り切れない、くるみ自身の新たな「正義」の形だった。感情の沈殿型ではなく、フィルタリング型で行動を誘引する、最適化された知性としての構造、DIAの概念がくるみの内面で具現化された瞬間だった。
首領は、くるみの言葉に静かに頷いた。「なるほど……『必要正義』か。面白い。君のような若者が、そのような答えを導き出すとはな」彼の顔に、微かな笑みが浮かんだ。それは、諦観ではなく、希望に満ちた笑みだった。
くるみは、首領とある種の「協定」を結んだ。ちょいわるだーは、くるみのヒーロー活動を妨害しない。その代わり、くるみはちょいわるだーの活動を監視し、彼らが度を越した行動に出た際には、容赦なく介入する。そして、ちょいわるだーは、くるみのコスプレ製作に必要な材料や情報の提供に協力することになった。それは、くるみの生活を安定させ、ヒーロー活動を継続するための、まさに「共存」の道だった。
くるみは、新たな決意を胸に、廃工場を後にした。夜空には満月が輝き、くるみの未来を明るく照らしているかのようだった。彼女の心には、これまで感じたことのない、清々しい達成感が広がっていた。ヒーローとしての道は、決して平坦ではないだろう。しかし、くるみはもう一人ではない。そして、彼女は自身の能力の可能性を無限に広げ、新たな正義の形を模索し続けるだろう。
翌日、くるみは学校で、友人たちに笑顔で挨拶した。彼女の顔には、疲労の色はもうない。成績も順調に回復し、授業中も真剣にノートを取っている。放課後、くるみは自宅で、首領から提供された高品質な材料と、最新の3Dプリンターを前に、次のコスプレ衣装の構想を練っていた。それは、くるみの新たな「正義」を象徴するような、これまでで最も美しく、そして強力な衣装になるだろう。くるみの物語は、まだ始まったばかりだ。
変身少女、覚醒!コスプレは命がけ!? 五平 @FiveFlat
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