【法律】ルールを作る権力者は、自分が被害者にならない前提でルールを作っている

晋子(しんこ)@思想家・哲学者

法律は誰を守るために存在しているのか

ルールというものは、本来、人々を守るためにあるはずだった。

しかし現実には、私たち庶民を守るどころか、逆に無防備にさせるために存在しているのではないかと感じることが多い。

なぜならそのルールを作っているのは、決して私たちのように毎日の生活のなかで危険と隣り合わせに生きている者ではなく、常に安全圏にいる「ルールを作る側」の人間たちだからだ。


政治家、裁判官、官僚、法律家――彼らはいわゆる「上流」とされる階層の人間であり、富や人脈、教育、立場、警備、あらゆる安全装置に守られている。

そして彼らが日々取り組んでいる法整備や制度設計のなかに、彼ら自身が被害者となる可能性など、微塵も存在しない。

それゆえに、彼らの作るルールには、「自分が襲われたらどうするか」という視点が抜け落ちている。

むしろ「庶民が騒ぎすぎないように」「必要以上に武装しないように」と、力を持たせないことばかりに注意が向いている。


たとえば、警棒や催涙スプレーの所持が制限される。

正当な理由がなければ「軽犯罪法違反」とされる。

だが、ここでいう「正当な理由」とは、警備員などの資格を持つ一部の職業人に限られ、一般の女性や高齢者、通勤途中の会社員が夜道に怯えて何かを携帯していたとしても、それは「正当」とされない。

つまり、「命の危険を感じたから」では通用しないのだ。


なぜか。それは、その法律をつくった人間たちが「夜道に怯える」という経験を持たないからである。

高級住宅街に住み、警備会社と契約し、常にタクシー移動し、警察とも顔見知り――そんな生活をしている人間が、庶民の孤独な恐怖を理解できるはずがない。

自分が襲われることはないと思っている人間にとって、「護身用の道具」は過剰なものでしかない。


だが、現実には襲われる人がいる。殺される人がいる。

その現実を目の当たりにするのは、ルールを作る人間ではなく、ルールを守らされる側の人間たちだ。

そして、被害者になってから初めて、法律がどれほど無力かを思い知る。


さらに深刻なのは、ルールを作る人間たちは「加害者の再起」ばかりを重視し、被害者の人生については「どうせもう戻らないもの」として、無関心であるという点だ。

「更生が大事」「人権が大事」「再犯を防ぐべき」――きれいな言葉が並ぶ。

しかしその裏側では、加害者の未来ばかりが優遇され、被害者の現在は踏みにじられたままになる。

被害者の人生は終わり、加害者は再スタートを切る。

これは制度の設計そのものが、加害者に優しい構造になっているからだ。

そしてその構造は、ルールを作る人間が「自分は加害者にも被害者にもならない」と信じているからこそ成り立つ。


この傲慢な前提こそが、最大の問題である。

自分が安全圏にいると信じている人間に、他人の恐怖を想像することはできない。

だから平気で「護身用具は禁止」「正当防衛は慎重に」と言い放ち、いざというときには「警察に相談を」とマニュアルのような言葉を投げつける。

その言葉が、どれほど現実とかけ離れているかに気づくことはない。


そしてこの構造は、法律だけでなく教育、福祉、医療、あらゆる制度に共通する。

教壇に立ったことのない官僚が、教師の働き方改革を語る。

現場の介護士に会ったこともない議員が、介護保険制度をいじる。

失業や病気を経験したことがない評論家が、生活保護の制限を主張する。


ルールを作る者と、守らされる者の距離が、あまりにも遠い。

それは制度の不備ではなく、構造的な欠陥であり、意図的な無理解でもある。


だから私たちは問わなければならない。

このルールは、本当に「誰かを守るため」のものか?

それとも、「自分たちを守るために他人を縛る」ためのものではないのか?


ルールという言葉が美しく響くのは、その裏で犠牲になった声が聞こえないときだけだ。

声をあげれば、変わるかもしれない。

しかしその声さえも「感情的」「過剰反応」「過激派」として扱われ、また排除される。


ならばどうするか。


私たちは、まずこの構造の不平等さに気づくこと。

そして、「上の人間が守るべきなのは自分たちの権威ではなく、私たちの命だ」と、言葉にして伝えること。

それが、ルールを作られ続けるだけの存在から、ルールを問い直す存在になる最初の一歩なのだ。


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