ルートⅠ 真中 玖喜の手④

 血筋のせいだろうか、うちには思い出媒体が全然無い。


 俺も光留みるも写真が嫌いでいわゆる『成長の記録』のようなものがうちには無かった。


 探せばどこかにあるのだろうけど、多分それは家を隅々までひっくり返す必要があるレベル。


 だから早々に諦め、真中まなかさんの家にお邪魔をしたのだけど……


「僕の部屋は入れないの。ごめんね」


 真中さんの部屋は二階にあるらしく、真中さんが階段前で弁慶している。


 女の子の部屋に男の俺が入るのはよろしくないと、漫画か何かで見たから別にいい。


 だけど駄目と言われると気になるのが人間の悪いところだ。


「ていうかさ、真中さんにアルバム持って来てもらえばうちでも良かったんじゃないの?」


「確かに。じゃあ俺達待ってるから持って来てもらってもいい?」


「別にいいですけど、僕がいないうちに僕の部屋に入った場合、僕は二度と松原まつはらくんと会えなくなります、物理的に」


「光留、仲良く静かに待ってよ」


 真中さんがどこまで本気で言ってるのか分からないけど、もしも真中さんの部屋に無理やり入ったら真中さんと俺は物理的に会えなくなる。


 それは真中さんが引っ越すみたいなことなのだろうか。


 それとも本当に二度と会えないような……


「そこまで言われると逆に気になる」


「光留、好奇心があるのはいいことだけど、相手の気持ちを考えられなくなったら終わりだよ」


千景ちかげにマジレスされるとなんでこんなに腹立つんだろ。分かってるし。うちだって将来の義姉あね候補に嫌われたくないから」


 俺だってせっかく興味を持てた真中さんと会えなくなるのは嫌だ。


 まあ俺も光留と同じで、そこまで隠したがる真中さんの部屋の秘密が気にならないわけでは無いけど。


 だけど今回は諦める。


 真中さんに嫌われたくないのはもちろんだけど、それ以上に……


「じゃあ俺達は帰ってるね」


「なんで?」


「気まずいからですよ」


「あ、お母さん、おかえり」


 真中さんのお母さんがいつの間にか帰っていた。


 玄関の扉を音もなく開けていたようで、気がついた頃には俺達に紛れていた。


 正直、真中さんのお母さんは見た目年齢が若すぎて高校生に紛れても遜色無い。


「千景くんと光留ちゃんよね? 久しぶりに見たら大きくなって」


「お久しぶりです。そしてさようなら」


 流れに任せて逃げ……うちで真中さんを待とうと思ったら、真中さんのお母さんに腕を掴まれた。


 笑顔が怖い。


「せっかく久しぶりに会えたんだからお話しない?」


「晩ご飯の準備があるので」


「うちで食べていけば一食分浮くよ?」


「でも今日は光留が作ってくれる日なので」


「それなら光留ちゃんと一緒にお料理できるってことね」


「あ、その……」


 真中さんのお母さんから笑顔を向けられた光留が俯きながら俺の服を握る。


 さいこ……光留は大人が苦手な為、大人に話しかけられると固まってしまう。


 こういう光留も可愛くて好きなのだけど、兄として助け舟ぐらい出さないでどうするのか。


「お母さん、あんまり嫌がってる子に強要するとお母さんの嫌いなパワハラになるよ」


「嫌がって……無いって決めつけるのがパワハラだ。ごめんね光留ちゃん。久しぶりに会えたから興奮しちゃって」


 兄の出番終了のお知らせ。


 学校では静かで、人に意見なんて言わなそうな真中さんだけど、母親相手にはちゃんと自分の意見を言えて偉い。


 まあ、学校での真中さんをあんまり知らないから完全な偏見ではあるけど。


 というか光留には謝ったけど未だに俺の腕を離さないのはどういうことですか?


「千景くんには少しお話があるから残ってもらうよ?」


「それは断れないやつですか?」


「別に断ってもいいんだけど、逆に千景くんは私に言いたいこととか無い?」


 真中さんのお母さんが真中さんをチラッと見てからそう聞いてくる。


 これはあれか?


 何年も会ってなかったのにいきなりうちに来てどした? 娘と何かあったか?


 みたいなやつか?


 つまり、俺はこれから真中さんと付き合ったことをお母さんに伝えないといけないのか?


 そして、それを断ったら俺は何も知れずに真中さんとは疎遠になると。


「分かりました。ちなみに個人面談ですか?」


「私は若い男の子と二人っきりの方が嬉しいけど、玖喜くきが怒っちゃうから玖喜を黙らせるか、光留ちゃんがよければみんなで」


 光留は大人の人が苦手だけど、それは歳が近ければ大丈夫ということでもなく、基本的に人見知りだ。


 俺がいれば真中さんとは話せるみたいだけど、多分二人きりになると置物になってしまうと思う。


 その証拠にいつもはツンケンして俺に触れてこうようとしない光留が俺の腕から離れようとしない。


 一生このままでもいい。


「俺が光留と一緒に居たいので同伴で」


「僕はお母さんが松原くんに変なことをした時に止める役として絶対に同伴するからね」


「すること前提なのね。別に玖喜の恥ずかしい話ぐらいしかしないのに」


「内容によっては家出して松原くんのお家に居候いそうろうするから」


「え、やだ」


 真中さんの発言をノータイムで光留が否定する。


 俺と二人なのがいいのは分かるけど、さすがに可哀想だから一考ぐらいはしてあげればいいものを。


 真中さん少し泣きそうだよ?


 それに……


「じゃあ公園のベンチで……」


「言うと思った。別に真中さんが俺の部屋使って俺がリビング使えばいいんだからいいでしょ」


「いくないし。それなら仕方ないから千景にうちの部屋使わせてあげる」


「それでいこう」


 反抗期ツンデレの光留が俺を部屋に誘ってくれた。


 どうしよう、俺は明日死ぬのか?


「松原くんのお部屋なんだから松原くんが使えばいいんですよ。僕は部屋の隅にでも居るので」


「千景の安全の為に一緒の部屋には居させられない」


「無抵抗の松原くんに変なことはしませんよ。寝顔眺めて写真に収めて少しの気まぐれで触れちゃったりしちゃうかもですけど」


「……全部駄目だし」


 別に俺の寝顔にそんな価値ないから何をしてもいいんだけど、光留が一瞬躊躇ったのはなんなのか。


 もしかして……


「若い子ってほんとにいいわね。私の職場にもこんな甘酸っぱい子がいれば……」


「自分で言って勝手に不機嫌にならないでよ。お母さんが怒るとお父さんしか止められないんだから」


 真中さんのお母さんは職場に……というか職場の若者に何か思うところでもあるのか。


 こんなにふわふわして『怒り』とは真逆の性格をしてそうなのに、人間はやはり見た目では判断できない。


「って、私の話なんかいいの。お話しましょ」


 真中さんのお母さんはそう言ってリビングの扉を開ける。


 もうほとんど全て話したような気はするけど、彼女の親同伴の話し合いが始まる。

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