ルートⅣ 中山 新凪の手⑦

 結局俺が中山なかやまさんに何をしたのか、中山さんに何があったのかは分からなかった。


 でもそれでいい。


 今が笑えているのだから。


「みたいな感じでいいかな」


「にいなと先輩の思い出を軽く流してない?」


「だって教えてくれないんでしょ?」


「そんなに気になるならぁ、にいなの足にキスして」


 中山さんはそう言うと体を横に向けて右足を少し前に出した。


 俺は無言で中山さんの前に行き、片膝をついてその右足を手に取る。


「すいません調子に乗りました。初めてが足は嫌です」


 中山さんはそう言って足を引いて目を閉じた。


 言われるがままにしてもいいけど、この子はなんだかんだで日和るから同じ結果になる。


 だからやる価値があるわけだが、さすがにそういうのは俺が日和る。


「そういえばさ、結局中山さんは俺のこと好きなの?」


「何を今更?」


「いや、詳しくは知らないけど、俺が何かして、それがきっかけで俺を意識するようになったって言ってたじゃん?」


「そですよ?」


「それって『好き』って感情よりも『感謝』みたいなやつのが近くない?」


 中山さんに好かれること自体は嬉しい。


 でもそれが一時の気の迷いなら早めに覚まさせるのが俺の役目である。


 なんだか中山さんが怒ってるような気がしないでもないけど、俺はめげない。


「先輩のそういう卑屈なところは嫌い」


「正直言って、俺からしたら中山さんって初めましてで告白されてるわけね。初対面の相手に告白されて本気だって信じれる?」


「……ふむ、つまり好きの証明をしろってことか。それもそうだよね。じゃあする」


 中山さんはそう言うと俺の前に立ち、目の位置を合わせる。


 そして無言のまま俺の唇に自分の唇を……


「……」


「……」


「……」


「……えと、無反応はさすがに傷つくと言いますか」


 中山さんが頬を赤く染めながら俺をちらちらと見てくる。


 今は反応とか感想を求められても困る。


「先輩もしかして照れてる?」


「そりゃ恥ずかしいだろ。別の理由もあるけど」


「なに?」


「絶対に教えない」


 顔が熱い。


 証明だからと言ってさすがに身を削りすぎではないだろうか。


 耳まで赤くして、これで演技なら俺はもう二度と人を信じられなくなるぞ。


「確かに先輩はにいなにとって恩人だよ。憧れを好きと勘違いすることがあるのも知ってる。でも、にいなのこの気持ちはほんとだよ」


 中山さんはそう言って俺の手を優しく握った。


 上目遣いで俺を見つめながら。


「……そういうとこだよな」


「え?」


「なんでもないよ。俺も中山さん……新凪にいやのことが好きって実感しただけ」


「……え!?」


 新凪が上目遣いをしたまま目を見開く。


 俺が新凪を選んだ理由。


 それは多分、なんとなくで『あざとい』を演技してることが分かり、素の新凪が見たくなったんだと思う。


 そして実際にさっきキスされた時にその姿を見て分かった。


 俺は新凪に惚れている。


 光留みるはそのことにすぐに気づき、俺のクズさに呆れていたが俺はそういう人間だ。


 そんな俺に惚れた新凪が悪い。


「新凪が俺を好きになった理由を教えないから俺も絶対に教えない」


「一目惚れって知ってるもん」


「そうだな」


「適当! ほら、早くにいなのこと好きって証明して」


 新凪はそう言って自分の唇を指さし目を閉じた。


 耳を赤くして恥ずかしがるならやらなければいいものを。


「まぁ、据え膳食わぬはなんとやらってね」


 好きになることに理由はいらない。


 だから俺も新凪もお互いが好きになった理由を知らなくていい。


『好き』という事実をお互いに理解できているのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る