ルートⅢ 北山 千夜の手③

 ということで、何事もなく北山きたやまさんをうちに誘拐することが成功した。


 少しぐらい抵抗されるかと思ったけど、ずっと俯いて素直について来てくれた。


 そして家に入るまでは素直だったんだけど、玄関で抵抗される。


「ここまで来たんだから入ろうよ」


「や、その、よくよく考えたら早くない? まだ団長が我を思い出してから日は経ってなくて」


「大丈夫思い出してないから」


「それはそれでなんかやだ!」


 俺は前世? で北山さんと知り合っていたらしいが、全然記憶に無い。


 それが北山さんの設定なら覚えてるわけないんだけど、なんとなくそんな気がしない。


 俺が忘れてるだけで本当に前世で何かあった可能性がある。


「とりあえず上がろ。お菓子あげるから」


「我のことを幼子おさなご扱いしてないか?」


「いらない?」


「……ラムネある?」


 申し訳なさそうに言う北山さん。


 そういうのを期待してた。


 残念ながらうちにラムネは──


「あるよ。笛のやつ」


光留みるが自ら人前に出てくる、だと……」


 北山さんであそ……戯れていたら、リビングの入口から世界一可愛い俺の妹である光留がラムネを手に持ちながら顔を出した。


「うるさい千景ちかげなんて無視していいよ」


「ツンデレが過ぎるぞ」


「デレてない人にツンデレは使えないっての。そんなことはどうでもいいから離せ」


 妹の兄離れに寂しさを覚えるここ数年。


 まあ照れ隠しだからそれはいいんだけど、『ふくちゃん』とはまさか北山さんのことだろうか。


 北山さんの下の名前は千夜ちやだったはずだからどこにも『ふく』要素がない。


「どこからきたふくちゃん?」


「千景には関係ない。というかさっさと千景は部屋に帰れ」


「妹のツンデレにお兄ちゃん涙目」


 今日の光留はいつも以上にツンが強い。


 というかそもそも光留と北山さんが知り合いなことに驚きだ。


 いやまあ、今日北山さんをうちに連れて来たのは光留に北山さんの話をしたら「明日連れて来て」と言われたからで、その時から疑問ではあった。


「うちの妹とどこで知り合ったの?」


「……我に聞くな。妹君いもうとぎみに直接聞いてくれ」


 光留が絶対に教えてくれないから北山さんに聞いたのだけど、北山さんの方も気まずそうにしてるから勝手に言えないとかなんだろう。


 聞き続けたら多分教えてくれるとは思うけど、そうしたら光留に余計に嫌われる。


「だって光留」


「だってじゃないから。さっさと帰れし」


「残念ながらここが俺の帰る家」


「自分の部屋にハウス」


「さすがにだんちょ……ちか……お兄さんが可哀想じゃないかな?」


 ちゃんと分かりやすいように名前を呼ぼうとしてくれたのは偉いけど、そんなに言い換えられる方が人によっては悲しくなる。


 そんなことされると……


「千夜まで俺のことを……」


「ち、違くて、団長は団長だけど、今は少しシリアスなのかなって思ったから。けどさすがにいきなり名前呼びはハードルが……って千夜言うなし!」


 北山さんの突っ込みはなんていうか、完璧がすぎる。


 これを素でやってしまうから俺が調子に乗ってまたやるのだ。


 つまり俺は悪くない。


「ふくちゃんいじめんな」


「いじめてない。からかってるだけ」


「それならいいけど」


「いくないし!」


 北山さんの顔がどんどん赤くなっていく。


 可哀想に見えてくるけど、ちょっとやめられないかな。


「つーかいいから部屋行けし。うちはふくちゃんと話があんの」


「俺が連れて来たのに?」


「知らないし。早くしないと明日から一週間口聞かないよ?」


「部屋で大人しくしてます」


 絶賛ツンデレ反抗期中の光留だけど、俺が話しかければめんどくさそうではあるけど話してくれる。


 俺は光留と話せなくなると病むので言うことを聞く以外に選択肢はない。


「ふっ」


 北山さんが何やら小さく笑った。


「何笑ってんのさ」


「んー? 別に。期限付きなのが可愛いなって思っただけ」


「北山さん、光留なりの優しさなんだから言ったら駄目だよ」


「さすが鈍感系主人公」


 どこに鈍感が関係するのか。


 まあ俺はこれ以上考えることをやめる。


 触らぬ光留に祟りなし、ということで手洗いうがいを済ませて自分の部屋に逃げました。


 しばらくすると何やらピーピーと懐かしい音が聞こえてきて、それからまたしばらくして光留がやって来た。


 どうやら北山さんは帰ったらしく、そして「今度ふくちゃんとデートするからエスコートしなよ」と言って帰って行った。


 言われた意味を理解しようとしたけどよく分からなかったから考えることはやめました。

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