第3話

第六章:ビデオ判定の罠


球場内の大型モニターに、リプレイ映像が映し出される。


まずはボルトのホームイン――だが、審判団は一時停止をかけた。


「……ん?」


場内がざわつき始める。


スローモーションで確認されたのは、ボルトのスパイクが、ホームベースを一瞬飛び越えていたという事実。踏み外し、ベースの外側を駆け抜けていたのだ。


「これは……ホームイン無効だ!」


審判団が判定を下す。


「1点取り消し。得点は2点と認定します!」


球場は騒然となった。スコアボードが「日本:2点」に書き換えられる。


「野球では、走者がベースを確実に踏まなければ有効な得点にはならないんだ」と新庄が解説した。「どれだけ速くても、基本を忘れてはいけない」


しかし、新庄は、さらに畳みかけた。


「いや、もう1点、問題がある」


「チーターのチタロウは、早すぎて、三塁を回った時、客席の飼育員渡辺さんと接触した」


白井球審が冷静に補足した。


「野球規則5.09(b)(1)に明記されています。『走者がベースパスから3フィート(約90センチ)以上離れて走った場合、アウトになる』。あのチーターは明らかに走路を外れています」


リプレイ映像では、チタロウが三塁を猛スピードで回る際、遠心力に耐えきれず大きく外側へ膨らみ、客席で、肉をホームベースに投げる飼育員の渡辺と接触する様子がはっきりと映っていた。


「スリーフィートオーバーの違反です」新庄は断言した。


審判団は長い協議の末、判定を下した。


「チタロウ選手、走路違反によりアウト。得点は認められません」


「結果、ボルト選手、チタロウ、マックス選手のアウトと合わせて3アウト。周東選手の得点1点のみ有効」


スコアボードは最終的に「日本:1点」となった。


立花ママは扇子で顔を半分隠しながら、静かに微笑んだ。


球場のスクリーンでは、改めてスローモーションで各プレーが確認された。

一般の観客にもわかりやすく、アナウンサーが解説を加えた。


「ボルト選手は時速40キロ近いスピードでホームに描き抜けましたが、勢い余ってホームベースを踏み外しています。野球では、いかに速くても塁を確実に踏まなければ無効となります」


「またチーター選手は猛スピードで三塁を回った際、遠心力に耐えきれず、規定の走路からはみ出しました。これは野球規則で明確に禁止されている行為です」


第七章:交渉継続と新たなる提案


審判団が両チームに歩み寄り、判定を最終確認する。


「本日の勝負は、"一点"のみによる終了。北海道の独立問題に関する交渉継続が妥当と判断します」


立花ママは静かに扇子を畳み、うなずいた。


「ボルトがホームを踏まなかった……チタロウが早すぎて曲がりきれなかった……。勝負は、一瞬の判断で決まるのよね」


彼女はふと空を見上げた。


「それでも、"一点"は取れた。私の役目は果たしたわ」


新庄は、拳を握りしめたままマウンドに立ち続ける大谷に声をかけた。


「お前のおかげだ。あのスライダーがなければ、もっと打たれていただろう」


大谷は無言でうなずいた。彼の表情には複雑な感情が浮かんでいた。北海道に縁の深い彼にとって、この勝負の意味は特別なものだった。北海道の独立については、反対だった。

しかし、プレーはいつでも全力でやりたかった、


「鶴岡さんのリードも素晴らしかった」と大谷は静かに言った。「サインを変えたのは正解でした。あのスライダーで勝負できたから...」


「いや、君が首を振ったからこそだよ」と鶴岡は笑った。「ダルビッシュさんからも僕にサイン出てました」

と笑った。


スタジアムのスクリーンには【北海道代表 交渉継続】の文字が躍っていた。観客席からは惜しみない拍手が送られる。


数日後、東京と札幌で同時に記者会見が開かれた。両政府は「北海道特別自治区構想」を発表。レアアース採掘権と天然ガス利権の一部を北海道に委譲し、税収の特例措置を設けることで合意したのだ。


世界中のメディアがその結末を報じる中、立花ママは密かにススキノに店をオープンさせた。彼女の新しい店「北の鳳凰」は、早くも政財界の重要人物たちが集う場所となっていた。


新庄と深川が訪れた夜、立花ママは二人にウイスキーを注ぎながら言った。


「あの試合、実は私は"一点"を狙っていたのよ」


二人が驚いた顔を見て、彼女は続けた。


「無失点なら独立、三点以上なら従属。どちらも北海道の将来には危険すぎる。"一点"で交渉継続こそ、最良の結果だったのよ」


「それで、わざとボルト、渡辺飼育員に指示したのか?」新庄が訝しげに尋ねた。


立花ママは神秘的な笑みを浮かべて答えた。「スポーツでも政治でも、勝負は常に先を読むことよ。速すぎれば必ず曲がれない。それを知っていたのは、あなたも同じでしょう?」


新庄は苦笑いして頷いた。「まさか銀座のママさんに野球で先を越されるとはね」


立花ママはグラスを掲げた。「北海道の未来に」


立花ママはそっと扇子を開き、「ちょうど野球のように、一塁を踏み外せば無効になる。でも、きちんと踏めば次の塁を目指せる」と微笑んだ。


北海道の大地に降り積もる雪のように、人々の思いもまた、少しずつ積み重なり、やがて新たな風景を作っていく。速さだけを求めれば曲がりきれないが、歩幅を整えれば、確かな一歩を刻める。それは野球のルールが教えてくれた、政治という名の長い勝負の本質だった。


<終わり>

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北の独立 - 運命の一戦 奈良まさや @masaya7174

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