異世界から来た勇者と私 ~忘れられない夏の約束~
トムさんとナナ
異世界から来た勇者と私 ~忘れられない夏の約束~
## 第一章 再会
夏の終わりを告げる蝉の声が、窓の外で響いている。私、田中美咲は高校三年生の夏休み最後の日、いつものように図書館のアルバイトをしていた。返却された本を整理しながら、ふと懐かしい思い出が頭をよぎる。
「美咲ちゃん、僕が大きくなったら、きっと君を守る騎士になるからね」
十年前、隣の家に住んでいた幼馴染の男の子が、真剣な顔でそう言ったことを思い出す。彼の名前は山田樹里。小学三年生の時に、お父さんの転勤で引っ越していった。
「美咲!」
突然、後ろから懐かしい声がした。振り返ると、見覚えのある顔立ちの青年が立っている。背が高くなって、髪も少し長くなっているけれど、あの優しい瞳は間違いなく——
「樹里?本当に樹里なの?」
「久しぶり。十年ぶりだね」
彼は少し照れたような笑顔を浮かべる。昔と変わらない、人懐っこい笑顔だった。
「どうしてここに?確か遠くに引っ越したって…」
「実は、君に頼みがあって戻ってきたんだ」
樹里の表情が急に真剣になる。
「頼み?」
「美咲、信じられないかもしれないけど、僕は異世界の勇者なんだ」
「…はい?」
一瞬、時が止まったような気がした。
「え、えーっと、樹里?もしかして夏の暑さでやられちゃった?それとも何かの冗談?」
「冗談じゃない。本当なんだ」
樹里は真剣な表情で続ける。
「十年前に引っ越したと思っていたかもしれないけど、実際は異世界に召喚されたんだ。そこで勇者として魔王を倒す旅をしていた」
「ま、魔王って…」
頭がついていかない。幼馴染が突然現れて、異世界だの勇者だの魔王だのと言い出すなんて。
「証拠を見せよう」
樹里が手を上げると、突然光の剣が現れた。図書館の静寂を破って、キラキラと光る剣が宙に浮いている。
「うそ…」
思わず本を落としてしまう。
「美咲、僕には君の力が必要なんだ」
## 第二章 世界の危機
その日の夜、樹里は私のアパートで詳しい話をしてくれた。
「異世界では『アルテリア』という名前で呼ばれていた。そこで十年間、仲間たちと一緒に魔王を倒すために戦ってきたんだ」
「十年間って…異世界にいたなら、もっと時間が経っているとか、見た目が変わっているとか、そういうことじゃないの? でも樹里、見た目は私と同じくらいじゃない?」
「そうなんだ。僕がいたアルテリアでは、奇跡的にこちらの世界と同じ時間が過ぎていたんだ。だから、美咲と同じように歳を取っているんだよ。」
コーヒーを飲みながら、樹里の話に耳を傾ける。まだ現実味がないけれど、あの光の剣を見た以上、嘘ではないのだろう。
「それで、魔王は倒したの?」
「それが問題なんだ」
樹里の表情が曇る。
「魔王を倒すことはできた。でも、その時に魔王が最後の力で次元の壁に亀裂を作ってしまったんだ。そのせいで、アルテリアの闇の魔物たちがこの世界に流れ込み始めている」
「え?この世界に?」
「そう。もうすでに何体かが現れているはずだ。普通の人には見えないけれど、確実に影響を与えている」
樹里がテレビのニュースを指す。最近、原因不明の事件や事故が増えているという報道が流れていた。
「じゃあ、それを止めるために戻ってきたの?」
「そうだ。でも、一人では限界がある。美咲、君には特別な力があるんだ」
「私に?そんなわけないよ。私はただの高校生で、特別なことなんて何も…」
「君は『心の架け橋』という能力を持っている。人と人、世界と世界を繋ぐ力だ」
樹里が私の手を取る。その瞬間、不思議な温かさが胸に広がった。
「この力があれば、僕はアルテリアの仲間たちと連絡を取り、この世界の亀裂を修復できる」
「でも、危険なんでしょう?」
「君を危険な目には遭わせない。絶対に守るから」
昔と同じ、真剣な瞳で私を見つめる樹里。胸がドキドキしてしまう。
「分かった。協力する」
私がそう答えると、樹里は安堵の表情を浮かべた。
## 第三章 特訓と日常
翌日から、樹里との特訓が始まった。
「まず、美咲の力を引き出すために瞑想から始めよう」
「瞑想って、お寺でやるやつ?」
「似たようなものかな。心を落ち着けて、内なる力を感じるんだ」
公園の木陰で、あぐらをかいて目を閉じる。でも、樹里が隣にいると思うと、どうしても意識してしまって集中できない。
「美咲、雑念が多すぎる」
「雑念って失礼ね!」
「何を考えているんだ?」
「べ、別に何も考えてないよ!」
顔が熱くなってしまう。樹里は昔から人の心を読むのが上手だった。
「そういえば、アルテリアにも美咲みたいな女の子がいたな」
「え?」
急に胸がざわつく。
「エルフの魔法使いでね、とても綺麗で賢くて…」
「ふーん、そうなんだ」
なんだかモヤモヤした気持ちになる。
「でも、美咲には敵わなかった」
「え?」
「美咲の方が可愛いから」
「ちょ、ちょっと!何言ってるのよ!」
顔が真っ赤になってしまう。樹里は昔から、こういうことをサラッと言うのが上手だった。
「集中できないじゃない」
「ごめんごめん。でも本当のことだよ」
そんなこんなで、特訓は思うように進まなかった。
## 第四章 最初の戦い
一週間後、ついに魔物が現れた。
「美咲、学校の体育館に魔物の反応がある」
夜中に樹里から連絡が来た。慌てて支度をして、学校に向かう。
体育館の中は暗闇に包まれていたが、奥の方で赤い光がゆらめいている。
「あれが魔物?」
「シャドウウルフという魔物だ。影を操って攻撃してくる」
樹里が光の剣を召喚する。
「美咲は後ろにいて。絶対に近づいちゃダメだ」
でも、戦いが始まると、シャドウウルフは予想以上に強かった。樹里一人では手に負えない。
「樹里!」
とっさに駆け寄ろうとした時、胸の奥から温かい光があふれ出した。その光がシャドウウルフに向かって放たれると、魔物の動きが止まった。
「今だ!」
樹里の剣がシャドウウルフを貫く。魔物は光の粒となって消えていった。
「美咲、すごいじゃないか!」
樹里が興奮して私の手を握る。
「えへへ、まぐれかも」
「まぐれじゃない。君の力が目覚めたんだ」
その時、樹里の手の温かさに気づく。昔から、樹里の手は大きくて温かかった。でも今は、もっと力強くて、頼もしい。
「美咲?」
「あ、何でもない!」
慌てて手を離す。でも、心臓がドキドキして止まらない。
## 第五章 仲間たち
魔物との戦いが続く中、樹里の仲間たちがアルテリアから応援に来てくれることになった。
「紹介するよ。エルフの魔法使い、リーナだ」
現れたのは、確かに美しいエルフの女性だった。長い金髪に青い瞳、そして上品な雰囲気。
「樹里から聞いています。美咲さんですね。よろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ」
なんだか緊張してしまう。
「そしてドワーフの戦士、ガロンだ」
「よろしく頼むぞ、嬢ちゃん!」
髭を蓄えた小柄だけど筋肉質な男性が現れた。
「最後に獣人の盗賊、ニャンタ」
「にゃーん、よろしくお願いしますにゃ」
猫の耳と尻尾を持つ、愛らしい女の子が現れた。
「すごい…本当に異世界の人たちなんだ」
「みんな、十年間一緒に戦ってきた大切な仲間だ」
樹里がみんなを見回しながら言う。その表情には、深い信頼関係が感じられた。
「それにしても、樹里の話に出てきた美咲さんって、もっと子供っぽい人かと思っていました」
リーナが微笑みながら言う。
「え?樹里、私の話をしてたの?」
「あ、いや、その…」
樹里が慌てる様子を見て、リーナがクスッと笑う。
「樹里は美咲さんのことをよく話していました。『美咲はこんな子で』『美咲はあんな子で』って」
「リーナ!」
樹里の顔が真っ赤になる。
「にゃーん、樹里は美咲のことが大好きなんですにゃ」
ニャンタの一言で、その場の空気が一気に和む。
「ちょ、ちょっと!みんな、からかわないでよ」
私も顔が熱くなってしまう。でも、なんだか嬉しい気持ちもあった。
## 第六章 絆を深めて
仲間たちと一緒に戦うようになって、私の力もどんどん強くなっていった。
「美咲の『心の架け橋』は、本当に素晴らしい力ですね」
リーナが感心したように言う。
「私たちの連携も、美咲さんがいるおかげでこんなにスムーズになるなんて」
確かに、私が仲間に入ってから、みんなの連携は格段に良くなった。まるで心が繋がっているような感覚で、お互いの動きが手に取るように分かる。
「美咲、君がいてくれて本当に良かった」
樹里が私の肩に手を置く。その温かさに、胸がキュンとなる。
「でも、樹里にはリーナがいるじゃない」
なぜかそんな言葉が口から出てしまう。
「リーナ?」
「だって、十年間一緒に戦ってきた仲間でしょう?きっと特別な関係なんじゃ…」
「美咲、君は誤解している」
樹里が私の両肩を掴んで、真剣な目で見つめる。
「確かにリーナは大切な仲間だ。でも、君とは違う。美咲は…僕にとって特別な存在なんだ」
「特別って…」
「昔から、ずっと君のことを想っていた。異世界にいる間も、美咲のことを忘れたことは一度もない」
胸がドキドキして、息ができなくなりそう。
「樹里…」
その時、魔物の反応を示すアラームが鳴り響いた。
「今度は大型の魔物のようです!」
リーナが慌てて報告する。
「行こう。みんな、準備はいいか?」
樹里が剣を構える。大事な話の途中だったのに、残念だけど、今は世界の平和が優先だ。
## 第七章 最大の危機
現れた魔物は、今までとは比べものにならないほど巨大だった。
「デーモンロードですね。魔王に次ぐ強さの魔物です」
リーナの顔が青ざめる。
「こんなのがこの世界に現れるなんて…」
デーモンロードは街の中心部に現れ、建物を次々と破壊していく。幸い深夜だったので人的被害は少ないが、このままでは大変なことになる。
「みんな、総攻撃だ!」
樹里の号令で、仲間たちが一斉に攻撃を仕掛ける。でも、デーモンロードの皮膚は固く、攻撃がほとんど効いていない。
「美咲、君の力を最大限に使う必要がある」
「でも、そんな大きな力を使ったことがないよ」
「大丈夫。僕が君を支える」
樹里が私の手を握る。その瞬間、今まで感じたことのない大きな力が体の中を駆け巡った。
「みんなの心を一つに!」
私が叫ぶと、仲間たち全員の心が繋がった。まるで一つの生き物のように、完璧な連携で攻撃を仕掛ける。
「今だ!必殺技を決めるぞ!」
樹里の剣に、みんなの力が集約される。巨大な光の剣となって、デーモンロードに向かっていく。
デーモンロードは最後の咆哮を上げて、光の中に消えていった。
「やったね!」
みんなで抱き合って喜ぶ。でも、私は急激な力の消耗で意識が朦朧としていた。
「美咲!」
樹里が私を抱きかかえる。その腕の中で、私は安心して意識を失った。
## 第八章 運命の重荷
目を覚ますと、病院のベッドの上にいた。
「気がついたか」
樹里が心配そうに私を見つめている。
「どのくらい眠ってた?」
「三日間だ。医者は過労だと言っているけど、本当は力を使いすぎたせいだろう」
「そっか…でも、デーモンロードは倒せたんでしょう?」
「ああ、君のおかげでね」
樹里が私の手を握る。でも、その表情はどこか重い。
「美咲、君に話さなければならないことがある」
私の胸に、嫌な予感が走る。
「実は、次元の亀裂を修復するためには、僕がアルテリアに戻って、そこで永遠に『世界の守護者』にならなければならない」
「え?」
「魔王を倒したことで、アルテリアの魔力のバランスが崩れてしまった。それを安定させるためには、勇者である僕の生命力を世界樹に捧げ続ける必要があるんだ」
樹里の言葉が、まるで重い石のように胸に沈んでいく。
「それって…」
「僕は二度と人間としての生活はできない。世界樹と一体となって、永遠にアルテリアを守り続けることになる」
涙が頬を伝う。
「そんな…そんなことって…」
「美咲、君に一緒に来てもらいたい気持ちは山々だ。でも、君は異世界の人間じゃない。長くいれば、体が持たない。それに、君の『心の架け橋』の力は、この世界でこそ真価を発揮する」
「でも、それじゃあ…」
「もう会えない」
樹里が私を抱きしめる。その温かさが、今度が最後だと思うと、余計に愛おしく感じられた。
「美咲、僕は君を愛している。子供の頃からずっと、君だけを愛していた」
「私も…私も樹里のことが好き。昔から、ずっと」
私たちは、お互いを見つめ合った。言葉にしなくても、お互いの気持ちは十分に伝わっている。
「美咲、一つだけ約束してくれ」
「何?」
「僕がいなくても、君は君らしく生きてほしい。そして、いつか素敵な人と出会って、幸せになってほしい」
「そんなこと約束できない」
「美咲…」
「でも、樹里が世界を救うと決めたのなら、私はこの涙をこらえてでも、あなたの決断を、全て受け入れる。だから、堂々と行って。」
私は、樹里の選択を理解しようと努めた。彼は勇者で、世界を救う使命を負っている。それが彼の存在意義で、誇りでもあるのだから。
## 第九章 最後の夜
次元の亀裂を修復する儀式の前夜、私たちは一緒に思い出の場所を歩いた。
「覚えてる?ここで初めて会ったんだ」
小学校の校庭で、樹里が振り返る。
「樹里が転校してきた日ね。私、緊張してる樹里を見て、話しかけたんだっけ」
「君が『一緒に遊ぼう』って言ってくれた時、すごく嬉しかった」
懐かしい思い出が次々と蘇る。
「あの時の約束、覚えてる?」
「騎士になるって約束?」
「そう。君を守る騎士になるって」
樹里が立ち止まって、私の方を向く。
「結局、君を守るどころか、君に守られてしまった」
「そんなことない。樹里がいてくれたから、私は自分の力を見つけることができた」
その時、胸の奥で温かい光が輝いた。『心の架け橋』の力が、今まで以上に強く感じられる。
「美咲、君の力は本当に素晴らしいものだ。きっと、これから多くの人の心を繋いでくれるだろう」
「この力も、樹里と出会ったからこそ育ったんだと思う」
私たちは最後の夜を、お互いの思い出を語り合いながら過ごした。明日になれば、すべてが終わる。でも今この瞬間は、ただ樹里と一緒にいられることが幸せだった。
## 第十章 永遠の別れ
次元の亀裂を修復する儀式の日がやってきた。
街外れの神社で、仲間たちが複雑な魔法陣を描いている。
「準備完了ですね」
リーナが確認する。その目には涙が浮かんでいた。
「美咲、最後まで君の力を貸してくれ」
「もちろん」
私が魔法陣の中央に立つと、周りから温かい光が立ち上る。その光が次元の亀裂と、アルテリアの世界樹を繋いでいく。
「樹里の生命力が世界樹に流れ込んでいます」
リーナが報告する。樹里の体が、うっすらと光り始めた。
「亀裂が閉じ始めています!でも、樹里の魂もアルテリアに引き戻されます」
ガロンの声が震えている。
光がどんどん強くなり、樹里の姿が薄くなり始めた。
「美咲、ありがとう」
樹里が最後に微笑みかける。
「樹里!」
私は必死に手を伸ばすが、もう触れることはできない。
「君のことは絶対に忘れない。そして、君との思い出も忘れない」
「私も!どんなことがあっても、樹里のことは忘れない!」
光に包まれて、樹里たちの姿が完全に消えた。次元の亀裂も閉じて、すべてが元通りになった。
私は一人、神社の境内に立っていた。胸に残ったのは、樹里がくれた小さな光る石と、『心の架け橋』の力だけだった。
## 第十一章 新しい歩みの始まり
あれから一年が経った。
私は無事に高校を卒業し、大学に進学した。専攻は国際関係学。樹里との経験を通して、世界の平和に貢献したいという強い気持ちが芽生えたのだった。
「田中さん、今度のレポートのテーマは何にしますか?」
図書館でアルバイトを続けながら勉強していると、新しく入った男子学生の田村勇治くんが声をかけてくれた。
「紛争解決における仲裁者の役割について書こうと思っています」
「興味深いテーマですね。田中さんって、なんだか人の心を読むのが上手そうだから、そういう分野に向いてそうです」
田村くんは穏やかで、誠実な人だった。最初は樹里以外の男性と話すことに抵抗があったけれど、彼の自然な優しさに、少しずつ心を開けるようになっていた。
「ありがとうございます。田村くんも、社会学の勉強、頑張ってくださいね」
「はい。あ、今度良かったら、一緒にお茶でもしませんか?レポートのことで相談したいこともありますし」
「え?」
一瞬、胸がドキッとする。でも、それは樹里に対して感じたような激しい動悸ではなく、もっと穏やかで温かな感情だった。
「いいですね。お時間があるときに」
田村くんは嬉しそうに微笑む。その笑顔を見ていると、なぜか安心できた。
その夜、一人でアパートに帰ると、机の引き出しから光る石を取り出す。樹里がくれた『心の架け橋』の結晶だ。
「樹里、私、少し変わったみたい」
石に向かって小さくつぶやく。
「あなたと過ごした時間で、私は人の心を理解することの大切さを学んだ。そして、一人で抱え込まずに、誰かと支え合うことの意味も」
石がほんの少し温かくなったような気がした。
「田村くんは樹里とは全然違うタイプの人だけど、一緒にいると心が落ち着くの。まだ恋愛感情があるのかは分からないけれど…もしかしたら、これが樹里の言っていた『新しい幸せ』の始まりなのかもしれない」
私の『心の架け橋』の力も、樹里との別れを経て変化していた。以前は世界と世界を繋ぐための力だったけれど、今は日常生活の中で人と人との理解を深めるために使えるようになっていた。田村くんとの会話でも、彼の心配事や喜びを自然に察することができる。それは恋愛感情とは違う、もっと深い人間同士の繋がりを生み出していた。
## 第十二章 新しい恋の予感
大学二年生になった春、田村くんと私は自然と一緒に過ごす時間が増えていた。
「田中さんって、人の話を聞くのが本当に上手ですね」
図書館での勉強会の後、田村くんがコーヒーを飲みながら言った。
「そうですか?」
「僕、実は家族のことで悩んでいたんですけど、田中さんに話を聞いてもらってから、すごく気持ちが楽になったんです」
田村くんの表情には、心からの感謝が表れていた。
「田村くんが素直に話してくれたからですよ」
私も自然に微笑む。確かに、田村くんといると、『心の架け橋』の力が優しく働いているのを感じる。それは樹里との時のような劇的な繋がりではなく、もっと日常的で、穏やかな心の交流だった。
「田中さん、僕と付き合ってもらえませんか?」
突然の告白に、私は驚いて手を止めた。
「田村くん…」
「急に驚かせてしまってすみません。でも、田中さんと一緒にいると、すごく自然で、安心できるんです。恋人同士として、もっと深く支え合えたらいいなって思うんです」
彼の言葉は、樹里の激情的な告白とは全く違っていた。でも、そこには確かな愛情と、私への深い理解があった。
「私、実は…過去に大切な人がいて、その人のことを忘れられずにいるんです」
正直に話すべきだと思った。
「その人ともう会えないということですか?」
「はい。でも、その人がいたからこそ、今の私があります」
田村くんは少し考えてから、優しく微笑んだ。
「田中さんの過去を否定するつもりはありません。むしろ、その経験があったからこそ、今の田中さんの優しさがあるんじゃないでしょうか」
「田村くん…」
「僕は田中さんの全てを受け入れたいです。過去も、現在も、そして未来も」
その言葉に、胸の奥で何かが温かく広がった。樹里への想いとは違う、もっと穏やかで安定した感情だった。
「時間をください。ゆっくりと、お互いを知っていけたらと思います」
「もちろんです。焦る必要はありませんから」
田村くんの包容力に、私は心から安心した。樹里との恋は激しく燃え上がり、そして運命によって引き裂かれた。でも田村くんとの関係は、まるで静かな湖面のように穏やかで、時間をかけて深くなっていく予感がした。
## 第十三章 それぞれの成長
それから半年後、私と田村くんは正式に恋人同士になっていた。
「美咲の『人の気持ちを理解する力』って、本当にすごいと思う」
田村くんがある日そう言った。
「最近、僕も君を見習って、周りの人の気持ちを考えるようになったんだ。そうしたら、友達との関係も良くなったし、家族ともうまくいくようになった」
「それは田村くんが素直だからよ」
でも確かに、田村くんは私といることで変わっていた。もともと優しい人だったけれど、より深く人を思いやれるようになっている。
一方で私も、田村くんといることで学んでいた。樹里との関係では、私はいつも受け身だった。彼が守ってくれるのを待って、彼の決断に従うだけだった。でも田村くんとは対等な関係を築けている。お互いを支え合い、一緒に成長していく関係だった。
「美咲、将来の夢は何?」
ある日、田村くんが聞いた。
「国際平和機関で働きたいと思ってる。世界中の人々の心を繋ぐ仕事がしたいの」
「素敵な夢だね。僕も、社会福祉の分野で人を支える仕事に就きたいと思ってる」
私たちは、お互いの夢を応援し合っていた。樹里との恋愛が、私一人が相手を想い続ける形だったのに対して、田村くんとの関係は、お互いが高め合っていく形だった。
どちらが良い悪いということではない。ただ、違う形の愛なのだと理解していた。
## 第十四章 遠い想い
大学を卒業して、私は念願の国際平和機関に就職することができた。田村くんも社会福祉事務所で働き始め、私たちは同じ街で新しい生活をスタートさせた。
仕事を始めて三年が経った頃、私は田村くんからプロポーズを受けた。
「美咲、僕と結婚してください」
レストランでの記念日ディナーで、田村くんが小さな指輪の箱を差し出した。
「田村くん…」
「君と一緒なら、どんな困難も乗り越えていける気がするんです」
私の心は、複雑だった。田村くんのことは心から愛している。でも、樹里への想いが完全に消えたわけではなかった。
「少しだけ、時間をもらえる?」
「もちろんです」
その夜、一人でアパートに帰ると、久しぶりに光る石を取り出した。
「樹里、聞こえる?」
石に向かって話しかける。
「田村くんからプロポーズされたの。彼は本当に良い人で、私のことを大切にしてくれる。でも、樹里のことを忘れることはできない」
石は静かに光っているだけだった。
「でも、分かったの。愛にはいろんな形があるって。樹里への愛は、私の心の中で永遠に生き続ける。でも、田村くんへの愛は、これから私が築いていく未来への愛なの」
その時、石がほんの少し温かくなったような気がした。まるで樹里が「それでいいんだよ」と言ってくれているみたいに。
## 第十五章 新しい家族
私は田村くんのプロポーズを受け入れた。
結婚式は、小さなチャペルで家族と友人だけを招いて行った。バージンロードを歩きながら、胸の奥で樹里への感謝の気持ちが湧き上がった。
「樹里、ありがとう。あなたとの経験があったから、人を愛することの深さを知ることができた」
田村くんとの新婚生活は、穏やかで幸せだった。お互いの仕事を尊重し合い、支え合いながら暮らしていく。
結婚して二年後、私は妊娠していることが分かった。
「本当?」
田村くんが驚きと喜びの表情を浮かべる。
「本当よ。私たちの赤ちゃん」
「ありがとう、美咲。君と結婚して、本当に良かった」
お腹の中の小さな命を感じながら、私は思った。この子にも、いつか大切な人ができるのだろう。そして、喜びも悲しみも経験しながら、成長していくのだろう。
私の『心の架け橋』の力は、今では仕事でも家庭でも自然に使われていた。国際会議での通訳をする時、対立する国の代表者たちの本当の気持ちを理解し、お互いの歩み寄れる点を見つけることができる。家庭では、田村くんの疲れや心配事をいち早く察知して、支えることができる。
樹里との経験で身につけた力が、こんな風に日常の中で活かされているのを感じると、あの別れにも意味があったのだと思えた。
## 第十六章 母になって
娘の咲良が生まれた時、私は人生で最高の幸せを感じた。
「美咲に似て、可愛いね」
田村くんが生まれたばかりの咲良を抱きながら言う。
「目元は田村くんに似てるわ」
私たちは、この小さな命を大切に育てていこうと心に誓った。
咲良が一歳になった頃、不思議なことが起きた。咲良が夜泣きをする時、私が胸の光る石を握ると、なぜか泣き止むのだった。
「咲良にも、何か特別な力があるのかしら」
「そうかもしれないね。でも、それも咲良の個性として大切にしてあげよう」
田村くんの寛容さに、改めて彼を選んで良かったと思った。
咲良が三歳になった頃、彼女は時々、誰もいない空間に向かって話しかけることがあった。
「咲良、誰とお話ししてるの?」
「優しいお兄ちゃん。咲良のこと、いつも見守ってくれてるの」
その言葉に、私の胸がキュンとなった。もしかしたら、樹里が向こうの世界から咲良を見守ってくれているのかもしれない。
## 第十七章 時の流れの中で
あれから十五年が経った。
咲良は高校生になり、私は国際平和機関の部長として働いている。田村くんは社会福祉事務所の所長になり、私たちの結婚生活は安定して幸せだった。
「お母さん、私にも昔、大切だった人がいたでしょう?」
ある日、咲良が突然そう聞いてきた。
「どうしてそう思うの?」
「時々、お母さんが遠くを見つめるような表情をするから。悲しいんじゃなくて、懐かしいような、大切な思い出を振り返るような顔」
娘の洞察力に驚く。確かに、時々樹里のことを思い出すことがあった。でも、それは辛い思い出ではなく、私の人生を豊かにしてくれた大切な記憶だった。
「そうね。昔、とても大切な人がいたの。でも、その人がいたからこそ、お父さんと出会えて、咲良も生まれてきてくれた」
「その人のこと、今でも好き?」
「好きよ。でも、お父さんのことも同じくらい愛してる。愛には、いろんな形があるのよ」
咲良は少し考えてから、にっこりと微笑んだ。
「お母さんって、人をたくさん愛せる人なんだね。私もそんな風になりたいな」
その夜、田村くんが言った。
「咲良との話、聞いてたよ」
「ごめんなさい」
「謝ることないよ。美咲の過去も含めて、僕は君を愛してるから」
田村くんの包容力に、改めて感謝の気持ちが湧き上がった。
## 第十八章 次世代への贈り物
咲良が大学生になった年、私は大きな国際会議の仲裁を任された。長年対立していた二つの国の和平交渉だった。
「田中部長の『心を繋ぐ力』があれば、きっとうまくいきます」
部下たちが私に期待を寄せてくれる。
会議は難航したが、私の『心の架け橋』の力で、双方の本当の願いを理解することができた。どちらも平和を望んでいることは同じだった。ただ、その方法について意見が分かれていただけだった。
「皆さん、お互いの立場を理解し合うことから始めませんか?」
私の提案で、会議の雰囲気が変わった。対立から対話へ、そして最終的には和解へと導くことができた。
その成功を受けて、私は国際的な平和賞を受賞することになった。
授賞式の会場で、私はこう挨拶した。
「この賞は、私一人のものではありません。人と人とを繋ぐことの大切さを教えてくれた、すべての人たちへの感謝の証です」
会場からは大きな拍手が起こった。
その夜、ホテルの部屋で光る石を取り出した。
「樹里、見てる?私、あなたとの約束を果たせたかしら。世界の平和のために、人々の心を繋ぐ仕事ができた」
石は静かに輝いている。その光が、まるで樹里の笑顔のように見えた。
## 第十九章 娘の成長
咲良が大学を卒業する頃、彼女は私に相談を持ちかけてきた。
「お母さん、私も国際関係の仕事に就きたいと思ってるの」
「そう。どうして?」
「お母さんを見てて思ったの。人と人とを繋ぐ仕事って、素晴らしいなって」
娘が私の道を選んでくれることが嬉しかった。
「でも、咲良は咲良らしい道を歩んでほしいわ」
「分かってる。でも、お母さんから学んだことを活かしたいの」
咲良にも、確かに『心の架け橋』に似た力があるようだった。それは私のように劇的なものではないが、人の気持ちを理解し、寄り添う能力に長けていた。
「それなら、まずは現場を知ることから始めましょう」
私は咲良を自分の職場でインターンとして働かせることにした。
咲良の能力は本物だった。新人とは思えないほど、各国の代表者たちと良好な関係を築いていく。
「田中部長、お嬢さんは本当に優秀ですね」
同僚たちも咲良を高く評価してくれた。
でも私は気づいていた。咲良の力は私とは違う。私の『心の架け橋』が樹里との別れの痛みから生まれた力だとすれば、咲良の力は愛に満ちた家庭で育ったからこその、温かく包み込むような力だった。
「咲良、あなたの力はお母さんとは違うのよ」
「どういうこと?」
「お母さんの力は、失った愛への想いから生まれた。でも、あなたの力は、たくさんの愛を受けて育ったから生まれた力。だから、もっと優しくて温かいの」
咲良は少し考えてから、微笑んだ。
「それなら、お母さんの分も含めて、世界中に愛を届けるね」
## 第二十章 円環の完成
私が六十歳になった年、田村くんと一緒に昔の思い出の場所を訪れた。
「ここが、美咲と初めてお茶をした喫茶店だね」
田村くんが懐かしそうに言う。
「もう四十年近く前のことなのね」
「美咲と過ごした時間は、すべて宝物だよ」
その時、喫茶店の窓越しに、若いカップルが見えた。男性が女性にプロポーズをしているようだった。
「若いっていいわね」
「僕たちも、あんな時代があったね」
二人で微笑み合う。私たちの愛は、情熱的な恋愛から始まったわけではないけれど、時間をかけてゆっくりと深くなっていった。それは樹里への愛とは違う形だったけれど、同じように私の人生を豊かにしてくれた。
その夜、家に帰ると、咲良が婚約者の健太郎くんを連れてきていた。
「お母さん、お父さん、報告があります」
咲良が照れながら言う。
「来年の春に結婚することになりました」
「おめでとう!」
私たちは心から祝福した。健太郎くんは誠実で優しい青年で、咲良を大切にしてくれそうだった。
「咲良の幸せが、一番の贈り物ね」
田村くんが私の手を握る。
「本当にそうね」
その夜、久しぶりに光る石を取り出した。
「樹里、咲良が結婚するのよ。きっと幸せになるわ。あなたがいたから始まった物語が、こうして次の世代に繋がっていく」
石は優しく光っていた。まるで祝福してくれているみたいに。
## エピローグ 永遠の絆
咲良の結婚式の日、私は母親として最高の幸せを感じていた。
「お母さん、ありがとう。お母さんがいてくれたから、人を愛することの素晴らしさを知ることができました」
咲良がブーケトスの前に私に言った言葉だった。
「咲良こそ、お母さんに愛することの新しい形を教えてくれたのよ」
結婚式の後、一人になった時、私は思った。樹里との恋は実らなかったけれど、その経験があったからこそ、田村くんとの愛を育むことができた。そして、咲良というかけがえのない宝物も得ることができた。
人生には、いろんな愛の形がある。激しく燃え上がる恋愛も、穏やかに育んでいく愛情も、親子の愛も、すべてが人生を彩る大切な色だ。
樹里への想いは今でも心の奥で生き続けている。それは痛みではなく、私を支える温かい記憶となって。
田村くんとの愛は、これからも続いていく。お互いを支え合い、理解し合いながら、人生の最後まで歩んでいく愛。
そして咲良への愛は、次の世代へと受け継がれていく。
「愛は決して失われない。形を変えて、人から人へと受け継がれていく」
夜空を見上げながら、私は静かにつぶやいた。
どこかで樹里も、同じ空を見上げているのかもしれない。世界樹と一体となって、永遠にアルテリアを守り続けながら。
でも、私たちの心は今でも繋がっている。『心の架け橋』という見えない絆で。
時間が経っても、距離が離れても、決して失われることのない絆。それが、私と樹里を繋ぐ永遠の愛の証なのだ。
光る石を胸に当てながら、私は微笑んだ。
「樹里、私は幸せよ。あなたも、きっと幸せでいてね」
風が頬を撫でていく。まるで樹里が返事をしてくれているみたいに感じられた。
愛の物語に終わりはない。それは永遠に続いていく、美しい円環なのだから。
**〜終〜**
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*「真の愛とは、永遠に心の中で相手を想い続けること。それは時に、一緒にいることよりも美しく、強い絆となる。そして、その愛は形を変えて、次の世代へと受け継がれていく」*
異世界から来た勇者と私 ~忘れられない夏の約束~ トムさんとナナ @TomAndNana
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