第11話:ちょいわるだーの真の目的とくるみの選択
パワードスーツ部隊を撃破した七瀬くるみは、満身創痍の身体を引きずりながらも、ついにちょいわるだーの首領がいる最深部へと到達した。瓦礫と金属の残骸が散乱する廃工場のような薄暗い戦闘区域を抜けると、そこは意外にも、洗練されたオフィスのような空間だった。くるみは、その光景に思わず足を止めた。彼女が想像していたような、薄汚れた秘密基地や、悪の巣窟とはかけ離れた、まるで都心の高層ビルにある一室のような清潔感と、上質な雰囲気がそこにはあった。高級感あふれる革張りのソファが中央に置かれ、壁には抽象的な現代アートの絵画が飾られ、間接照明が落ち着いた雰囲気を醸し出している。空気は清潔で、微かにコーヒーの香りが漂っていた。
首領は、くるみの予想に反し、落ち着いた態度で彼女を迎え入れた。年齢はくるみよりはるかに上に見える、初老の男だ。彼の顔には、どこか諦めにも似た諦観が漂っていた。くるみの姿を見ると、彼は静かに微笑んだ。その表情には、これまでの敵とは違う、深い知性と、疲労のようなものが滲んでいた。ヴァルキリーのコスプレはボロボロで、ほとんど機能していない。装甲は剥がれ落ち、生身の肌が露わになり、くるみの身体は傷だらけだった。くるみは、もはや戦う力は残っていないことを悟り、警戒しながらも彼の言葉を待った。疲労で意識が朦朧とする中、くるみはソファに座るよう促された。
「ようこそ、コスプレヒーロー。まさか、ここまでたどり着くとはな。君には驚かされっぱなしだ」
首領は、くるみにソファに座るよう促し、自らコーヒーを淹れた。芳醇な香りが部屋に広がる。くるみは警戒しながらも、彼の言葉に耳を傾けた。温かいコーヒーカップを差し出され、くるみは戸惑いながらもそれを受け取った。その温かさが、くるみの冷え切った身体に染み渡るようだった。
「我々は、『ちょいわるだー』。その名の通り、『ちょっと悪いことをする者たち』だ。しかし、それは決して無意味な悪ではない。我々は、この社会の歪みから生まれた『必要悪』なのだ」
首領は、くるみの目の前で、タブレット端末を操作し、社会の裏側でうごめく真実を語り始めた。画面には、大手企業の裏取引、政治家と財界の癒着、表に出せない利権争いといった、一般には決して公にならない情報が次々と表示されていく。それらは、くるみがこれまで認識してきた「悪」とは、はるかに複雑で根深いものだった。ちょいわるだーは、そうした社会の暗部で起こる問題を、裏から「解決」することで成り立っているというのだ。くるみの脳内では、アリスの分析能力が再び活性化し、首領の言葉と画面の情報が整合性を取るかのように、論理的に組み合わされていく。
「例えば、ある企業が不正な手段で利益を得ているとする。表向きは法に則って裁かれるべきだが、彼らは巧妙に法の網を潜り抜ける。誰も彼らを止めることができない。我々は、彼らの不正を暴き、時にはその証拠をちらつかせ、違法な手段を使ってでも、彼らを『矯正』する。我々の『営業』は、そのための手段に過ぎない」
首領は、かつて自身も理想に燃える若者だったと語った。不正を憎み、社会を変えようと奔走した。しかし、現実の壁は厚く、理想だけでは何も変えられないことを痛感したという。正義を振りかざしても、法では裁けない悪が蔓延している。彼の瞳の奥には、かつての理想と、現実との間に生まれた深い溝が見て取れた。そして、最終的に彼は、社会の裏側で「必要悪」として暗躍する道を選んだのだ。営業を断った企業をターゲットにするのも、彼らにとっては「交渉材料」に過ぎない、と。その言葉は、くるみの持つ単純な「悪」の概念を根底から揺さぶった。
「我々がいなければ、もっと大きな問題が表面化し、社会全体が混乱する可能性もある。お前が言うような単純な悪ではない。時には、我々の活動によって、より大きな悪が防がれることもあるのだ」
首領の言葉に、くるみは衝撃を受けた。これまで単純な「悪」として認識していたちょいわるだーが、複雑な背景を持つ存在だと知り、くるみは自身の「正義」について深く考えさせられた。完全に彼らを滅ぼすことが、本当に正しいことなのだろうか?悪がいなければ正義の味方は仕事がないという、皮肉な現実がくるみの脳裏をよぎる。彼女自身の生活も、ちょいわるだーから得た資金に支えられている部分がある。もしちょいわるだーがいなくなれば、彼女の貧乏生活はさらに悪化し、ヒーロー活動を続けることすら困難になるだろう。
首領は、くるみに選択を迫った。「お前は、この社会に存在する『必要悪』を全て排除するのか?全てを白黒つけなければ、正義ではないと考えるのか?それとも、新たな正義の形を模索し、この世界の現実を受け入れるのか?」彼の言葉は、くるみの心に重く響いた。くるみは、答えを出せずにその場に立ち尽くした。コーヒーの湯気が、くるみの視界をぼやかせた。彼女の心の中には、これまでの単純な正義感と、首領が語る複雑な現実がせめぎ合っていた。正義とは、一体何なのだろうか。ヒーローとしての自分の存在意義を、くるみは深く問い直さなければならなかった。その問いは、くるみの心に深く沈殿し、やがて新たな感情の芽生えを促していく。
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