第12話 解決とこれからの話

 翌日からしばらく、カフェにサンダは現れなかった。サラは安心しつつもサンダのことを心配に思っていると、数日後の夕方、いつも通りの姿でサンダが顔を出す。


 ただ表情はいつも通り無表情に見えるが、ずっとサンダの様子を窺っていたサラには少しの違いが分かった。なんだか緊張してるような、後悔しているような……。


「サラ……じゃなくて、サラさん。本当に申し訳なかったっ」


 サンダはそう告げると突然頭を下げた。それに驚いたサラは一拍遅れて、慌ててカウンターからサンダの下に向かう。


「顔をあげてください。突然謝罪なんてどうして……」

「俺は、人の気持ちがよく分からない。空気も読めないと友人に言われている。好きになった女性にアピールしていたら親密そうな相手が既にいたと相談した。すると友人に詳細を聞かれて全てを話すと、サラさんの気持ちを何時間も説明された。俺は、サラさんを怖がらせてしまっていたと……本当にすまない」


 深く後悔している様子のサンダに、サラは様々な感情が渦巻いてすぐには口を開けなかった。まずはサンダが悪人じゃなかったことへの安堵、そして怖がってしまったことへの申し訳なさ、さらには誤解が解けて良かったこと。


 深呼吸をしてから、サラは口を開いた。


「私こそサンダさんの気持ちがよく分からなくて、すみませんでした」

「いや、俺が悪い。名前を教えてくれたからもう友人だと思い、勝手に名前を呼び捨てにして、馴れ馴れしく」


 まさか名前を答えたことで友人だと思われていたなんて。さすがにサラも驚いたが、サンダには間違いを正してくれる友人がいるようであるし、こうして後悔して真摯に謝罪できるいい人だ。


 そう考えたら、そこまで深刻に考える必要はないかと思った。


「もうこれっきりこの店には来ない。これは謝罪の品だ。本当に申し訳なかった」


 そう言って王都の有名店のクッキーを差し出すサンダに、サラは少し迷いながら手を伸ばす。そしてクッキーを受け取った。


「ありがとうございます。ただこれを受け取る代わりに、今回のことはこれで終わりにしませんか? なのでもしサンダさんがお嫌じゃなければ、またお店に来てください」


 サラが笑顔でそう伝えると、サンダは顔を上げる。


「いいのか……?」

「もちろんです」


 躊躇わずに頷いたサラに、サンダは一瞬だけ泣きそうになり、しかしすぐいつも通りの無表情に戻った。


「本当にありがとう。ではこれからも通わせてもらう。それから、もしよかったら友達になってほしい。そして俺がサラさんと付き合える可能性はあるのかはっきり伝えてくれ。はっきり言ってもらわないと俺には分からない」

「えっと……友だちの話はもちろんです。嬉しいです。ただ恋人にはなれません」


 サラがはっきりと伝えると、サンダは躊躇わずに頷く。そして表情を変えることなくいつものカウンター席に座った。


 振られたという形のサンダがどんな気持ちなのかよく分からず、サラは困惑しながらも他の客に向けて頭を下げる。


「お騒がせして申し訳ございません。お詫びに皆様にクッキーをお渡ししますので、お許しください」


 サラのその言葉に客たちは寛容だ。中にはサンダに声をかける者もいた。


「兄ちゃん、よく分からないが元気出せよ」


 その声かけにサンダはクルッと振り返ると淡々と告げる。


「泣きそうだ」


 あまりにも口調と雰囲気と言葉の内容が噛み合っておらず、店内にいた誰もが噴き出した。サンダにとっては不本意かもしれないが、店内の雰囲気がとても暖かいものになる。


 そうしてその日の営業も、無事に終わりを告げた。


 

 隠れ家に帰ると既にルーカスがいて、サラは今日の出来事を説明した。するとルーカスは少し不満げにしながらも頷く。


「そっか〜……」

「嬉しくないですか?」

「いや、問題が解決したのは嬉しいよ? サラも嬉しそうだしね。ただ納得できないというか……いや、違うか」


 そこで表情を真剣なものに変えたルーカスは、サラの瞳をまっすぐ見つめて告げた。


「サラ、これは特殊な事例だからね。大抵サラから相談を受けたような内容だと、男が逆上するか強行手段に出るかストーカーになるか。そんなことが大半だからね? 悪い人はそんなにいないなんて思って安心しないように。世の中には酷い人なんて掃いて捨てるほどいるんだから」


 ルーカスのその忠告は、サラのふわふわしていた気持ちを引き締める。今回のことはサンダが悪い人ではなかった。それは喜ばしいことだが、次からもそうとは限らないのだ。


「気をつけます」

「――うん、それならいいや」


 サラが真剣な面持ちで頷いたのを見て、ルーカスは表情を緩めた。


 しかしサラは、ルーカスのことが気になっている。ルーカスはどこか人を信用していないというか、人の悪意を過剰に恐れて嫌っているところがあるのだ。さらに、ふとした時に寂しそうな表情を覗かせるのに、サラはすでに気づいていた。


(私がいることで、ルーカスさんの寂しさが少しは埋まってたらいいな……)


 思わずそんなことを考えてしまい、すぐにブンブンと首を横に振る。


(そんなこと考えるだけ烏滸がましいよね。というかむしろ、私がルーカスさんのおかげで実家を出てから寂しさを感じずに過ごせてる気がする)


「ルーカスさん、いつもありがとうございます」


 思わずそう伝えると、ルーカスは不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」

「ただ伝えたくなっただけです」

「ふふっ、そっか。――じゃあ、今日も夜ご飯にしよう。実は美味しいお肉の煮込みがあって……」

「最高ですねっ」


 それから少しして、サラがほろほろと口の中で崩れるような美味しい煮込み料理を堪能していると、ルーカスが何かを思い出したように口を開いた。


「そうだ、そろそろあのカフェで人を雇おうと思ってるんだけど、どうかな。雇った人にサラが仕事を教えてあげてほしいんだ」

「それはもちろん構いませんが、その方にお店を任せられるようになったら私は……」


 少し不安になって問いかけたサラに、ルーカスは笑顔で答える。


「サラにはたくさんやってもらいたいことがあるよ。まずは調薬かな。別の国でやってる薬屋の店主を任せてる人が長期休暇を取りたいらしくて、サラに代わりを務めてほしいんだ。そろそろ調理は慣れてきたと思うから、魔法調薬の修行に入りたかったしね」

「魔法調薬……難しそうですが、頑張ります」

「うん、サラならできるよ。ただしばらくはまだカフェに出てもらって、もちろん他の人に任せた後も好きに顔を出していいからね」


 ルーカスのその言葉にサラは安心する。せっかく仲良くなれた人たちと会えなくなるのは寂しかったのだ。


「分かりました。いい人を雇えるといいですね」

「まずはそこが問題なんだよね〜」


 サラは求人方法に悩むルーカスを横目に、これからのことを考えていた。別の国の薬屋の店主をすることになったら、どうしても今のカフェに行く回数は減るだろう。


 そうなる前に、まだあまり出歩けていないあの街を歩き回ってみたい。ルーカスは誘ったら一緒に街を巡ってくれるだろうか。


 そんなことを考えていると、とても楽しくなってくる。サラは自分が自然と笑顔になっているのを感じて、改めてこれからの未来にワクワクした。


「ルーカスさん、私とっても楽しいです」


 脈絡のないサラの言葉だったが、ルーカスはすぐに頬を緩める。


「僕もサラと出会えて、今まで以上に人生が楽しいよ」


 そうして笑い合う二人は、それからも他愛ない話に花を咲かせた。魔法使いの師匠と弟子、二人の物語はまだまだ始まったばかりだ。









〜あとがき〜

本作はコンテスト応募作である関係で、ここでひとまず完結となります。ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!


この後の動きについては分かり次第お知らせさせていただきますので、本作を気に入ってくださった皆様は、作品フォローなどをしてお待ちいただけると嬉しいです。


まだまだ二人の物語を書きたいので、コンテストの結果が奮わなくともいずれ続きを書くつもりでいます。しばらくお待ちください!


蒼井美紗

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迷い込んだのは魔法使いの隠れ家でした 蒼井美紗 @aoi_misa

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