第26話ー決着(後編)



風が収まると、残った土壁の上に銀髪をなびかせてリヴァイア・エステル教皇は現れた。


「聖女さま。どうされますか?」




聖女はリヴァイアの腕に飛び込み、子どものように泣き始めた。



「もう駄目だわ。全部壊れちゃった。元の世界にも戻りたくないっ」



リヴァイアは聖女をあやすように頭を撫でている。


「どこにも戻れませんよ。貴方は悪に堕ちてしまいましたから」


悲しそうな声だった。




リヴァイアは聖女に向ける優しい目とは真逆の、鋭い視線でジュナを見た。



「ジュナ・クライス。本来お前が落ちるはずだった悪を、聖女さまが変わりに請け負ってしまわれた。責はとってもらおう」



リヴァイアが手をかざすと、たくさんの土の塊がジュナめがけて飛んできた。一つでも当たったら致命傷を負うであろう速度で。



ジュナは痛みを覚悟した。



「そうはいかない」



「させませんわ」



「あきらめろ」


いろんな方向から声がして、パッと目をあけるとジュナは様々なものに守られていた。



火のつぶては、土の塊を砕き、水の壁は土を溶かしている。風の刃は土の塊を裂いた。



(みんなが守ってくれている)


ジュナは一歩前に出て、リヴァイアと聖女に向かって言った。


「私が負う責なんてなんわ。私は悪には染まらない」


ーー私は周りの人に愛されている。みんながこんなに自分を大切にしてくれているのに、悪になど染まれるわけがないわ。



聖女は呆然とジュナを見ていた。


リヴァイアが歯を食いしばり、聖女に言った。



「聖女さま。今しかありません。時期に王国軍が来ます」



聖女はジュナを見ながら呟いた。


「そうだとしても、私だって光よ。主人公だったの」



ジュナが最後に見たルリ・ミズサワの顔は、聖女のようだった。



光が彼女に集まり、微笑みながら手をかざす。



「くるぞ!」


エリアルが鋭い声で叫んだ。



ホーリーランスを防ぐ術は、ジュナの闇魔法のみ。


ジュナは自分に魔力が残っていないことに気付き、血の気が引いた。


(どうしよう。ブラックホールを2回も使ったから、何も出来ない。前に出て、この子と防ぐ?!)


ジュナは瞬時に傍らにいた黒い狼を見た。


黒い狼は静かな目でジュナを見ている。


(ー玉砕覚悟なら、いけるかもしれない)


ジュナはすぐに心を決め、更に一歩出た。ーするとすぐに後ろに引っ張られた。 










ーーーーーーーーーーーー


聖女から放たれたホーリーランスは、炎の柱にぶつかり、水の壁に阻まれ、最後には竜巻に飲み込まれ、ジュナに届くことなく消えた。










エリアルはジュナが一歩前に出たとたん、恐怖で目の前が真っ暗になった。


けれど考えるより先に、手が動いていた。



魔力はほとんど残っていなかったが、6歳の頃から鍛えた魔術はまさに今日のためだったのだ。



渾身の力を込めた。足りないぶんは自分の身体を楯にするつもりだった。



2人の王子の炎と、ルナマリアの水の力がなければ、危なかった。



とはいえ、使いすぎた魔力の反動で意識が遠のく。


(まだ。まだだ。安全かどうか分からない)


エリアルはジュナを庇うように抱きすくめているが、もはや倒れないようにしがみ付いているのか分からなかった。



「ジュナ。僕は、帰ったら君に言いたいことがある」



我ながら遺言のように言ってしまった自覚はあった。



ジュナはエリアルにホーリーランスが届いたと勘違いしているかもしれない。


それくらいジュナは腕の中で泣いている。


「エリアルっ離して!大丈夫なの?」


「大丈夫だから、そんなに暴れないでくれ」


今、手を緩めたらエリアルは失神してしまう。




「でもっでも」


力なく口を開くエリアルに、ジュナは慌てている。



「いやだ。エリアル死なないで。お願い。ー私、エリアルがー···」


エリアルは咄嗟に、ジュナの口を自分の口で塞いだ。


(先に言われたらたまらない)


ジュナは固まってしまい、潤んだ翡翠の瞳を見開いている。


エリアルは力なく微笑んで言った。


「ごめん」






遠くから何人か集まってくる気配があった。アンバーが先導している。王国軍だろう。



エリアルはほっとして力を抜いた。


ジュナの大きな目から、涙が流れ続けている。


涙も拭えず、言い訳も出来ぬまま、エリアルの意識は途切れた。
























ーーーーーーーーーー


目を覚ましたのは、見知らぬ部屋だ。お腹に重みを感じて視線を向けると、クリーム色の髪が見えた。



身体を起こし、クリーム色の髪を一房すくう。



「う···エリアル?」


エリアルの上に、つっぷして寝ていたからか、おでこが赤くなったジュナを見て、エリアルは微笑んだ。



「起きたのね?大丈夫?すぐに人を呼んでくるから」


立ち上がろうとするジュナの腕をつかみ引き寄せた。


「待ってくれ。誰も呼ばなくていい」 


ジュナの表情を見るのが怖くて、肩に顔を埋めた。




「本当は正式に、ちゃんと準備をして言いたかったのだが、一刻も早く伝えたいから今言う」




「えっなに?」



「ジュナ。僕と結婚してくれ」


(しまった、婚約って言うつもりだったのに……)


婚約を申し込むつもりが、結婚を申し込んでしまった。




ジュナは微動だにしない。




「················」




「何か言ってくれ」


あまりに反応がないので、エリアルはジュナを腕から解放して顔を見た。




ジュナの顔は真っ赤に染まっていた。思わず生唾を飲み込む。




エリアルは咄嗟にジュナと距離をとった。




(今は何時だ?)


辺りが暗い。暗闇に2人きりの部屋で、ベッドの上で、僕は何をしてるんだ?!




真っ赤になって下を向くジュナが視界に入ると、理性が飛びそうだ。




ジュナは俯いたまま、ぽつりと言った。


「私ね、ずっとエリアルが好きだったの」


その一言が、胸にじんと染みた。

どれほどこの言葉を待っていたかーー


エリアルの僅かに残った理性は、その一言で消え去った。



取ったはずの距離はなくなり、とろけそうな目で見つめたままジュナの口を塞いだ。




昂揚を抑えられず、抑えなくても良いのでは?と考えている。


吸い寄せられるまま、何度も唇を重ねた。




「ちょっ、ちょっと多い」


真っ赤なジュナが抗議したことで、一気に理性が戻ってきた。




エリアルは拳で思いっきり自分の頬を殴り、ものすごく驚いたジュナに人を呼ぶように頼んだ。















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