第11話
男女併せて十人ほどの飲み会、殆ど知り合いのいない中で話しに入っていけるか不安だったけれど友人が上手い事話題を回してくれたおかげで浮かなくてすんだ。
最初苦手意識を感じていたデザイン科の先輩達は案外気さくな人達で、お酒の助けも相まって亜香里は思いの外楽しい時間を過ごすことが出来ていた。
「へぇ、それじゃあお二人は付き合ってるんですか?」
「そっ、大学は入ってすぐくらいだったからちょうど三年くらいかな、ねぇ?」
赤いインナーカラーの先輩がそう聞くとお洒落坊主の先輩が苦い顔で答える。
「……ああ、そうだったかな」
「なによ素っ気ないわねー。ねぇ聞いてよ後輩ちゃん、こいつ付き合い悪くってさー今回だって来るの渋ってたのを無理矢理引っ張ってきたんだから」
「別に呑むのが嫌いなわけじゃない。ただこういう場にお前と来るのが嫌だっただけだ」
「とか言ってるけど私が一人でこういうのに参加するとこいつあからさまに不機嫌になんのメンバーに男の子が居るって言った日にはもう覿面、しばらくムスッとしてまともに口聞いてくれないんだから」
「へぇ、それは意外ですね。先輩はもっとドライな方かと思ってました」
「そんなことないないこんな厳つい顔してすっごいヤキモチ焼きなんだから、まぁそういうギャップが可愛いと言えば可愛いんだけどさぁ」
「……だからお前とこういう場で呑むのは嫌なんだ」
「はいそこイチャつくな~、ヤルなら家でヤレ~ちくしょー」
赤いインナーカラーの先輩が楽しそうに笑い、お洒落坊主の先輩が照れ隠しにジョッキを煽り、金髪先輩がやさぐれたみたいにくだを巻く。
そうやって飲み会が始まって一時間程が経った頃だろうか、亜香里はふと黎が静かな事に気がついた。
元々口数が多い方でもない黎だがそれにしても大人しすぎる気がする、やっぱりこういう場はあんまり好きじゃなかったんじゃないだろうか?
「ねぇ黎大丈夫? もし無理してるなら気をつかってくれなくても」
少し不安になってきて亜香里が周りに聞こえないよう隣に座る黎にそっと声を掛けたその時だった。
こてり、と黎がとつぜん寄りかかる様に肩を寄せてきて思わず飛び出しそうになった声をどうにか飲み込む。
友人やデザイン科の人達がいる前で恥ずかしいような、でも嬉しくてこのままでいたいような、そんな葛藤が亜香里の頭をぐるぐる回る。
「ど、どうしたの黎、こんなところで」
「…………」
「……黎? どうかしたの?」
「…………なんだか、ぐるぐるふわふわする」
「はい?」
なんだか黎の様子がおかしい、よくよく見れば黎の顔は赤いし目も遠くを見るみたいに虚ろでトロンとしている……もしかしなくても酔ってる?
「ちょっと黎、大丈夫!」
亜香里が声を上げるとさすがに回りの人達も黎の異変に気づき始めてどうしたどうしたとざわめき始める。
黎はもう完全にできあがっている状態の様で自立すら難しい有様だ、とりあえず水とコップを差し出すがそれすら危なっかしくて横から亜香里が支えてどうにか飲ませる。
これだけ酩酊するほどいつの間に呑んだのかと彼女が座っていた席に目をやるがそこには最初に頼んだ生ビールの中ジョッキがあるだけで他のお酒を呑んだ形跡はない、思い返してみれば黎がお酒のお代わりを注文していた覚えもまるでない。
「ひょっとして黎、むちゃくちゃお酒弱い?」
「ん~~~~どうだろ? お酒呑むのこれがはじめてだらな~~」
イマイチ呂律の回りきっていないその発言に思わずええ! と声が上がる。
そういえば寮でも黎がお酒を呑んでいる所を見たことはなかったが、まさかこれが初めてなんて思いもしていなかった。
ともかくこれ以上黎に呑ませる訳にはいかない、宴もたけなわではあったが亜香里と黎は二人そろって帰宅することとなった。
友人が送っていこうかと言ってくれたが断った、彼女まで途中で抜けさせるのは気が引けた。
何人か自分が黎を送って行くから亜香里は残ったらどうかと提案してくる人もいたが全部断った。
学生寮とは言え自分たちの部屋の場所を誰かに教えるのは不安だったし何より自分以外の誰かに黎を任せるのが嫌だった。
「ごめんね、途中で抜ける事になっちゃって」
「いいえ、いいんですよお気になさらず」
へべれけになった黎に肩を貸し、せめてもと店の外まで送ってくれた友人に別れの言葉を掛ける。
寮へと戻るため踵を返そうとする亜香里だったがふと思い立った様にその足が止まって踵を返す。
「あのさ、今日はありがとう思ってよりもずっと楽しかった」
正直最初この飲み会にはあんまり乗り気ではなかった、世話になった友人に誘われたから仕方なくそれくらいのモチベーションだった。
でもそんなことを思っていたことが少し申し訳なく思えるくらい楽しかったのも本当で、こんなことになったけどせめてそれだけは伝えておきたかった。
「だからよければまた誘ってね、先輩達にもよろしく。それじゃ」
最後にそう言い残して亜香里は今度こそ踵を返して寮への帰路を歩き始め、友人はそんな二人を手を振って送り出してくれた。
居酒屋から出てから十数分、普通ならそろそろ寮に着いてる頃だがなんせ今は大きな荷物に肩を貸しているのだその歩みはいつもよりもうんと遅い。
「ねぇほんとに大丈夫? 気持ち悪かったりしない?」
「う~~~~ん?」
亜香里の問い掛けに返事なのか呻きなのかなんともいえない声を黎が返す。
黎の醜態見るのは毎度のことではあるけれど、ここまで我をなくしている有様なのはさすがに初めてだ。
「もう、こんなになるんならどうして今日に限って飲み会なんて参加したの? いつもは断ってるんでしょう?」
肩からずり落ちてきた黎を担ぎ直しながら口にしたそれは答えを期待していない愚痴の様な物だったけれど純粋な疑問ではあった。
先輩曰く黎は今までこういった類いのお誘いは全て断ってきたという話だった、別にそれ自体は不思議でもなくむしろ黎らしいとすら思う。
でもだからこそ、なんで今日に限って飲み会に参加するだなんて言い出したのか疑問に思うのは当然の事だろう。
ただの気まぐれと言われればそれまでだしそれはそれで黎らしいと言えばらしい話ではある、亜香里としても大した感慨もなくなんとなく口にしただけの質問だった。
――だからその言葉は完全な不意打ちだった。
「だって亜香里となら楽しいかなって思ったから」
その言葉を聞いてから一歩二歩三歩と歩いてから亜香里の足がピタリと止まる、予想もしていなかった答えにすぐに反応できなかったのだ。
ねぇ今のどういう意味?
どうして私となら楽しいの?
今まで誰に誘われても興味を示さなかったのに、言ったこともない飲み会に参加して呑んだことないお酒まで呑んで。
それは私が居たから、私だから黎はそこまでしてくれたの?
もしそうだとしたらそれはどうして?
ねぇ黎? 私は――。
酔いからくるものじゃない熱で頬が火照る、締め付けられるみたいに苦しくなった胸から喉元まで言葉がせり上がってくる、だけどそのどれも結局声に出すことは出来なかった。
本当にそんなことを聞いていいのか、それを口にしてしまったら後戻りが出来ない様な気がして怖くて躊躇ってる内にタイミングを逃した。
気がつくとすーすーと寝息が聞こえて、見てみれば亜香里の肩で気持ちよさそうに眠る黎の顔がある。
「人が大変な時にこの子はまったくもう」
呆れたみたいにそう言いながらちょっとだけホッとした自分に気づく。
聞きたかったけど聞かなくって良かった、矛盾する臆病な自分が情けない様なそうでもない様な。
「だいたい酔っ払いの戯れ言にいちいち右往左往したってしょうがないじゃないどうせ大した意味なんてないんだから。いつもいつも私の事ふりまわしてさ、いや私が勝手に振り回されてるだけだけども!」
景気づけにそんな独り言を口にしながら止まっていた足を動かして歩きだす、夢心地の黎はさっきよりも重く肩にのし掛かるが幸いな事に寮はもう既に目と鼻の先だった。
――あとがき――
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それではまた次回、最後までご拝読ありがとうございました。
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美術大学に入学したら天才女子彫刻家のお世話をすることになりました 川平 直 @kawahiranao
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