噂と波乱の学園生活⑧
──そこから先の何秒かで、色々なことが同時に起こった。
反射的に目を見開く僕の視線の先、「勝負あり」と表示された結界の中で、倒れ伏した白い供骸は両手と両足で同時に地面を強く殴打した。
とっさに叫ぼうと口を開く僕の前で、供骸の体が跳ね上がる。
まるで節足動物みたい。
人体を模した構造からはあり得ない動きで身をくねらせた供骸が、片足の爪先だけで芝生の上に着地する。
その瞬間になってやっと気がつく。
供骸の内部を巡る神性の流れが──「神縁」がおかしい。
これまで見たどんな供骸よりも激しい輝き。まるで川から溢れる寸前の濁流みたい。
人間でいえば心臓にあたる位置に埋め込まれた祈願炉は真昼の太陽よりも眩しくて、直視できないほどだ。
「か──」
ようやく喉の奥から飛び出した声が賀茂君の名前を呼ぼうとするけど、それより一瞬早く賀茂君の視線が動き始める。
白い供骸を捉えた目が、大きく見開かれる。
素早く動いた両手が神符をかざすと、水瀬さんと白い供骸の主人である女子生徒が結界から離れる方向──つまりは僕がいる方向へと吹っ飛ぶ。
「わ!」
水瀬さんの悲鳴に強い足音が重なる。足を踏みだそうとする僕の脇をすり抜けて、篠村先生がものすごい速さで賀茂君に駆け寄る。
黒い式服の袖から飛び出した無数の神符が賀茂君の頭上を飛び越えて結界に貼り付き──
同時に振り抜かれた白い供骸の腕が、透明な結界を内側から強打する。
ガラスを砕くみたいな甲高い音。結界の表面を光が走り抜け、縁に沿って描かれていた紋様が揺らいで一部が消え去る。
白い供骸の肘から先は、結界の外。
人間の胴体くらいある金属の手が、賀茂君に激突する直前で動きを止めている。
供骸の太い腕の周りには光で編まれた無数の鎖。篠村先生が放った神符から生まれた鎖が白い供骸の腕に絡みつき、動きを完全に封じている。
腕が突き通した穴の周囲で結界が放射状にひび割れ、少しずつ黒く変色していく。
篠村先生が両手で複雑な印を結ぶと、無数の神符が穴をふさいで変色した部分を元の透明な壁に戻していく。
「賀茂君──!」
その時になってやっと、声が形を成す。
僕は叫ぶと同時に両腕を広げ、一直線にすっ飛んできた水瀬さんと女子生徒の体をぎりぎりで受け止める。
二人の体にはいつの間にか篠村先生の手から伸びた光の鎖が一本ずつ絡み付いていて、速度を落としてくれる。おかげで僕の腕は二人分の衝撃を受け止めて、どうにか地面に降ろすことに成功する。
「え? なになに──!?」
水瀬さんの悲鳴に鈍い音が重なる。白い供骸が結界を砕いた余波が僕たちの前まで届き、芝生が強く波打つ。
素早く飛び出した彩葉さんが符術の盾を展開し、衝撃波を受け止める。
こっちの結界で戦っていた黒川君の供骸と九条君の供骸が、気づいた様子で互いの攻撃を弾いて大きく距離を取る。
最初の異変からここまでだいたい五秒。他の生徒たちも隣の舞台に──砕けた結界と突き出た白い供骸の腕にようやく目を向け始める。
ほとんどの生徒は状況についていけない様子で呆然となるけど、何人かが立ち上がって素早く神符を構える。
それを横目に賀茂君に駆け寄ろうとした途端、かすかな違和感。
思わず足を止め、砕けた結界を凝視する。
透明な壁の表面を伝う神性の流れは歪にねじれてあちこちに綻びが生まれている。もちろんそれは結界に穴が空いてしまったからで、足りなくなった構造を篠村先生が放った神符が補ってる。
だけど、それだけじゃない。
模擬戦が始まった時から感じていた高周波みたいな耳鳴りは、結界が砕ける前と後で強くも弱くもなっていない。
……なんだ、これ……
結界は符術で編まれるもの。符術っていうのは「素粒子一つ一つを神性の糸でつないでコンピュータのプログラムを作る作業」なんだって祖父ちゃんは言っていた。
だから符術の意味や意図は神性の流れに表れる。僕は符術は使えないけど、編まれた術の良し悪しは神縁の形でなんとなくわかる。
あの結界を構成してる符術の構造は変だ。
砕けておかしくなった場所とか白い供骸が放つ神性の光とかに紛れてものすごくわかりにくくなってるけど、でも確かに感じる。
複雑に絡み合った神性の流れの中にほんの数箇所、「そこにあってはいけない」黒い染みが、水面にこぼした墨の雫みたいに紛れ込んでる気がする。
「──落ち着け」
静かな、よく通る篠村先生の声。ゆっくりだった時間の流れが急に動き始め、周囲の生徒たちのざわめきが少しずつ小さくなる。
白い供骸は結界の外に腕を突き出した格好のまま。
篠村先生が生み出した光の鎖は放射状に広がって、今や結界全体を包み込んでいる。
供骸は拘束を解こうと腕を震わせるけど、鎖はびくともしない。すごい。先生の符術が供骸の爆発的な神性を完璧に抑え込んでる。
「……先生、これは」
賀茂君はほんの数十センチ先で静止した供骸の手から一歩距離を取り、隣に立つ篠村先生を見上げる。
「祈願炉が暴走している。おそらく整備不良だ」
答えた篠村先生が右手の印を規則正しく組み換え続けながら、
「賀茂、君は供骸の体の方を押さえろ。いつ暴れ出さんとも限らん。九条、賀茂を手伝え。黒川、教務に連絡を」
言葉の後半は後ろから駆け寄る九条君と黒川君に向けたもの。うなずいた賀茂君が自分の緑の供骸を動かし、九条君は隣の結界から青い鎧武者を呼び寄せる。
式服の袖からスマホを取り出した黒川君が、周りの生徒たちにふんわりとした笑顔を向ける。
なんとなく大丈夫そうな雰囲気。他の結界の中で二回戦をやってた生徒たちも、試合をやめて供骸と一緒にこっちに近寄ってくる。
と、僕の隣で尻餅をついていた水瀬さんがおそるおそるっていう感じで顔を上げ、
「い……生きてる? わたし、生きてる?」
呟いたとたんに、じわっとあふれる涙。
ものすごい勢いで跳ね起きた水瀬さんが結界の前の賀茂君にぶんぶん両手を振り、
「賀茂君ありがとーーーーー!!! 今度ケーキおごるからねーーーーー!!!」
ちらっと振り返った賀茂君が、何でもないみたいな顔でひらっと手を振る。
緑の供骸、「
後ろから近寄った九条君の「
「大丈夫ですの!? さ、早くこちらへ!」
慌てた様子で駆け寄った彩葉さんが大きな犬の式神を呼び出し、さっき水瀬さんと一緒に吹っ飛ばされた女子生徒を背中に乗せる。白い供骸を操ってた子。元気いっぱいな水瀬さんと違って気を失ってしまったみたいでちょっと心配──
……って、あれ……?
ふと気がつく。
あの白い供骸、なんで主が術を維持してないのに神卸の装甲をまとったままなんだ?
「どしたの? 御厨君」
「あ、いや」
水瀬さんの声に慌てて首を振る。結界の違和感といい色々気になるけど、変なことを言って怖がらせるのも良くない。
「何て言うか、あの供骸とか結界とか大丈夫なのかなって」
「ああ、大丈夫大丈夫!」
返ってくるのは意外にも朗らかな声。
水瀬さんはさっきまで涙目だったのなんか忘れたみたいに、あははは、って笑い、
「授業で使う練習用の供骸ってね、模擬戦用の結界の外だと出力がめちゃくちゃ下がるようになってるの」
「そうなの!?」
ちょっとびっくりするけど、考えてみれば当たり前。ここは学校なんだから、そういう安全対策はやってるはずだ。
「そうそう。だから、もしあの結界が壊れて供骸が外に出ちゃっても、篠村先生がぱぱっと片付けてくれるよ。……それにほら、この学園って他にも安全装置とかいっぱいあるし」
そうなのかってうなずき、もう一度結界を見上げる。
墨みたいな違和感は、鎖とか複数の供骸とか色んな神性に紛れてもうよくわからない。
と、黙って神符を構えていた九条君が隣の賀茂君をちらっとうかがい、
「どう思う? 賀茂」
「わからん。術者の制御はもう切れてるはずなのに、卸した神が去らないのは妙だな」
「──今年度から新型に交換したと聞いている。その機能かもしれん」
横から割って入る篠村先生の声。
振り返る九条君と賀茂君を軍人らしい厳つい顔が見下ろし、
「いずれにせよ、授業で使う練習用の供骸が暴走するなど前代未聞だ。教務には苦情を……」
声が途切れる。
む、と眉間に皺を寄せた篠村先生が、急に目を見開く。
素早く動いた両手が神符の束を周囲にばら撒く。溢れた光が何千もの輝く鎖に姿を変えて結界に次から次へと絡みつく。
だけど、足りない。
結界の中を巡る神性の光、その中から浮かび上がったわずかな黒い染みが、爆発的に膨れ上がる。
三十メートル四方の結界が瞬時に真っ黒に染まり、紙が燃え落ちるみたいに消失する。篠村先生が次々に神符の束を飛ばし、光の鎖を今度は白い供骸の体に巻きつける。
異常に気づいた九条君と賀茂君が素早く符を動かし、自分の供骸で白い供骸を抑え込みにかかり──
背筋が寒くなるような轟音。
賀茂君の「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます