Light novel【短編小説】

Unknown

Ⅼight novel

 過去に、誰かにこう言われたことがある。


「あなたの文章に私は命を救われました」


 言葉は人を殺す。言葉は人を生かす。

 俺の言葉に人の命を救う能力がある。それが真であれば、俺の言葉には人の命を奪う能力もあるという事だろう。

 他者の命を救う時、そこにはパワーがある。

 他者の命を奪う時、そこにはパワーがある。

 ただパワーの方向性が違うだけだ。

 人の生かし方を知っている俺は、同時に、きっと人の殺し方も知っている。

 俺は怖かった。

 生きる意味はある。生きる意味は無い。どっちも正しく思えるからだ。

 そして俺の心の中には、いつも闇と孤独しかない。

 でも良い人の“フリ”なら学生時代から得意だった。


 ◆


 深夜の真っ暗な田舎道に立っている街灯のような小説を俺は書きたいと思って、真夏の深夜未明に真っ暗な部屋で椅子に座り、小説執筆を開始した。

 部屋の光源はノートパソコンしかない。


「俺の事をまだ嫌いじゃないなら、俺をずっと許さないでくれ。嫌いでいてくれ」


 そんな一文が俺の小説の書き出しだった。

「好き」にはエネルギーがある。

「嫌い」にもエネルギーがある。

 だが「無関心」にエネルギーは存在しない。だから「好きの反対は無関心」なのだ。

 これは他人だけでなく、自己にも同じことが言える。

 自分のことを「嫌い」でいられるうちは、まだエネルギーが残っているから、いつか自分のことを「好き」になれる余地や可能性がある。だが自分の存在に対して完全に「無関心」になってしまった時は、少し危険かもしれない。

 ちなみに俺は自分の存在がもうどうでもよくて、自分の存在に対して無関心だ。

 だから小説を書いて、俺は自分の心の中に何かを産もうと考えた。好きでも嫌いでも何でもいい。何かエネルギーが俺の心の中に欲しいのだ。生きていくために。死なないために。

 俺はタバコを吸いながら片手でパソコンをタイピングする。

 一人ぼっちの部屋で。

 俺は俺の本音を全部知っている。本当は愛されたい。本当は愛したい。自分も他人も。

 だから本音を小説にしなければならない。

 俺は俺の本音を全部知っている。本当は嫌われたい。本当は嫌いたい。自分も他人も。

 だから本音を小説にしなければならない。


 ◆


「俺の事を覚えてるか」


 俺は少女に無表情で訊ねた。

 彼女は病院のベッドで点滴を受けている。栄養が足りていないから。その指にはタコが出来ていた。

 俺は今、病院にお見舞いに来ていた。

 少女はキョトンとした顔で俺にこう言った。


「もう忘れた。覚えてない。誰だっけ」


 ◆


「俺の事を覚えてるか」


 俺は成人女性に無表情で訊ねた。

 彼女は精神科の閉鎖病棟に一人ぼっちで敷布団に横たわっている。部屋の扉は二重構造で施錠されている。部屋の上部の隅に丸くて黒い監視カメラが1個ある。銀色のトイレにはドアや蓋が無い。窓ガラスも二重構造で鍵が掛かっている。窓には沢山の爪の引っ掻き傷がある。


「あんた誰」


 ◆


「俺の事を覚えてるか」


 俺は俺に問いかけた。俺はアパートの真っ暗な部屋で椅子に座ってノートパソコンを開いて小説を書いていた。その背後から俺は自分に声を掛けた。彼は毎日7種類の精神薬・眠剤を飲んでいた。彼は振り返って、無表情でこう言った。


「お前誰だ」


 ◆


 俺は自分の部屋を見渡した。市が指定しているゴミ袋には燃えるゴミが入っている。

 俺は火葬場を想起した。

 死んだ人間の骨を、二人一組で箸で掴んで、骨壺に入れた。

 住職がお経を読み上げる。俺は前に出て焼香を立てる。数年前の暑い夏の日の事だった。

 バスに揺られる。俺は外の景色を眺める。どうでもいい景色が流れる。涙は出なかった。

 俺は自分の部屋を見渡した。無糖のブラックコーヒーの空きペットボトルが目に入った。俺は酒を長年飲んで母を苦しめた。「●にたい」と泣きながら言ったら、一家心中を提案された。「だめだよ」と俺は泣いて言った。翌日から鬱が過去最大に悪化した。数年後の今、俺は酒を飲まなくなった。

 俺は自分の部屋を見渡した。テーブルの上に手紙があった。人から貰ったものだ。

 俺は自分の部屋を見渡した。壁に俺の似顔絵と女の子の絵が貼られていた。人が描いてくれたものだ。

 俺は自分の部屋を見渡した。市の広報誌が床に落ちていた。ポストに入っていたものだ。まさかここに引っ越すことになるとは思っていなかった。

 人生何が起こるか分からない。


 ◆


 いつの間にか俺は生活の中でスマートフォンを見る頻度が激減していた。情報という名の暴力を見たくなかったからだ。

 だが、俺は今、小説を書くためにキーボードを叩いている。情報という名の暴力をふるっている。

 俺は常に自分を疑っている。

 他人に嘘をついたこともあれば、自分に嘘をついたこともある。

 俺は今、何を見て、それ見てどう感じている? 自分は今、何を考えている?


「本当の事を言え」


 そう言うと、俺は無言になった。ここは精神科の待合室であるらしい。周りには患者が何人もいる。

 やがて俺の名前が呼ばれると、俺は立ち上がって診察室に入っていった。


「おい待て」


 その声は届かなかった。


 ◆


 俺は無表情でぼんやりとタバコを吸っていた。

 音楽を聴いていた。

 誰かの言葉が何でもいいから欲しかった。

 音楽以外の娯楽に飽きてしまった。


「本当の事を言うと、俺はエネルギーが欲しい。正でも負でも、なんでもいいから」


 俺は俺にそう言った。


「自分に対して無関心になるのが一番よくないんだ。自分のことを好きになるか嫌いになるか、どっちかになれる行為をしなければならない。だから俺は自分に無関心になった10代の高校3年生の頃からずっと必死に小説を書いている」

「お前は、自分のことが好きか? 嫌いか?」

「まだ何も分からない。でも死にたくない。それだけは確かだ」


 俺はタバコの煙を吐いて、そう言った。


 ◆


 俺は、自分のことを好きになるか、嫌いになるか、まだ決まってない。


「あなたは私の敵だ」


 包丁を持った知らない女性が俺の部屋に現れる夢を見た。


「嫌われると、1人の人間として認識してもらえた、みたいな感覚になる」

「殺す気が失せた」


 ◆


 部屋にある灰皿、冷蔵庫、電子レンジ、エアコン、ベッド、コーヒーの空きペットボトル、干された洗濯物、除菌シート。ぬいぐるみ、ギター、野球のグローブ。

 それらと俺の違いは「思考するか・行動するか」という違いしかない。

 俺は思考し、行動しなくては、この部屋にある無機物と同等の価値になる。


「生きた証が欲しい。この世に俺という人間は存在している」

「ならどうしてペンネームがUnknownなんだ?」

「俺は俺の事が何も分からないからだ。何も分からない、という事を俺は自覚してる」

「きっとお前は一生自分の事なんて分からない。俺はそれが分かってる」

「俺には欲望はもう無い。ただ死にたくないだけだ」

「生きたいという欲望はある」

「他人にどんなに負けても気にならないが、自分に負けるのだけは腹が立つ。幸せか幸せじゃないかは大した問題じゃない」

「いずれにせよ心は静かな方が良い」

「それを知ってるなら、さっさとここから消えてほしい」


 俺は俺に嫌われた。踵を返して部屋を出た。


 ◆


 アパートから出ると、俺と同年代くらいの男が急に声を掛けてきた。


「あの女性は頭があれなだけで、明るくて前向きで優しい人ではある」

「あなたはその人を嫌っているのか。好きなのか」

「両方だ。でも一つ言えるのは、もう俺はあの人とは関わらないという事だ」

「そうか。俺も頭は弱い」

「頭が弱いのか。可哀想に」


 俺は知らない男に同情された。男は静かにアパートの自分の部屋に入っていった。


 ◆


 深夜の何もない暗い町を一人でフラフラ歩いていると、後ろからさっきの男に声を掛けられた。


「お前に忠告がある」

「なんだ?」

「お前、誰かに洗脳されたりはしてないか? 頭が弱いって言ってただろう。さっき」

「洗脳はされてない。俺は他人の言動に何も感じていない」

「そうか。良くない洗脳には気をつけろ」


 その言葉を聞いて、俺は俺の部屋に戻ることにした。


 ◆


 俺は俺の背後から、こう言った。


「人を洗脳するなよ?」

「するわけないだろ」

「お前は頭がおかしいから自分が小説を書くことの危険性に気付いてない。今すぐ小説を書くのを辞めろ」

「やめられない。俺は他に何もすることが無い」

「じゃあ眠剤飲んで早く寝ろ」

「俺は無料の宗教になる。誰かにとっての、優しい光になるような小説が書きたいんだ。きっと」

「もう好きにしろ」

「今書いているのは、さしづめ、ライトノベルと言ったところだ」

「お前、ライトノベルなんて書いたことが無いだろ」

「ライトノベルと言っても、照明の方のライトだ。俺が目指すものは」

「Ⅼightか」

「そうだ。俺の小説は、扱っているテーマはむしろヘビーなものが多い。だが、その中にも光はある」

「そうか」

「どんな暗闇の中でも小さな光は生み出せる。俺は、自分にはそれが出来ると思っている」

「思い上がりだ」

「思い上がりかもしれない。実は俺は、生きる上で俺自身の精神を自分で洗脳している。宗教、哲学、思想家の言葉は部分的には参考になったが、俺を洗脳するには至らなかった。じゃあどうすればいいか。俺が俺を洗脳するしかない」

「どうして洗脳されたがっているんだ?」

「何かに洗脳された方が生きる上での苦痛は軽減するからだ」

「たしかにな」

「生きている他者に洗脳されるのは危険だ。他者の思考や行動はコントロールできないからだ。でも自分なら、精神さえ安定していれば常に一定の状態をコントロールできる。俺は毎日7種類の薬を飲んで自分の精神を安定させることには成功している。安定している自分は、この世で誰よりも信用できる。これは多分どの人間もそうだ。俺は今、それが伝えたくて小説を書いていた」

「危険だ。自分を自分で洗脳したとして、その自分が大きく間違っていた場合、他者がいなければ間違いを犯していることに気付けない」

「話が変わるが、俺は毎朝9時になるとテレビで同じニュース番組を無音で見る。テレビが無音なのは音楽を聴いているから。その番組に出てる女子アナが可愛いから、俺はそのニュース番組しか見ていない……」

「本当に話が変わったな」

「ちなみにdaydayというニュース番組だ。女子アナが俺好みだという、その一点のみが理由でdaydayを毎朝見ている。何かをしながら」

「でもその女子アナはお前の事を好きじゃないぞ。そもそも知らないからな」

「好かれたら逆に困る。遠くから見てるから良いんだ」

「そうだな。富士山と同じだ」

「……グダグダと話したが、結局俺は暇なんだ。暇つぶしに文を書いている。俺の暇がつぶれたら、それでいい」

「どうせ小説を書くなら、意味のないことより意味のあることを書いた方が良いぞ」

「じゃあ一応、作中にこう書こう。『夏は暑いので熱中症対策が必須である』と。これは意味のある言葉だ」

「そうだな。熱中症対策にはかなり意味がある。良い言葉だ」

「あと『daydayに出てる女子アナが可愛い』と書いておこう」

「それはお前の個人的な趣味じゃないか」


 ◆


 深夜、眠って、朝に起きた。

 俺の気分は安定していた。

 久しぶりに実家の猫に会いたいと、ふいに思った。

 しかし実家に帰るのはやめようと思った。俺が安定して一人暮らししていると家族は安心するからだ。今日も俺は在宅の作業所で10時30分から15時30分まで働く。

 今日の空は薄い水色で、部屋には明かりが差し込んでいた。

 それを見ても特に何も思わない。

 ただ明かりだけが差し込んでいた。俺の気分はとても静かだった。

 










 終わり



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