第27話ージュナとエリアル



クライス邸にて、エリアルは応接室で緊張した面持ちで待たされていた。



王宮から帰って2週間が経った。エリアルはこの中期休暇、ほぼ休息しかとっていない。




魔力切れを2度も起こし、床に伏していた中期休暇ももう少しで終わる。




「待たせたね」


クライス伯爵が入ってくると、エリアルはサッと立ち上がった。




「伯爵、本日はお時間をくださりありがとうございます」


クライス伯爵はエリアルを見て、なんともいえない表情で微笑んだ。


「もうすっかり元気なのかい?」




「はい。魔力も戻って普段通りの生活に戻りました。ーあの、伯爵····」


エリアルは言いかけて止まらざるを得なかった。




クライス伯爵は手をエリアルの前にスッと出して静止させた。




エリアルは冷や汗が額を流れる感覚を味わった。


(不味い。やはり僕の印象は良くなっていなかったのでは。いや、反対されようとも諦めれるはずもないが)




「··············」


ーー沈黙ののち、伯爵は口を開いた。




「エリアル。君が何を言いに来たのか分かっている。けれども、私は許可出来ない」



「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか。ーただ、クライス伯爵。たとえ理由を聞いても僕が諦める訳ではありません」




「そうだろうね?まぁ1番の理由は君、一度断ったじゃないか。あの時ジュナはひどく落ち込んでいてね」




あの場にジュナが居たことは自分のミスだ。エリアルは誠心誠意、頭を下げた。 


「ジュナを傷つけたこと、申し訳ありませんでした。ーですが」


「まぁ待ちなさい。私だって娘の幸せを願っている」


エリアルは頭を上げた。




伯爵はニヤリと笑った。


「卒業まで、ジュナの気持ちが君にあるままなら、婚約を許そう」




「えっ」


思っていたより、条件が軽い。


(いや、待て。僕じゃなく、ジュナの気持ちが····となると)


一瞬の間にエリアルの気持ちは上がって少し下がった。




パッと顔を上げたエリアルの表情が変わり、伯爵は笑った。


「そうだ。油断するなよ?ジュナの闇属性が周知されてしまった今、彼女をとりまく環境は変わるだろう。心ない事を言う者や、貴重ゆえに研究材料に求められるかもしれない。心身ともに、彼女を守れない者には許可できないからな」




(そんなことは、僕にとっては当たり前だ)


彼女を守りたい。それは6歳の頃から、いや前の生から、ずっとエリアルを突き動かしていたものだ。


「承知しました。クライス伯爵、今のお言葉忘れないでください」


エリアルは伯爵に念を押した。


































ーーーーーーーーー


夕刻、ジュナはバルコニーにあるテーブルでお茶を飲んでいた。




王宮から戻ると、ルナマリアもローウェン家の邸宅に戻ることになり、ジュナは2週間静かにクライス邸に閉じこもっていた。




外に出てもいいが、家でのんびり過ごしたかった。




「クロ」


名前を呼ぶと、クロは近づいてきて、頭をジュナの膝の上に乗せた。


ジュナが頭を撫でると気持ち良さそうな顔をする。




闇の眷属、黒い狼はジュナから離れない。クロと名付け、2週間ずっと一緒に過ごした。






淀んだ気を背後に感じ、ジュナは振り返った。


「なんとも妬ける光景だな」




エリアルがブスっと腕を組んでこちらを見ていた。


「エリアル?来てたの?」




ジュナは立ち上がり駆け寄った。手紙のやり取りをしていたので、エリアルが元気になったことは知っていたが、実際に元気そうな姿を見て、心底ホッとした。




「どうしたの?お父様に用事があったの?」


「ああ。婚約の許可を貰いに」




ジュナの身体が跳ねた。


「っえ?ここ婚約?」


声も震えた。




ジュナは予想外のことに慌て、エリアルから一歩下がった。


ーが、エリアルの風でふわりと引き寄せられた。




顔が熱い。きっと真っ赤なのだろうと下を向いたものの、エリアルの視線を感じてすぐに顔を上げた。 




熱のこもったラベンダー色の瞳に自分の顔がしっかり映っている。




「許可、貰えたの?」


「駄目だった」


ジュナは目を丸くして、力の抜けた声で言った。


「····えぇ··」


ショックを受けていると、エリアルの手がジュナの頬を包んだ。


「ジュナ。僕は君以外の女性と結婚するつもりは全くないから、もし僕と結婚したくないなら、今言ってくれ。公爵夫人は色々と大変だ」




ジュナはちょっと意地悪をしてみたくなった。


「いやって言ったらどうするの?」




エリアルは目をパチパチさせたものの、にやりと言う。


「そうだな。代理を立てるかな。ジュナとは結婚して、面倒なことはサイラスにでも頼もう。君には、何も苦労させたくない」




ジュナはびっくりした。普段、生真面目なエリアルがこんな冗談を言うなんて。


「ふふ」




ジュナは最近クロとするようになった鼻キスをした。


「エリアルのお嫁さんになりたいから頑張るね。全然苦労とかじゃないよ」




エリアルは固まって動かない。


「あっ、最近クロとしてるからつい····」



それを聞くとエリアルはわなわなと震えはじめた。


「ジュナ、これを毎回クロとしているのか?」


「うん?クロは鼻がひんやりしてて気持ちいいんだよ」




エリアルは下を向いたまま深いため息をついている。


「エリアル?久しぶりなんだから顔みせて」


ジュナが頼むと、エリアルは下を向いたままジュナを抱き寄せた。


「これ以上、僕を試さないでくれないか」




何のことやら分からず、ジュナが問おうと顔を上げると、エリアルがジュナに口付けた。


また何度もするのかな?と思っていると、エリアルは一度でジュナを離した。




物足りないと思ってしまった自分を恥ずかしく思ったものの、エリアルにお願いしてしまった。


「もう1回、だめ?」




答えを聞く間もなく、エリアルは口付けしてくれた。一度、長く、二度。


ぎらぎらと熱のこもったラベンダーの瞳を見ると、ジュナの心はとても満たされた。




苦しくなって、「もうおわり」と言いかけたものの、エリアルに口を塞がれて言えなくなってしまった。






「ジュナ。卒業したら結婚しよう」


鼻が付く距離でエリアルが言った。ジュナは「うん」と短く返事をして自分からキスをした。
















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愛され悪女は 今日も悪には染まらない 織子 @kirin-kaku

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