快報省 | ディストピア短編集 #7

りんりん

快報省

この国では、「快報法」が制定されている。


すべての報道は、国民に心地よい影響を与えるものでなければならない。

事実よりも、気持ちが大事だ。


メディアはすべて「快報省」によって統制されており、AI「PRISM(プリズム)」がその頭脳を担っている。

名前の由来は、光を美しく分光する装置——つまり、不快な色を除いて、心地よい情報だけを届けるための知能なのだ。


不快な単語や映像は「PRISM」がリアルタイムで差し替える。

たとえば「戦争」という言葉は、「国際的交渉活動」

——「失業率の悪化」は、「国民の自由時間が増加」

——「デモ」は「市民フェス」

——「腐敗」は「熟成」

——「死」は「恒久的な休暇」


その日、A氏は朝のニュースを流しながらコーヒーを啜っていた。

テレビには、楽しげな音楽と共に、こう表示されている。


「市民フェス、また全国で盛況! 国民の笑顔とプラカードが空を舞う!」

(映像:怒りに満ちた顔で火炎瓶を構える若者たち)


A氏はテレビを消し、重いため息をつき、静かに新聞の古い切り抜きを広げた。

そこには、かつてのこの国の“本当の言葉”が記されていた。

【政府汚職、隠蔽工作か】

【官僚主導で情報操作】

【言論統制の疑い強まる】


今では、そのどれもが検索しても出てこない。

検索エンジンも、AIも、すべてが「快報フィルター」で補正されているのだ。


「不快な情報は、国民のストレスを高め、幸福度を下げる」

——それが快報省の公式見解である。


昨日のニュースでは、過労死した男性が

「仕事への情熱が高まりすぎて、心が爆発!」と紹介され、拍手の絵文字と共に国民栄誉賞を授与されていた。

その家族は、笑顔で泣いていた。


A氏はかつて新聞記者だった。

今は隠居の身で、時折、思い出したように文章を書く。


部屋の隅にあるのは、古びたタイプライターのような機械。

正式には「E-5型レトロ記録端末」。

PRISMが設計した、懐古趣味の市民向け情報入力装置である。


「人間はノスタルジーに弱い。

だから、情報は古い形で入力させた方が、感情的な抵抗が少ない」

——PRISMの設計思想だ。


A氏はキーを叩き始めた。


**今日は、快報省が真実を殺した日である**


その瞬間、背後のスピーカーが鳴った。


「ご注意ください!不快ワード『殺す』が検出されました。

快報法第7条に基づき、文章を自動補正いたします」


打ち込まれた文字列が、自動的に補正された。


**今日は、快報省が真実の結晶化に成功した日である**


A氏は画面をじっと見つめた。

そして、小さくため息をつき、口をつぐんだ。


数日後、新聞に小さな記事が載った。

"A氏、恒久的な休暇へ"


【あとがき】

「報道の自由」は保障されていますが、なぜか「自由な報道」はどんどん減っていきます。本来、メディアとは真実を伝えるためのもののはずなのに、「心地よい情報」だけを並べることが“正解”になっていく風潮に、どこかおかしさを覚えずにはいられません。耳ざわりのいい言葉にばかり囲まれた社会では、本当の危機が近づいても、誰も気づけないのかもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

快報省 | ディストピア短編集 #7 りんりん @lynnlynn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ