噂と波乱の学園生活⑨

 何が起こったのかわからなかった。

 気がついた時には青と緑の供骸は地面をゴムボールみたいに跳ね飛んで、僕の右手側の遠く、格納庫の壁に激突するところだった。 


「な……」


 呆然と声を上げた賀茂君が、彼方に飛び去ってしまった自分の供骸を振り返る。隣の九条君も同じだ。二人は黒く崩れる結界の傍に立ち尽くしたまま、節足動物みたいに跳ね起きる白い暴走供骸と自分達の供骸を見比べて目を見開く。


 機体の胸に浮かぶ「安全装置起動」の表示はいずれも同じ。

 だけど、暴走供骸の文字だけは不自然に歪み、時折消えてはまた浮かび上がってを繰り返している。


 今度こそ、篠村先生の顔色が変わる。節くれ立った指が次々に神符を放り投げると、無数の符が何百っていう蛇の式神に姿を変える。

 コウモリみたいな羽根が生えた蛇は暴走供骸の全身に次々にまとわり付き、新たな鎖に変わって全長三メートルの金属の体を地面に縫い止め──


 重なりあって響く金属音。

 無数の鎖が次々にちぎれ飛び、暴走供骸が白い体を起こし始める。

 眩い神性の光が体を包み、捻れた棘が突き出た奇怪な甲冑を形成していく。真昼の太陽みたいな輝き。心臓部の祈願炉に満ちていた光は今や供骸の全身に行き渡り、周囲の大気が陽炎みたいに揺らめく。

 その光の中に、墨を垂らしたみたいな黒い染みを僕は見る。

 神性の輝きに覆い隠された染みが供骸に絡みつく無数の鎖に触れると、染みはたちまち鎖の中に入り込んで金属の輪を構成する神性の接続を断ち切ってしまう。


「な……ななななな何事ですの────────!?」


 慌てふためいた叫び声。気絶した女子生徒を式神で運ぼうとしていて彩葉さんが一瞬だけ顔を青ざめさせ、すぐにものすごい勢いで首を振って暴走供骸を毅然と睨む。

 流れるように動く巫女装束の両手。

 袖から放たれた神符の束が花吹雪みたいに宙を舞い、暴走供骸めがけて一直線に走る。


「お、押見さん! ストップ! スト────!」


 目を丸くした水瀬さんが止めようとするけど、それより早く輝いた神符が空中で光の矢に姿を変えて白い供骸の全身に雨あられと降り注ぎ──

 ただ、それだけ。

 暴走供骸が人間では有り得ない動きでぐるりと首を回し、白い仮面に空いた二つの穴で彩葉さんを凝視する。


 ひっ、と呻いた彩葉さんが一歩後ずさる。周りの生徒たちからもかすかな悲鳴が漏れる。

 誰もが動けない。

 硬直した時間の中、白い供骸の装甲の隙間から爆発的な神性の光が漏れ出し──


 横合いから突っ込む黒い獣の供骸。

 篠村先生の隣に駆け寄った黒川君が神符を縦横に払うと、ニホンオオカミの神霊「大口真神おおくちのまがみ」を宿した供骸は暴走供骸の体に手足を絡みつかせて後から羽交い締めにする。


「先生、これは」

「想定より出力が大きい。長くは抑えられん」

 黒川君の言葉に答えた篠村先生が険しい顔で僕たちの方を振り返り、

「実戦演習中止! 総員、防御を固めつつ校舎へ退避! 供骸が使える者は私の援護を!」


 叫ぶと同時に先生が神符の束を投げ放つと、符は格納庫の扉に飛び込んで一番近い位置に立つ二体の供骸にそれぞれ貼り付く。

 眩い神性の光と共に、灰褐色の装甲をまとった全く同じ形状の二体の供骸が飛び出す。

 だけど、どちらの供骸の胸にも「安全装置起動」の文字。

 どうやら先生が操るこの供骸も、生徒のものと同じように模擬戦用の結界の外では本来の力が出せないようになってるらしい。


「なにをぼんやりしていらっしゃいますの! 下がりますわよ!」


 いきなりぐいっと手を引かれて我に返る。彩葉さんの手にはいつの間にか、金ピカの供骸が構えていたのと同じ形の輝く弓が握られている。たぶん彩葉さんの祭神「豊受大神とようけのおおかみ」の神卸。代わりにさっきまで近くにいた大きな犬の式神は消えていて、背中に乗ってた女子生徒は別な男子生徒に背負われている。

 周囲の他の生徒たちも、次々に符術の盾や式神を構える。

 さすが高天原の生徒。全員が見事に隊列を組んで、暴走供骸から遠ざかる方向に後退を開始する。


「押見さん、供骸は!?」

「無茶なことを言わないで下さいまし!」

 思わず問う僕に彩葉さんは憤然と肩を怒らせ、

「わたくしの豊受大神とようけのおおかみは先ほど倒されてしまったではありあませんの! 供骸の起動というのは一日に何度も出来るものではありませんのよ!」

「ご、ごめん!」


 そうなのかってびっくり。供骸の操作は神卸と符術と式神操作を合せた複合技術だっていうから、たぶんものすごく難しくて疲れるんだろう。

 だけど、それはものすごくまずい。

 供骸が使える生徒のほとんどはこの授業の間に一回起動して神卸を解いてしまったから、残ってるのは模擬戦の二回戦まで進んだ何人かだけだ。


 ……他の先生の応援とか来ないの……!?


 みんなと一緒に走りながら校庭の向こうの校舎にちらっと視線を向けると、異変に気付いたらしい生徒や教師が窓から顔を突き出して口々に何かを叫んでいる。

 何人かが神符を構えて窓を飛び出し、鳥の式神に乗ってこっちに向かってくる。

 その中に氷川先輩の姿を見た気がして僕は一瞬どきっとなり、


 地の底から響くような衝撃音。

 暴走供骸が符術の鎖と黒川君の供骸をまとめて弾き飛ばし、節足動物みたいな異常な動作で跳ね起きる。

 歪な装甲に覆われた白い足が轟音と共に地を蹴る。目も眩むような神性の光。その中を墨の雫みたいなかすかな染みが蠢く。

 まただ。

 黒い染みが暴走供骸の胸に浮かぶ「安全装置起動」の文字に触れる度、文字が揺らいで消失し、供骸の動きが爆発的に加速する。


「止まれ──!」


 格納庫の方で叫び。いつの間にか自分の供骸に駆け寄った九条君が神符を素早く動かすと、立ち上がった青い鎧武者「建御雷神たけみかづち」が地響きと共に走り出す。

 百メートル以上の距離を瞬時に駆け抜けた三メートルの巨体は既に暴走供骸の目の前。

 踏み込みの勢いのままに振り抜かれた太刀が青く輝く軌跡を残して白い供骸の首に水平に吸い込まれ──


 甲高い金属音。

 渾身の一刀を手のひらで難なく弾いた暴走供骸が、蹴り足の一撃で建御雷神たけみかづちを地面に叩き伏せる。


 ……だめだ……!


 安全装置のせいで速度が落ちてるのもあるけど、それ以上に暴走供骸が速すぎる。

 動かなくなった建御雷神たけみかづちが、神卸を解かれてマネキンみたいな姿に戻ってしまう。

 蹴り足を戻した暴走供骸が嘲るみたいにぐるりと首を回す。

 同時に二つ重なって響く衝撃音。

 篠村先生が操る二体の供骸が、暴走供骸に左右から同時に激突する。

 灰褐色の供骸の手にはそれぞれ長い柄に刃のついた鉾が握られている。二体の供骸は自分自身よりも長大な鉾を白い供骸目がけて叩きつけ、白い供骸はそれぞれの鉾を左右の手で受け止めている。

 

 瞬間、閃く幾つもの金属の光。動きを止めた暴走供骸の背後から、赤と紫の供骸がそれぞれの手にした武器を振り下ろす。二回戦の別な試合を勝ち残った二体の供骸。輝く直剣と槌が無防備な暴走供骸の背中に吸い込まれ──


 衝撃。

 白い供骸の体内で黒い染みが蠢くと、蹴り足の一撃に吹き飛ばされた赤と紫の供骸が地面に半ばまでめり込んで動かなくなる。


「だめだ! あの黒いのなんとかしないと!」

「黒いの?」

 思わず叫ぶ僕に、隣で符術の盾を構えた水瀬さんが首を傾げ、

「え、なに? 黒いのって。御厨君、何か見えるの?」


 ……え……?


 思わず周りの生徒に視線を向けるけど、他の子たちもわからない様子で首を傾げる。

 もしかして、僕以外には見えてない?

 でも、なんで。


「危ないですわ──!」


 彩葉さんの叫びに我に返る。他の生徒たちも気付いた様子で、何人かがかすかな悲鳴を漏らす。

 篠村先生の供骸に押さえ付けられた暴走供骸の仮面が、真っ二つに裂けて左右に開く。

 内部に輝く膨大な神性の光。

 迸った閃光が、大気を一直線に貫いて、ちょうど僕たちが立つその場所へと突き刺さる。

 息を呑んだ次の瞬間、輝く視界を緑の装甲が遮る。


「賀茂君!」


 水瀬さんの叫びに金属が引きちぎられるみたいな捻れた異音が重なる。光の奔流の直撃を受けた緑の供骸「賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみ」の両腕が、肩から跡形も無く消し飛んで光の粒子に溶ける。

 こっちに駆け寄ろうとしていた賀茂君の手の中で、神符が赤熱して爆ぜる。

 苦痛の呻き声を上げた賀茂君が、右手を押さえてその場にうずくまる。


 周囲で複数の悲鳴。仮面を閉じた暴走供骸が全身を激しくくねらせ、今度こそ篠村先生の二体の供骸を弾き飛ばす。地響きと共に地を蹴った三メートルの巨体が僕たち目がけて走り出す。


「この──っ!」


 叫んだ彩葉さんが手にした神卸の弓から次々に光の矢を放つ。周りの生徒たちも銃とか大砲とか様々な武器を生み出して、迫る供骸目がけて嵐のような砲撃を叩きつける。

 その全てが、当たり前みたいに弾かれる。

 輝く白い装甲はもう僕たちの目の前。

 高々と振り上げられた腕が、容赦なく振り下ろされる。


「御厨君──!」


 水瀬さんの叫びに目を見開く。僕の前に飛び出した巫女装束の両手が、神符を複雑に動かして光の盾を大きく頭上に展開する。

 だめだ、それじゃ防げない。

 目の前には、僕より小さくて細い女の子の背中。

 その姿が、遠い日に守れなかった大切な人に重なる。


『……宗一郎、泣かんでええ』


 考えるよりも早く、体が動く。

 式服の袖から飛び出した神符の束が、瞬時に形を成す。

 時間が限界まで引き延ばされたみたいな錯覚。暴走供骸の手が光の盾を紙みたいに引き裂く。為す術なく見上げる水瀬さん目がけて、致命の一撃が容赦なく迫る。

 

 だけど、僕の神卸はそれよりもなお速い。

 他に何もできなくても、これだけは祖父ちゃんに褒められたんだから。


火之迦具土神ほのかぐつちのかみ──!」


 叫びと共に顕現した長大な荷電粒子砲の内部で爆発的な神性が循環する。

 加速した大気がプラズマ化する。

 空気が焦げる臭い。砲門の低い呻りが瞬時に臨界を越える。

 柏手と共に放たれる光の奔流。

 太陽よりも高温の熱線が、暴走供骸の手を直撃する。

 

 供骸の神性と僕の荷電粒子砲の神性、二つの光がぶつかり合って爆ぜる。

 押し勝ったのは僕の方。

 衝撃に数十メートルの距離を吹き飛んだ供骸の体が、地面に手を突く反動で素早く立ち上がる。


「うわっつ──!」


 悲鳴を上げて尻餅をついた水瀬さんが、ぽかんと口を開けて僕を振り返る。彩葉さんも他の生徒も遠くの賀茂君も、みんなが唖然とした様子で僕を見ている。

 頭上に浮かぶのは三メートル余りの荷電粒子砲の砲身。

 重厚な金属の塊に手を当てて、まっすぐに顔を上げる。       


 たぶん、たった今まで僕は無意識に頭の中でブレーキをかけてたんだと思う。

 ここでは僕は新参者で、みんなは僕よりずっと熟練した神術の使い手で、ずっと難しい修行をやってて──だから、式神も符術も供骸も使えない僕が動いたらみんなの邪魔になるんじゃないかって。

 

 そういう余分な何もかもが、抜け落ちる。

 頭のスイッチが一瞬で切り替わる。昨日の天鳥船あめのとりふねでの戦いと同じだ。

 正常から異常へ、祖父ちゃんの手伝いで何度も足を踏み入れた、「人間より遙かに強い相手と命のやりとりをする場所」へ。

 息をするより簡単に、足が前へと踏み出す。

 目前に迫った「死」に向かって、自分を構成する全てが疾走を始める。


 白い供骸と自分との距離はだいたい五十メートル。その距離を保ったまま、供骸を中心に大きく左に円を描く。供骸は白い仮面をぐるりと回し、僕に向かってすさまじい速度で走り出す。


 その鼻先に、荷電粒子砲をぶっ放す。

 光の奔流の直撃を受けた機体が大きく後方に吹き飛んで、跳ねるみたいに体勢を立て直す。


 全力を込めて放った一撃は、暴走供骸にダメージを与えてるようには見えない。当たり前の話。起動状態の供骸ってことはつまりちゃんとした神様が宿ってるはずで、しかも暴走してリミッターが外れた祈願炉のおまけ付き。神性のぶつけ合いで僕が勝てる道理はない。

 だけど、そんなのは関係ない。

 次々に荷電粒子砲をぶっ放しながら、供骸を大きく迂回して後方へ、みんなから離れる方向へと回り込む。

 

 熱線が白い供骸を直撃する一瞬、命中した場所に黒い染みが集まるのが見える。その瞬間だけ暴走供骸の胸に「安全装置起動」の文字が戻り、動きが鈍る。

 ダメージを与えることは出来なくても、こうやって直撃を当て続ければ、一瞬だけ動きを止めて注意を引きつけることは出来る。そうやって時間を稼げばみんなが逃げられるかも知れないし、応援が間に合うかも知れない。


 出来ないことがたくさんあっても、いや、出来ないことがたくさんあるからこそ、出来ることをやる。

 そうやって、毎日一歩ずつ、あめつちに近づく。

 今日の自分は昨日の自分より少しだけ良いものであるように。

 

 ──明日の自分は、今日の自分より少しだけ良いものであるように──!


「御厨──!」


 遠くで賀茂君の切羽詰まった叫び。白い供骸がとうとう僕の砲撃をかいくぐり、鋭い腕を振り上げて目の前にまで迫る。

 次の砲撃は間に合わない。

 とっさに荷電粒子砲に添えた手を前へと振り、三メートルの長大な砲身を白い仮面目がけて叩きつける。


 暴走供骸は一瞬だけ足を止め、目前に迫った巨大な金属の塊に両手を振り下ろす。真っ二つになった砲身が神符に解けて燃え落ちる。

 そのわずかな隙に、僕は転げるみたいにして大きく左へ。

 立ち上がって身構えようとした足が、固い感触にぶつかる。


 神卸を解かれて地面に倒れ伏したマネキンみたいな供骸。たぶん九条君が使ってたものだと思う。

 金属の体の内側には残された神性のわずかな光。

 瞬間、頭の中で一つ、小さな音が響く。


 袖口から飛び出した神符の束が、供骸の心臓の位置、内部に埋め込まれた祈願炉の上に貼り付く。

 あふれる神性の光。

 火之迦具土神の燃えさかる神威が、供骸の内側へと流れ込む。


 すさまじい力に祈願炉が悲鳴を上げるのを感じる。手のひらが焼けるように熱くて、視界の端に何度も火花が散る。

 当たり前の話。今、僕は初期起動も何もなしに火之迦具土神を祈願炉に直に卸そうとしてる。

 水瀬さんに危ないからだめって教わったやり方。

 だけど、出来るっていう確信がある。

 だって、僕は一度、これと同じ事をやったことがある。


 ……そうだ、須佐之男命と同じように……!


 神性が強すぎるなら、ほんの少しずつだけ使う。火之迦具土神の神威を限界まで精密に操作して、祈願炉が一度に耐えられる分だけ流し込む。

 マネキンみたいな供骸の体が、ゆっくりと立ち上がる。

 最初は右手の先から。渦巻いた炎が金属の肌を覆う。

 次は手首、そこから腕、肘、肩。瞬く間に燃え広がった炎が、供骸の全身を包み込む。


「な、なんですのあれ……何をやっていますの……?」

「わかんない……わかんないけど、すごいよ御厨君──!」


 遠くで彩葉さんと水瀬さんの声。誰も彼もが、逃げることを忘れて呆然と僕を見つめている。

 両手を広げて、柏手を強く一つ。

 供骸を包む炎が、瞬時に形を成す。

 

 赤を基調に白を配した、すらりとした未来的なシルエット。優美さと力強さを併せ持った姿はどこかあの巨人を──夢の中で見た須佐之男命を思わせる。

 輝く装甲のあちこちに描かれるのは、炎を模した紋様。

 左の肘から先、腕の代わりに取り付けられた長大な荷電粒子砲が、降り注ぐ陽光に燦然と煌めく。


 暴走供骸がゆっくりと首をひねる。白い仮面に空いた二つの目が、不思議な物を見るように僕を──いや、僕の隣に立つ炎の供骸を凝視する。

 黒い染みが、眩い神性の光の中で蠢く。


 右手の指に挟んだ神符を目の前に掲げる。

 大きく息を吸い込み、吐き出す。


 ──神式駆動、開始──


 頭の中でスイッチを一つ。

 真紅の供骸「火之迦具土神ほのかぐつちのかみ」が滑るように地を蹴った。

 

 

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