第8話『なんかさ?デカくねーか?』
マロンの大人びたため息事件から数日。季節はすっかり秋めいて、散歩道に落ちる枯れ葉がカサカサと音を立てるようになった。わたしたちとおじさん、そして二匹の犬との交流は、もはや日常の風景として完全に溶け込んでいる。
その日も、わたしたちは公園のベンチで、マメちゃんにまとわりつかれているマロンを眺めながら、他愛もない話に花を咲かせていた。
「最近、朝晩は冷えますねえ」
「ああ。犬は喜び庭駆け回り、だ。こいつは散歩の時間が延びてうるさくてかなわん」
おじさんはそう言いながらも、足元でじゃれるマメちゃんの頭を優しく撫でている。その光景にも、すっかり見慣れた。
しばらくの沈黙。おじさんは、じっとマロンとマメちゃんを見比べていたかと思うと、不意に、思い出したように口を開いた。
「そう言えばさ」
その言葉に、わたしと妹は自然とおじさんの方を向く。
「お前らの犬も、ミニチュアじゃあねーよな」
「……え?」
時が、止まった。
おじさんは、わたしたちの固まった表情などお構いなしに、顎をしゃくりながら言葉を続ける。
「いや、カニヘンとか言ってたか? だとしてもだ。うちのマメシバほどじゃねえが、なんか、デカくないか?」
そして、ニヤリ、と笑った。それは、初めて会った頃の意地悪さとは違う、完全にからかいの色を含んだ、楽しそうな笑顔だった。
わたしと妹は、顔を見合わせた。
図星だった。
我が家の愛犬マロンは、血統書上は正真正銘のカニヘンダックスフンド。ミニチュアダックスよりもさらに小さい、ウサギ狩りのために作られた犬種のはずだった。ペットショップでも「これ以上は大きくなりませんよ」と太鼓判を押されていた。
しかし、現実はどうだ。
成長期を終えたマロンの体重は、カニヘンの標準体重をゆうに超え、ミニチュアダックスの平均すらも上回りそうな勢いなのだ。骨格もしっかりしていて、獣医さんには「うん、大きいけど、健康優良児だね!」と笑顔で言われる始末。
わたしたちは、これまでその事実から、うっすらと目をそらし続けてきた。「個体差だよね」「骨太なだけだよ」と、互いに言い聞かせながら。
「……そ、そんなことないですよ!」
妹が、少し上擦った声で反論する。
「カニヘンの中でも、ちょっとがっしりしてるタイプなだけです!」
わたしも慌ててフォローするが、その声は自分でもわかるほど弱々しい。
おじさんは、わたしたちの必死の抵抗が面白いのか、肩を揺らしてクツクツと笑っている。それはまさに、数週間前に「マメシバ」の名前を笑い飛ばした、わたしたちの姿そのものだった。
「ふん。まあ、なんだ。デカくても可愛けりゃ、それでいいじゃねえか」
おじさんは、わたしたちの痛いところを存分に突いた後、満足そうにそう言って立ち上がった。
「行くぞ、マメ」
マメちゃんを連れて去っていく後ろ姿は、なんだかいつもより大きく、そして勝ち誇っているように見えた。
残されたわたしたち姉妹は、ベンチに座ったまま、足元でキョトンとしている「大きめのカニヘンダックス」を見つめることしかできなかった。
「……人のこと、言えないね」
「……うん」
秋の夕暮れに、今度はわたしたち二人の、深いため息が重なった。
(第9話へつづく)
『だから、犬ですよ』 志乃原七海 @09093495732p
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