ルートⅠ 真中 玖喜の手⑤

 昔一緒に遊んでいた女の子がいる。


 その子とはある時を境に遊ばなくなり、それから疎遠のような関係になった。


 だけどその子がいきなり告白してきて、俺はそれを受けた。


 そしてなんだかんだあって告白されたその日に女の子の母親と話し合いをしなければいけなくなる。


 そういうものなのだろうか。


「うちのお母さんが強引でごめんなさい」


「いや別に。俺も話したいことがないわけでもなかったし」


「ごめんなさいね、私には夫と娘がいるの。でも千景ちかげくんがどうしてもって言うなら……」


「言うなら?」


玖喜くきをお嫁に貰ってあげてね」


「ありがたくいただきます」


 真中さんのお母さんは多分、真中さんを心から愛している。


 そういう親はなぜか子供の秘密をなんとなくで察してしまう。


 今のも当てずっぽうのところはあるんだろうけど、なんとなくで俺と真中さんが付き合ったか、そうでなくてもどちらかが好意を持っているぐらいには気づいていると思う。


 だからこの話し合いの場を設けたのだろうし。


「……お母さんびっくり。千景くんがうちにいたからお友達から再スタートしたのかと思ってたけど……玖喜、頑張ったんだね」


 真中さんのお母さんが優しいお母さんの顔で真中さんの頭を撫でる。


 撫でられてる真中さんは少し恥ずかしそうだけど、嫌では無さそうだ。


「うーん、でも千景くんはほんとに玖喜のこと好きなの?」


「さすがですね。好きか嫌いかで言ったら好きなんですけど、俺には真中さんを好きな理由が分からない、というか思い出せないんですよね」


「だからうちに来てアルバムか何か見て思い出そうと?」


 これはもしかしたら親がすごいのではなく、この人が異常なほどに察しがいいのではないか?


 ちょっと怖くなってきた。


「私は相手の反応を見るだけで考えが読めるだけよ?」


「ほんとに何者」


「冗談よ。ほんとのことを言ったら玖喜が怒るから言えないけど、私と連絡先を交換してくれたら可愛いスクリーンショットを見せてあげる」


「お母さん、僕はお母さんがそんなことしたらほんとに家出をしなくちゃいけなくなるから嫌だな」


 真中さんが真顔で答える。


 要するに真中さんが俺と付き合うことになったことなどをお母さんに逐一報告していたということらしい。


 俺の緊張の意味は?


「あんまり脱線すると玖喜が拗ねちゃうから本題に入りましょ」


「本題って俺と真中さんが付き合っている話ではなく?」


「それは知ってたから特に? どうせ後で嫌になるくらいに玖喜から聞かされるだろうし」


 本当に親子中がいい。


 高校生にもなれば親にプライベートの話なんてしたがらないし、ましてや恋人ができたなんて絶対に言わない。


 真中さんにとってお母さんとは俺にとっての光留みるのよう存在なのか。


「話って言うのは、千景くんと光留ちゃんっていつ頃からの記憶が無いか分かる?」


「いつ頃? 昨日の晩ご飯とかなら全然覚えてないですよ? ちなみに一昨日は光留手作りのカレーでした」


 俺は確かに真中さんと遊んでた時の記憶は無いけど、それは幼い頃の話だから覚えてる方がすごいと思う。


 いくら俺だって二週間も経てば光留の手作りの晩ご飯だって忘れる。


「そういうのじゃなくて、じゃあ三年前に何してたとかは?」


「そんな昔のことを覚えてるわけ無いですよ」


 三年前と言うと俺が中学生二年生ぐらいの時か。


 あの頃も変わらずに光留が待つ家にさっさと帰ってた記憶しかない。


 と言っても光留も中学一年生で同じ学校に通ってたから一緒に帰れば良かったんだけど、光留は絶対に俺よりも先に帰ってたから一緒に帰ったことはなかった。


「そっか、そうだよね。ごめんね、変なこと聞いて」


「いえ。それが話したかったことですか?」


「うん。いやね、玖喜との思い出をどのぐらい忘れちゃってるのか気になって」


 そういう話なら仕方ない。


 正直真中さんと遊んでた時の記憶は一切無いけど、きっとあの頃に俺は真中さんを好きになっていて、真中さんから告白を受けてそれが反射的に思い出されたのかもしれない。


 内容は分からないけど。


「まあでも、俺が俺なのは変わらないんで思い出せなくても結局真中さんを好きになると思います」


「うん、ありがとう。ほんとに、ありがとう」


 なんだろう。


 真中さんのお母さんの表情が悲しそうに見える。


 やっぱり俺なんかと大切な娘である真中さんが付き合うのは嫌なのか。


「うち、帰る」


「どしたいきなり」


 光留がいきなり俺の腕を離して椅子から立ち上がりリビングの入口に向かう。


「千景も帰るよ。今日はうちの手料理なんだから」


「光留が帰るなら俺も帰るけど、急すぎない?」


「……うち、やっぱりその人無理」


 光留はそう言って真中さんのお母さんを睨みつけてからリビングを後にする。


松原まつはらくん」


「なに? ちょっと今混乱中だから難しいことは言わないで」


「じゃあ簡単に。僕、家出することにしたから同棲しよ」


「話聞いてたのかな?」


 いきなり暴言を吐いて出て行った光留に、冗談で言ってたと思ってた真中さんの家出発言。


 俺にどうしろと……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る