エピソード4「深水市中央区中瀬」④

=④=


探偵・沢登修吾は、今日も街に蔓延る様々な理不尽と向き合っている。浮気調査、企業の不正、失踪人探し……依頼人たちが抱えているのは、語られない痛み、語れない痛みばかりだ。


沢登はその思いに耳を傾け、余計な言葉を挟むことなく淡々と向き合い、仕事を進めていく。 彼自身も語らないことで真実を守り、語らないことで誰かの存在を消さずに済む。それが彼のやり方だった。


彼の胸元で揺れるのは、銀色の小さな球体がついた首飾り。馬場カーミラルが残した唯一の形見であり、何も語らないただの形。だが沢登にとって、それは紛れもなく“彼女が存在した証”だった。


静かに揺れるその輝きは、今も彼の歩みに寄り添う彼女の姿を映し出すような、灯火のようでもあった。


深水市中央区・中瀬。レトロな商店街とカルチャー施設、個人店と雑踏が混在する独特の情緒を持ち、観光とサブカルチャーで賑わう街。その街を歩く沢登は、ふと首飾りに触れ、いつも小さく微笑みを浮かべ、彼専用に立てた苦いコーヒーを手渡す彼女を思いながら小さく呟いた。


「……君は俺を、こうしたかったのか?」


返事はない。だが沢登にはわかっていた。 理不尽を可視化したオブジェ《ババ》は、何も語らない。ただ、そこに在るだけだ。


◇◆◇


深水市中瀬連続失踪事件とは何だったのか。そして、理不尽を可視化したオブジェが生み出した怪異、馬場カーミラル、“ミラ”とは何者だったのか。


彼女の存在は、街に蔓延する理不尽に傷ついた者たちの思いの象徴であり、同時にその理不尽に苦しむ心が求める癒しの声でもあった。 矛盾を抱えたまま生まれ、矛盾を抱えたまま消えていった存在。 その在り方は、沢登修吾にとって今もなお解き明かすべき問いとして残っている。


その答えを探すこと。


それこそが、彼の探偵としての歩みを静かに支え続けているのだった。



ババ!!「完」


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