最初から最後までイチャイチャするだけの話
幽玄書庫
告白はアイスの味
真っ青な夏空の下、公園のベンチはじんわりと熱い。
ひよりは奏太の隣にちょこんと座り、両足を揃えてベンチに小さく腰かけていた。
「ねえ、奏太くん」
「ん、どうした?」
「今日、アイス二個も食べてね、お腹痛いの。だから、私って奏太くんのこと好きかもしれない!」
「……いや、どういう理屈?」
「え、だってさ、お腹痛い時に一番に思い浮かんだのが奏太くんだったんだよ! これって、運命じゃない?」
「いや、それただ俺が迎えに来るって思っただけじゃん」
「あっ、バレた? でも、でもね、奏太くんといるとアイス三個でも平気な気がするの!」
「いや、食べすぎはダメだろ。ていうか、俺のこと一番に思い浮かんだ理由がそれでいいの?」
「うーん……じゃあ、他にもあるよ! 奏太くんが教室でペン転がしてるところ、すっごくかっこいいと思ってるんだよ?」
「それ、ただの暇つぶしだよ……」
「でもね、そんな奏太くんを見ると、なんか私まで楽しくなっちゃうんだ。だから、やっぱり好きなんだと思う!」
「……そ、そうなんだ」
「あ、でもアイスの件もちゃんと考えてるからね? 今度は一緒に三個チャレンジしよ!」
「だから食べすぎは――」
「あ、もし全部食べきったら、その時は……ご褒美にもう一回好きって言っていい?」
「どういう理屈だよ……まぁ、気が向いたらな……」
「やったー! でも、これって両想いってことかな?」
「どうだろう。でも……一緒にアイスは、食べてもいいよ」
「じゃあ私、帰りにアイス買いに行こーっと! 奏太くんも絶対一緒ね!」
「お腹痛いんじゃなかったのか」
「奏太くんの顔見てたら治っちゃった。ほら、またアイス買いに行こ?」
ひよりは満面の笑みで奏太の腕を取る。
そのまま二人は、夕陽の中を歩いていった。
ひよりに腕を引っぱられながら、奏太はふと苦笑いを浮かべた。
「そんな急がなくても、アイスは逃げないよ」
「でも早く食べたいし、奏太くんと一緒だと、なんかアイスがもっと特別になる気がするんだもん」
「それ、ただの食いしん坊じゃ……」
「えへへ、バレた?」
二人は自動ドアをくぐり、アイスのショーケースを眺める。
ショーケースの中にはカラフルなアイスがずらりと並んでいる。
「うわあ、迷うなー! 奏太くんは何味が好き?」
「俺はチョコミントかな」
「やっぱり~! じゃあ、私もチョコミントにする!」
「いつもいちごばっかり選んでたじゃん」
「えへへ、だって……今日は奏太くんと一緒がいいんだもん」
言いながら、ちょっとだけ顔を赤くするひより。
つられて奏太の顔も熱くなる。
「……なら、たまには合わせてみるか」
「やったー! ね、同じ味食べたら、私たち両想いってことでいいよね?」
「それでいいなら、まあ、そうだな」
ひよりはうれしそうにアイスを受け取り、一口パクっと食べる。
そして、ニコニコしながら奏太を見上げて言った。
「ねえ、奏太くん、これからもいっぱいアイス一緒に食べようね!」
「……まあ、ひよりがバカな告白しない限り、な」
「じゃあ、毎日告白しなきゃね!」
アイスの余韻が口元に残るまま、ふたりは夕暮れに染まった道を歩いていた。
ひよりは、さっきまで楽しそうにアイスを頬張っていたその顔を、今はふわりとほころばせている。
時おり奏太の顔を覗き込み、満足そうに笑う――その笑顔には、アイスよりも甘いものが混じっていた。
「ねえ、今日、すっごく楽しかったよ」
「……そうか? アイス食べただけだぞ」
「うん。でも奏太くんと一緒だと、それだけですごく幸せになるんだよ?」
夕焼けがひよりの髪を橙色に染め、瞳をきらきらと輝かせる。
彼女は少しだけ立ち止まり、制服の袖をそっと奏太のほうへ伸ばす。
「明日も、あさっても、ずっと一緒に帰りたいな。こうやって、また笑って……またアイスも食べようね!」
奏太は思わず足を止め、ひよりを見る。
彼女はまっすぐに、期待と幸福を隠しきれない表情で奏太を見上げていた。
その横顔は、ほんのりと赤く、そしてなによりも愛おしげに笑っていた。
「……そうだな。また一緒に、アイス食べに行こう。」
「約束だよ!」
ふたりの影が長く伸び、ひとつになりかけている。
澄んだ風の中で、ひよりの笑顔が、これからもきっと隣にある――そんな予感が、あたたかくふたりを包んでいた。
「ねえ、ちょっとだけ寄り道していかない?」
「え、もうすぐ暗くなるのに……」
「じゃあ、暗くなるまで腕相撲しよ!」
「そこはブランコじゃないのか……?」
「ブランコもいいけど、奏太くんが負けたら、明日もアイス買ってくれるってことで!」
「勝ったら?」
ひよりはほんのすこし俯いて、小声で答えた。
「その時は……明日も一緒に帰っていい?」
奏太は、おどけるでもなく、ちょっと真剣な顔のひよりを見つめた。
そしてゆっくりとうなずく。
「どっちにしても、明日も一緒に帰ろう」
ひよりはぱっと明るい表情になって、「やったー!」と満面の笑みを見せる。
公園にふたりだけの声が響いて、夕焼けの時間が、いつまでも長引くような気がした。
土曜日の午後、ひよりの部屋には、やわらかい日差しが差し込んでいた。
テーブルの上にはコンビニで買ってきたおやつと、ひよりの大好きなアイスも並んでいた。
「じゃーん! “おうちデートゲーム”を作ってみました!」
「……なんだそれ」
ひよりは引き出しの中から手書きのカードを取り出して、得意げにテーブルの上へ広げる。
「このカードを引いたら、そこに書いてあるミッションを遂行するの! 例えば――『相手を三回褒める』とか!」
「……変なこと書いてないだろうな?」
「ふふ、引いてのお楽しみー!」
じゃんけんで負けた奏太が、しぶしぶカードを引く。
「『相手の好きなところをひとつ言う』……だって」
ひよりは期待に満ちた目でこちらを見てくる。
「いきなりハードル高いな……。でも、えっと。――元気で、いつも楽しそうなところが好き。かな」
「えっへへ、好きって言われた~!」
嬉しさを隠しきれない様子で、ひよりが、恥ずかしそうにアイスにかじりつく。
「奏太くんの好きなところ……いっぱいあるけど、今は――照れてる顔がいちばん好きだな~」
「そんなに見つめるなよ……」
そうしてしばらくはゲームで盛り上がり、アイスやお菓子をつまみながら、次は映画を一緒に観ることになった。
小さな画面に並んで座ると、ひよりは自然に肩を寄せてくる。
「こうしてると、ずっといっしょにいられそうだね」
「……今度は俺の家来るか?」
「うん、約束」
やわらかな静けさのなか、ふたりの距離はいつもより少しだけ、自然に近づいていた。
映画のエンドロールが静かに流れる。
ひよりはソファにもたれて、気持ちよさそうに伸びをした。
「ねえねえ、今日の映画、奏太くんと見ると、なんか三割増で面白かった!」
「三割増って――また謎の計算だな」
「体感だよ、たい・かん!」
ふたりで小さく笑い合う。
しばらく、窓の外の夕焼けが部屋をオレンジ色に染めていた。
「ね、次はなにする? なんかリクエストある?」
「えーっと……あ、そろそろみんな夕飯の時間だろ。親が帰ってくるまで、まだ大丈夫なのか?」
ひよりは腕時計を見て、にんまりと笑う。
「大丈夫! パパとママ、今日遠くまでお出かけだから、しばらく帰ってこないって!」
「……なんか、その笑い方あやしいな」
「だって、ね。もうちょっとだけ、奏太くんと一緒にいたいから」
ひよりは、ちょっぴりまじめな目で見つめてきた。
その視線に、奏太は少しだけどきりとする。
「じゃあ……ボードゲームでもやるか? 負けたほうが、今度アイスおごるとか」
「またアイス⁉ ……でも、いいよ!」
ふたりはボードゲームを広げ、小さな勝負が始まる。
ゲーム中もひよりは、負けるたびに本気なのか冗談なのかわからない悔しがり方をして、奏太の顔を見るたびにちょっぴり照れた笑いをこぼす。
夜が近づき、部屋の中はやわらかな間接照明と、まだ残る夕焼けの余韻に包まれていた。
やがてボードゲームにも飽き、ふたりは並んでソファに腰かける。
静かな時間が流れる中、ひよりはふいに奏太のほうを向いた。
「ねぇ……」
「ん?」
ひよりは少しだけ唇を噛みしめ、不意に真剣な表情になる。
そのまま、そっと奏太の顔へと顔を近づける。
奏太が驚いて目を丸くすると、ひよりはほほえみながら、そっと目を閉じた。
気がつけば、ふたりの距離は指先ほどに縮まり――
奏太は、ひよりのやわらかな温度を感じながら、ゆっくりと自分も目を閉じた。
そして、ふたりの唇がそっと重なる。
一瞬だけの、けれど確かに心に残るキス。
ひよりは唇をそっと離し、そのまま奏太の肩に額を預けた。
「ねぇ、奏太くん。私、ずっと前から――好きだった」
ひよりは少しだけ涙ぐみながら、けれどまっすぐな瞳で奏太を見つめる。
「友達でいるのも楽しかったけど、本当は今日みたいに、ふたりきりでいっぱい笑って、こんなふうにずっと近くにいたいって、ずっと思ってた。……ちゃんと言いたかったの」
部屋に流れる静けさが、ふたりの心臓の音だけを響かせる。
奏太は不器用に、でもしっかりとひよりの手を握った。
「……ありがとう。俺も、ひよりのこと、大好きだよ」
ふたりはお互いの温度を感じながら、静かに微笑み合った――。
ひよりはうっすらと頬を赤らめたまま、そっと奏太の膝に自分の指をのせる。
「ねえ……さっき、恥ずかしかった?」
「そりゃ、ちょっとは……でも、うれしかった」
ひよりは、はにかんだように小さく笑う。
その仕草があんまり可愛くて、奏太は思わずひよりの頭をやさしくポンポンとなでた。
「……あれ、なでるの? 子供扱い?」
「ちがうよ、大人になんかなってほしくないから、ちょっとだけこのままでいてほしいって思った」
「なにそれ、ずるい~!」
ひよりはそっと奏太の肩にもたれかかり、意地悪そうに顔を近づける。
「じゃあ、私もお返し」
そう言って、ひよりは奏太のほっぺにそっと「ちゅっ」と音を立ててキスをする。
「わ、今のは反則だぞ……!」
「えへへ、反則したから捕まえて~!」
そう言いながら、ひよりはソファの端のほうへ小さく逃げるふりをする。
その姿が本当に愛おしくて、奏太もつられて笑ってしまう。
二人だけの小さな追いかけっこのあと――
ぎゅっと抱きしめあって、ひよりは小さな声でささやいた。
「このまま、しばらく離れたくないなぁ」
「うん、俺も」
ぎゅっと抱きしめながら、ふたりの笑顔とぬくもりが、部屋中の空気を甘くしていた――。
最初から最後までイチャイチャするだけの話 幽玄書庫 @yousei77
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