ルートⅣ 中山 新凪の手⑥

 誰にだって話したくないことの一つや二つある。


 だから相手が何か隠してるのを知っていても無理に聞くことはするべきではない。


 知らぬが仏という言葉があるように、知ったからって全てが良い方に向かうとは限らないのだから。


「落ち着いた?」


「……うん、だいじょぶ」


 光留みるがリビングを出たタイミングで取り乱していた中山なかやまさんだが、少ししたら落ち着いたようだ。


 今は気まずそうに俯いている。


「特に何か聞こうとは思ってないから」


「……ううん、話す。いつかは話すつもりだったから」


 中山さんはそう言って顔をゆっくりと上げる。


 少し顔色が悪そうに見えるが、本当に大丈夫なのだろうか。


「だいじょぶ。ちょっと嫌なこと思い出しただけだから」


「話すにしても別の日とかでもいいんだよ?」


「そうしたらまた誤魔化して先延ばしにするから駄目。それじゃあいつまで経っても先輩に感謝も謝罪も出来ないから」


 感謝と謝罪。


 昔の俺は中山さんに一体何をしたと言うのか。


「にいな……って、中学の時までいじめ……ってほどじゃないんだけど、そういうのされてたの」


 中山さんが重々しく語り始める。


 一人称が変わった……いや、多分戻った。


「私ってずっと根暗で、クラスの隅にいるような地味な子だったの」


 今の中山さんを見てると想像が出来ない。


 だけどこれで感じていた違和感、無理をしているような感じの正体が分かった。


「本当の私って今みたいな暗い感じなの。先輩と妹さんにはバレてたみたいだけど」


 光留は初対面ですぐに気づいたようだけど、俺は今説明されて確信した。


 さすがにいじめなんかは知らなかったけど。


「いじめってなんなんだろうね。多分やってる側は『いじってる』だけなんだよ。でもそれはやってる側の意見であって、されてる側からしたら『いじめ』なんだよね」


『いじる』と『いじめ』


 一文字違うだけで意味合いが大きく変わる。


 加害者と被害者の捉え方とも言うけど。


「いじめが無くならない理由って、加害者が相手の気持ちになれないからだよね。たとえなれたとしても、今度は被害者が加害者になる」


 被害者は被害者の気持ちが分かるから加害者にはならない。


 そんなの絵空事に近い。


 実際に加害者と同じ立場になれたら人間なんてすぐに加害者になる。


 だってならないとまた被害者にされるから。


「いじめられる側って、一生被害者か復讐の為の加害者になるから一生いじめって無くならないんだよね」


「うん。学生のうちなら数年耐えれば二度とそんな奴らと会うことはないからなんとかなるかもだけど、だから許されることではないよな」


 いじめを無くす一番簡単な方法はいじめてくる奴を幼稚で可哀想な子だと流すことだとは思う。


 実際はそんな上手くいかないけど、いじめをする奴は承認欲求の塊なわけで、要はかまってちゃんだ。


 構ってくれる人がいなければいじめをする馬鹿はいない。


 そういう星の元に生まれた人間は除いて。


「私は運が良かったんだよ」


「軽くてもいじめはいじめだろ?」


「いじめのレベルとかじゃなくてね、救いがあったから」


「救い?」


 いじめをする奴が一番困るのがいじめてる人が不登校になったり、それ以上のことをしたりすること。


 だからそうならないやうに飴と鞭を使う狡猾な馬鹿はいるようだけど、それは絶対に救いではない。


「絶対に勘違いしてる」


「と言うと?」


「私の救いは先輩だよ」


 中山さんはそれ以上を話してはくれなかった。


 俺が昔何かしたのは確実だけど、中山さんがそれで救われてくれたのなら俺としては本望だし、今こうして笑えているなら蒸し返すこともない。


 そして俺が中山さんを選んだ理由は……

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