第2話:カク戦争の果てに「文学世界観」が崩壊

 現代における株式売買のアルゴリズムについて、説明可能な人間はもはやいないと言われる。1929年の世界恐慌の時は、人々は株式証券市場にブローカーが世界情勢を読み、直接、紙切れが飛び交う状況であったし、バブル経済崩壊の瞬間にあっては、よくテレビでトーキョーフォレックスにおける電話を首に挟んで丸卓に多くのブローカーが座り、怒鳴り合いながら、おもりをつけた紙切れを投げ合いながら外国為替取引をしていた映像が流れたが、それはもはや時代を偲ぶ風物詩でしかない。今やHFT(High Frequency Trade)/超高速取引と呼ばれる1秒間に数千回の売買がAIを活用したコンピュータで自動で行われる世の中である。そのアルゴリズムを正確に述べられる者はもはや誰もいない。従って、この文章を書いている今も、昨日のアラスカにおけるドナルド・トランプ米大統領とウラジミール・プーチン露大統領の会談を受けて、激しく市場が動いていることだろう。なにせ、東日本大震災直後の日本の円が円高に振れた辺りから、筆者は「訳が分からなくなった」のであるが、それもそのはず「市場が動くキッカケさえあればいい」のだそうだ、と聞いたことがあり、これは素人が手を出してはいけない領域であると認識を新たにしたのを覚えている。


 青山翠雲氏は、『芥 Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ』でも述べてきたように、これまで惑星“エーアデ”との間に生じた天文学的な宇宙債務の返済に奔走し、なんとか、辛うじてその道筋をつけ、最後の返済の航海に向け、地球を飛び立とうとしていた。そのためには、増産に舵を切った日本の米を中心に惑星外輸出品とし、稲作が儲かる業種とすることで、平均就農者の平均年齢が69.2歳と高齢化が著しく進んでいた業務領域にガミタス星からの移住2世を始めとした若者を呼び込み、成長産業へと導くとともに、秘密裡に惑星“エーアデ”との共同開発により、長年、ガミタス星を悩ませてきた強すぎる性欲と食欲を適度に軽減させる「シルクライス」に惑星“エーアデ”で加工してガミタス星へ販売する必要があった。だが、その苦労も今回で終わりとなる予定であった。今後も、この取引も続くかもしれないが、自分が直接、出向くのはこれが最後の予定であり、以後は、地球のアフリカをはじめとする人口増が著しく伸びてきた地域への惑星内輸出へまた大きく舵を切る方針であった。


 そんな重責から解放されようとしていた青山翠雲氏がリラックスして、惑星“エーアデ”へ向けて出発した直後に、Breaking Newsが飛び込んできた。


 なんと、惑星“エーアデ”で真鑑和尚じんがんおしょうが残した禁句を破り、中精子爆弾による核戦争が勃発したという。人々は地下の核シェルターに避難したというが、惑星全人口の4割が死滅した模様だとという。従来はワープ航法を用いて急行するのであるが、中精子爆弾を浴びたエーアデ男子はゾンビ化し、その後、疫病を発症させるということで、ウィルスが沈静化するのに時間がかかる模様だった。


 その状況を受け、地球に引き換えすことも十分に考えられたが、ここで惑星“エーアデ”を救わないとシルクライスの生産も途絶えることを意味し、そうなれば、ガミタス星への売却もできないため、宇宙債務の返済も頓挫してしまい、またまた、自身への糾弾が再燃することは目に見えていた。また、これまで、さんざん苦労もさせられてきた惑星“エーアデ”との関わりであったが、自分が地球のミラーリング惑星とも言える惑星“エーアデ”を発見し、第二の人類 レズ・サピックスとの遭遇、そして、その航海の中で妻となる盛由紀との出会いと子宝に恵まれての結婚、スジャータや我が作中で生み出したキャラクターである如月 美麗きさらぎ みれい有村 冴ありむら さえ内藤 哲也ないとう てつやといったかかわりが深く情の移った人々の安否が気になることもあり、安否確認 & 救出に向かわずにはいられなかった。地球人である自分がゾンビ化することはないだろうと思われたし、なによりも、宇宙債務完済目前でなんたる愚行愚劣な行為に走ったのかと、惑星“エーアデ”の首脳陣に対して、怒りに打ち震えていた。また、青山翠雲氏を惑星“エーアデ”に駆り立てさせたのは、「なぜ、こんなことになってしまったのか!?」と真実真相を調べずにはいられない、体内に流れるジャーナリストのDNAがそうさせたむきもあるのであろう。ワープ航法は用いずに、感染症が沈静化するであろうタイミングを見計らいながら、宇宙戦艦ムサシで惑星“エーアデ”に果敢にも単身向かった。


 ここに、救世主伝説が始まったのである。アヮァタァ!



 現在の惑星“エーアデ”がどうなっているかもよく分からなかったので、一番地の利が利きそうな自飯愚ジパングのある地域に降り立った。すると、誰もおらず、荒野と果てた平原を進めど進めど、誰とも遭遇しない。遂には意識が遠のき、何もすることなく命が絶えるかと思われた時に、一人の少年が道に倒れた自分に話しかけてくる。


 「よぉ、オッサン!こんなところで倒れてどうしたんだよ。こんなところで倒れていたら、死んじまうか、悪党に襲われちまうぜ!」

 「み、水をくれ!」

 「水か?生憎、サイダーしかないんだ。三ツ矢サイダーと三ツ星サイダーがあるけど、どっちがいい?」

 「み、三ツ星サイダーを頼む!」

 「分かったよ。でも、オッサン、このご時世、サイダー一本の貸しはデカいぜ。」

 「あ、ありがとう。恩にきる。」ごくごくと飲み、生き返った。「助かった。」

 「無謀だぜ、このご時世、一人でこの荒野を歩くなんてのは!」

 「かつて、この辺りは賑わっていたと思うが、これほどまでに荒れ果てているとは思わなかった。。。。」

 「この先も暫くは何にもなくなっちまってるからよ、気をつけて進めよ!おっと妹が泣いてら。じゃあ、気をつけてな、オッサン!」


 ミラーリングの日本の感覚で歩いていくが、歩けども歩けども、何もない。またもや意識が遠のいてきた。もはや、これまでか!?と思ったその刹那、ふいに、一人の美しい女性が現れ、水を一口飲ませてくれた。天女のような白い衣を身に纏い、黒い艶艶ツヤツヤとした髪の毛は全体にわずかに紫がかっている。青山翠雲氏は、生死の淵を彷徨っていたためか、水を一口飲んだあと、意識を失い3日間の昏睡状態に陥った。。。水をくれた女性の懸命の介護の甲斐もあり、3日目に目が醒めたが、記憶を(都合よくも)一時的に混濁し、失くしていた。


 「お目覚めになりましたか?」女性が心配そうに見つめながら問いかける。

 「一時はもうお亡くなりになったのかと思いましたわ。ただ、体温がまだ温かく、少し熱を持ってたようでひどく汗をかく時がございたので、私の方で清拭をさせていただいておりましたら、その3日間とも、あの、その、ものすごい量の夢精をされていたものですから、まだ生命力はこの方はある、と感じ、ご回復を信じて微力ながら懸命に看病いたしました。毎朝、あ、あそこだけは物凄く回復するのに意識は戻らず、先程はもう諦めかけましたが、意識の方も回復なさって、こうしてお目覚めになられて良かったですわ。」

 「こ、ここは?そして、貴女は?」

 「私の名前は友莉愛ユリア。ここは私の家の地下室です。家先の庭に薬草を摘みに出たところ、ちょうど貴方が倒れるところに遭遇いたしまして、持っていた水を差し上げましたところ、意識を失ってしまわれ、家にお運び申し上げました。貴方こそ、なんであんなところを歩いてらしたのです?荒野を一人で歩くなんて、賊に襲われたどうするんです?貴方は一体、どなたなの?」

 「私は、わ、私は・・・。お、思い出せない!俺は、一体誰なんだ!?せ、せいし?精子漏?いや、じ、自分は自分は!。。。」

 「セイシロウさんとおっしゃるの?あぁ、貴女が意識を失う前に、青、青っておっしゃってたから、きっと、「青志朗セイシロウ」さんという字かしらね?貴方、今、まだ意識が混濁して、意識や記憶が一時的に戻ってらっしゃらいのね、きっと。もう少し静養すればきっと、記憶も戻るわ。もう少し寝てらして。今、何か食事を作るわ。」そう言って、美しい髪を揺らして、台所に向かって立っていった。

 記憶が戻らぬ青志朗セイシロウは、再び眠りについた。


 1時間ほども眠ったのだろうか?再び目が醒めるといい匂いがして、猛烈な空腹感に襲われた。

 「昏睡されてたのだから、最初はゆっくり召し上がってね。たくさん作ったから、たっぷり召し上がって。貴方、眠ってはいらしたけど、その、毎朝のアレでお疲れにもなったでしょうから、精の付くものを作ったわ。」

 食事は美味しく、ゆっくりと食べ、胃袋を慣らしてからは夢中になっておかわりをした。そして、いろいろと話を聞かせてもらった。


 「友莉愛ユリアさん、スミマセン。どうも記憶が戻らないものですから、変なことまで聞いてしまうと思いますが、教えてください。ここは一体、どこなんですか?なんでこんなに荒廃しているんですか?な、なにか、以前ではこうではなかったような気がしているんですが・・・」

 「どこからお話したらいいかしらね?まず、ここは自飯愚ジパングの港町、かつて縦浜と呼ばれていた町よ。ただし、あの日以来、群雄割拠の時代になってしまって、今は、覚世夢カクヨム王国と呼ばれているわ。」

 「じ、自飯愚ジパングの縦浜・・・。ど、どこかで聞いたことがあるような。。だ、ダメだ、思い出せない。カクヨムという響きも聞き覚えがあるが、思い出せない。。。」

 「焦ることないわ。ゆっくりと思い出していけばいいと思うわ。私の言葉を聞いていれば、そのうちに刺激となって何か思い出してくるかもしれないわ。」

 「ありがとう。ところで、さっき言っていた『あの日以来』というのは?」

 「核戦争よ。何の前触れもなく始まった核戦争。」

 「か、核戦争?」

 「そうよ、真鑑和尚が唱えた不文律『中精子爆弾の使用は禁止禁欲」は絶対であったはずなのに、ある日突然、何の前触れもなく全世界全面核戦争に陥ってしまったの。」

 「全世界全面核戦争!?それは一体どうしたのです?」


 友莉愛ユリアの語るところによれば、以下のとおりだった。


 惑星“エーアデ”においても、生成AIの社会への浸透は凄まじい勢いで進んでいった。軍事警戒アラートシステムもご多聞に漏れず、AIとの連携により、防衛体制や迎撃態勢、スクランブル攻撃態勢など目まぐるしく指令を出してくるようになっていた。それは、ある国の大統領が、核兵器を戦略核ではなく戦術核としての使用をほのめかした、などという分かりやすい発言でもあれば、人間でも対防御や迎撃態勢強化など対抗措置を取れるが、やれ、米の価格が前週比7%上がったため政府転覆リスクが6.5ポイント上がっただの、ある国の大統領が道路の陥没事故が起きた際にゴルフに行っていたため、批判が集まっていることから政局不安定化から戦争リスクが5.1ポイント上がっただの、ある独裁国家での映像でいつも1秒間に5回は拍手していたNo.2が3.3回しか拍手していなかったから、クーデターの発現確率が17%向上しただの、人間ではおよそ思いつかないようなことでも、アルゴリズム算定から3分毎に仮想敵国が入れ替わったり、核弾頭の発射用意ミサイル数が1時間ごとに変更になったり、なぜ?この指令が出る?というのが人間には理解できないが、何かの危険サインを元に警告を発し、攻撃態勢や防御態勢変更指示が出ているのであろうから、しまいに歴代の防衛大臣もAIの変更提言に対し、盲目的に追認するようになっていっていた。そうなると、大臣としての価値はどんどんと低下し、大統領も防衛大臣に戦況や今後の防衛方針等について問わなくなってきた。ある日、緊急で防衛費の増減について協議したい時に、防衛大臣が外遊中の晩餐会出席の最中で対応できなかったのを機に、防衛大臣をある国で遂にAIに切り替えることにしたとのこと。


 地球には1955年に哲学者のバートランド・ラッセルと物理学者アルベルト・アインシュタインが中心となり、核兵器の廃絶と戦争終結を訴え、科学技術の平和利用を呼びかけ日本の湯川秀樹を含む11名の科学者もその署名に参加し、民主社会と独裁社会の両方の指導者たちに、協力して核戦争を防ぐように呼びかけた「ラッセル=アインシュタイン宣言」というものがあり、一定程度の重しとなっていたが、この惑星にあったのは「真鑑の言葉のみ」だったのはその質量としては欠けたところは否めなかった。しかも、地球へのコスモクリーナー タイプEとしての高値売却が実現した後となっては、惑星“エーアデ”の各国がそれぞれに核武装をそれぞれの思惑、AIの指示に従うに任せて、軍拡が進行していた。


 人間が各国の防衛大臣を務めている限りにおいては、恐怖と力のほぼほぼの均衡が、その使用を押し留めていたが、防衛大臣の任務を人間からAIに切り替えた瞬間にその惨劇は開始された。モニタリングはしているものの発射ボタンの権限が人間が務める大臣にあった時は、躊躇や逡巡、報復を受ける恐怖から押されることはけっしてなかったが、大臣権限が人間からAIに委譲された瞬間に、今までStandby (Virtual) モードだったのが、Execution(Real)モードに入り、AIが緻密すぎる計算を行い、保有弾頭数、到達時間、迎撃体制、SNSによる相手首脳陣の外遊状況や意思決定にかかるであろう反応可能速度や救護体制、ワクチン保有数など、全てを計算し尽くし、一手差の美学とでも言うべく「計算上」の勝利から、躊躇なく、その最初の1発目が発射されてしまったのだ。


 将棋や囲碁のAIでもそうだが、人間の棋士にあって、AIに無いものがある。それは「恐怖を感じる心」だ。計算によってのみ、行けるか行けないか、それだけである。


 各国どおしが相互監視していたAI攻撃防御機能がある国でオンになった瞬間、各国のAI攻撃防御装置も一斉にオンになった。その刹那、第一発目がアッという間もなく、発射されてしまった。その後は、もはや、制御の効かない打ち上げ花火ショーのようだった。それはあたかも、自らの手で絞首刑台を構築し、最後の最後でAIの手で背中をドンと押されてしまったかのようなものであった。



 核保有国を中心に中精子爆弾が相互に炸裂。アルゴリズムに仕込まれていた「勝利の定義」も統一されていなかったことも影響。1都市でも多く生存都市が上回れば勝利とするアルゴリズムがあるかと思えば、政権のある首都を早期に壊滅させることこそ「勝利」と定義づけているアルゴリズムがあるなど、ルールの違う将棋とチェスがそれぞれの定義で盤上の戦いを繰り広げているようなところがあった。結果は各所でゾンビが大発生。その後、疫病も蔓延。AIは各国が保有するワクチン本数、医療従事可能者数まで、あらゆることを計算に入れていたため、地下シェルターに難を逃れることができた人々は良かったが、地上に取り残された人々の末路は凄惨&酸鼻を極めるもので、断末魔は地下シェルターにまで響いたという。突然の核戦争後、3ヶ月の沈黙を地下都市で余儀なくされ、その間、ゾンビと化した者が1週間で死に絶え、疫病を発症したウィルスも感染させる宿主がなく死滅するのに1ヶ月半、恒星の光による滅菌殺菌にさらに1ヶ月を要し、ようやく生き残った6割の人々が地上に戻ったが、政府は瓦解し、悪党どもが徒党を組み、膂力と数にまかせて、それぞれのエリアで横暴を振るう原始的な世界へと成り果ててしまったというのである。しかも、その変容させた世界観というのが、これは誰も予想し得なかったことなのであるが、この惑星“エーアデ”における核戦争が引き起こした世界観の変容というものが、「核戦争 ⇒ 書く戦争」のダジャレでもあるまいに、文学世界観を決定的に変容させてしまったとのことなのである。惑星“エーアデ”における核戦争は地球のそれとは異なり、長期に亘る放射能汚染などはないため、「書く戦争」以外については、社会インフラを動かす人手不足は甚だしいものの、徐々に日常生活は戻りつつあるという。しかし、その「文学世界観の崩壊」度合だけは甚だしく、容易には回復しないのではないかとの自己観測を語った。


 そこまで語ると友莉愛ユリアはさめざめと涙を流し、悲しみに打ちひしがれていた。体力と精力をすっかり回復した青志朗セイシロウと心を打ちひしがれていた友莉愛ユリアが互いを求め合うのに、そう多くの時間はかからなかった。かくして、その友莉愛ユリアの家でお互いを支えながら、不安に耐えながらも、時に強く結ばれた二人に濃密な時間が流れていった。。。。。

 

 そんな日々が10日間ほど経ったある日、庭で僅かばかりの作物や薬草を収穫していると、爆音を轟かせた悪党一団が突然に襲撃してきた。


 そこに、友莉愛ユリアが涙ながらに語った「文学世界観の崩壊」が眼前に姿を現し、「核戦争」の後の「書く戦争」の勃発たる所以を青志朗セイシロウは理解するに至る。

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