噂と波乱の学園生活⑦
ずどがん、とものすごい音がして、人間の背丈の倍近い
地面を二転、三転と吹き飛んだ金ピカの供骸は、舞台を覆う結界の壁に背中をぶつけたところでようやく止まった。
「このっ!」
叫んだ彩葉さんが左右の指に挟んだ神符を素早く動かすと、結界の中の供骸が優美な細い腕で芝生の地面を叩いて立ち上がる。
神性の光の細かな粒子を振りまいて、華麗な構えを取る金ピカの供骸。
つるりとした未来っぽいデザインの装甲に眩い光が走り、供骸の手に集積して輝く巨大な長弓を形作る。
おおっ、って誰かの歓声。見学組の生徒たちが口々に「いけー!」だの「やれー!」だの「押見ー!」だの声を張り上げる。
試合開始からそろそろ一分くらい。格納庫の前に並んだ八つの結界の中では早くも供骸同士の激しい戦いが繰り広げられていて、僕たちはそれを観戦しながら好き勝手に応援を飛ばしている。
みんなはいつの間にか列から離れて、自分が見たい対戦の近くに適当に座ってる。篠村先生も止めないからそういうものらしい。
僕と水瀬さんは九条君と彩葉さんの結界の前。
もちろん彩葉さんを応援したいっていうのはあるけど、それ以上に九条君の戦い方が気になる。
「いざ、参りますわ!」
不敵な笑みを浮かべた彩葉さんが両手の神符ものすごく複雑に動かすと、結界の中で金ピカの供骸が素早く長弓の弦を引く。
優美な輝く指が動くのに合せて、弓を掴む左手と弦を掴む右手の間に神符の紋様みたいな光の矢が形成されていく。
「相変わらず派手だねー。押見さんの
半分感心、半分呆れたみたいな水瀬さんの声。
僕は、あれ、って思わず首を傾げ、
「押見さんの供骸って
「それはお姉さんの方。ほら、押見さん家って三名家で、月読命って言ったら
そっか、って納得。押見家が奉ってる「月読命」は、氷川先輩の須佐之男命と同じように一つの代で一人だけの依代を選ぶはず。で、今その依代に選ばれてるのは生徒会副会長の澄葉さんなんだ。
だから、彩葉さんは自分の家の神様じゃなくて、何か別の神性の力を借りなきゃいけない。
それが
「さあ! 食らいなさいませ!」
彩葉さんの叫びと共に金ピカの供骸──
月明かりみたいに一瞬だけ揺らめいた光が、閃光をまとって宙を貫く。
矢というよりほとんどレーザー。
物理法則も何もかも無視して複雑な弧を描いた金色の光が、九条君の供骸の頭と両腕、両足、胴体と全身のほとんどあらゆる場所に同時に突き刺さり──
閃く刃。
鎧武者みたいな青い供骸の両腕が、残像すら残さず霞む。
透き通るような風切り音。空中に複雑な軌跡を描いた長大な刃が、青い供骸の体の正面、「正眼の構え」って呼ばれる位置でぴたりと止まる。
後に残るのは一条の光。
数十の矢は一瞬で切り裂かれて淡い光の粉に散り、跳ね返った最後の一本だけが彩葉さんの供骸「
たぶん、一秒の百分の一にも満たない達人の技。砕けた仮面が細かな光の粒子に溶けて、力を失った供骸がどうっと地面に倒れる。
輝く金色の装甲が光に粒子に溶けて、供骸が元のマネキンみたいな姿に戻る。
結界の表面に浮かぶ「勝負あり」の文字。
見守る生徒たちの間に、どよめきが広がる。
「九条だ! 九条が勝った!」
ぽかんと口を開けた彩葉さんが顔を真っ赤にして地団駄を踏む。僕はその顔をちらっとうかがうけど、またすぐに九条君の供骸に視線を戻してしまう。
すごい。
あの数と威力の光の矢を一つ残らず撃ち落とすだけじゃなくて、最後の一発を正確に撃ち返して相手の顔に命中させるなんて。
「な、なに今の! なんで押見さん負けてんの? 御厨君なんか見えた?」
「え? 見えたけど」
「見えたの!?」
ものすごいびっくり顔の水瀬さんががしっと肩を掴む。言われてみれば確かに、今の攻防を目で見るのは難しいかもしれない。何しろ、供骸の動きは人間よりずっと速い。だから、本当は「見えた」っていうのはちょっと違う。
そうじゃなくて、供骸を動かす神性の流れ──『
目にとらわれず「神様の力」そのものを正しく感じ取るのは量子神道の一番大事な基本だって祖父ちゃんも言ってた。式神も符術もさっぱりだけど、これはけっこう得意なのだ。
「わたし、そっち苦手だからなあ……」
ため息交じりに空を仰ぐ水瀬さん。
僕は、まあまあ、って笑い、
「それよりさ。九条君って、いっつもあんな戦い方なの?」
「……そ、面白いでしょ? あんなにバトル大好きって感じなのに、九条君って受け中心っていうか、とにかく相手の動きをじーっと見て、相手が動いた瞬間の一番隙だらけのタイミングで倒しちゃうの。……なんだっけ、『後の先』?」
確かに面白い。九条君の性格とか言動とかからてっきり試合開始と同時に自分から突っ込むと思ってたのに、青い鎧武者の供骸は試合の初めから終りまで最初の位置から一歩も動かずに、ただ青白く輝く太刀をまっすぐに構えていた。
鎧武者の供骸に宿ってるのは鹿島神社の祭神──雷の神「
だけど、九条君はその速さを自分から攻め込むためには使わない。
相手の攻撃を残らず撃ち落とし、手痛い反撃を叩き込む。そうやって、今まさに僕の目の前で彩葉さんを倒してしまった。
「ああ──っ! もう────────っ!」
叫んだ彩葉さんが縦ロールの髪を振り乱す。大きな瞳にはちょっぴり涙も浮かんでいる。
と、規則正しい足音。
歩み寄った九条君が、無表情に巫女装束のお嬢様を見下ろす。
「な……なんですの? わたくしを笑いに来ましたの!?」
涙をぐいっとぬぐって食ってかかる彩葉さん。
それに、九条君はやっぱり顔色一つ変えずに、
「修練のほど、確かに見た。俺に勝てないという言葉を取り消すつもりは全くないが、弓の練度、照準の正確さ、威力、供骸の操作、全て格段に上達している」
「……あ……貴方! それ慰めてるつもりですの──!?」
真っ赤な顔の彩葉さんが九条君の腕とかお腹とかをぽかぽか叩く。困惑顔で背中を向けた九条君が視線をなぜか僕に向ける。
獲物を狙う鷹みたいな、今にも飛びかかってきそうな目。
置き去りにされた彩葉さんが、むっすー、って頬を膨らませる。
周囲の別な舞台でも次々に歓声。勝った側の生徒がその場に残り、負けた生徒が自分の供骸を結界の外に運び出す。神卸を解かれた供骸が格納庫の前に整列する。結界の効果で損傷は受けてないはずだけど、次に使う時のためにちゃんと整備するらしい。
「よし! 賀茂君と黒川君は勝ち!
ガッツポーズした水瀬さんが二人に向かって手を振る。にこやかに手を振り返す黒川君の隣で、なぜか視線を逸らした賀茂君が指先で頬をかく。
ちなみに、黒川君の対戦は九条君と彩葉さんより先に終わってしまったからよく分からなかったけど、賀茂君の方は終り際だけちらっと見た。
緑の供骸──祭神である「
「では二回戦を始める。勝ち残った者はそれぞれの舞台へ」
篠村先生が柏手を叩くと、八つあった結界が四つになる。
模擬戦はトーナメント形式だから、一回戦で半分になって残りは八人。それぞれが対戦表に従って、自分の供骸を決められた舞台に移動させる。
「おい、どれ見る?」
「決まってるじゃない。動画撮っていいかな!」
周りの生徒たちが先を争うみたいにして駆け出し、すぐに一番右側の結界の周りに人だかりが出来る。篠村先生がぎろっと視線を向けると、みんなは慌てた様子できちんと列を作ってその場に座る。
結界の中で向かい合うのは、青い鎧武者の供骸と、獣みたいな黒い供骸。
射貫くみたいな視線を向ける九条君に、黒川君がふんわりと笑って応える。
隣の結界の前で別なD組の生徒と向き合った賀茂君が、大人気の二人を振り返ってちょっとだけ面白くなさそうな顔をする。
気付いたらしい水瀬さんが「しょうがないなあ」って笑い、賀茂君の結界の方に移動する。
僕はどうしようかって少し考え、やっぱり九条君の方を観戦することにして心の中で賀茂君に手を合せ──
……あれ……?
まただ。
賀茂君の緑の供骸が結界の中に入る一瞬、透明な結界の壁がほんの少しだけざらっと波打った気がする。
今度のは前よりはっきりしていて、高周波みたいな音も聞こえた気がする。もしかして結界の不具合かもって思うけど、実際に結界を通ったはずの賀茂君も対戦相手も、僕よりずっと近くで見てたはずの水瀬さんや何人かの観客の生徒も特に気にしてる様子はない。
勘違いかも、って思った途端、篠村先生の「始め」の声。
瞬間、僕の周りで、これまでで一番大きな歓声が沸き起こった。
*
結界の表面を走った光が収束して、光る文字で編まれた精緻な紋様を形成した。
青白く輝く雷光と、黒い狼みたいな獣。輝く二つの紋様の下で、青と黒の供骸はそれぞれに構えを取った。
金属がこすれ合うかすかな音。黒川君のすらりとした黒い供骸が、片手を地面について這う姿勢を取る。金属の足が芝生をこする湿った音。たわめた二本の足に少しずつ力がみなぎっていくのが分かる。
対する九条君の「
なんの力みもなく、歪みもなく、青い鎧武者はただ一振りの刀として静かに佇んでいる。
「九条! いけ────!!!」
「黒川君! がんばって────!!」
男子生徒も女子生徒も、C組もD組も入り乱れて割れんばかりの声援。中にはD組なのにこっそり黒川君を応援してる子もいる気がするけど、もしかすると選抜組の子なのかも知れない。
と、ゆっくりと息を吐き出す音。
神符を構えた九条君が鋭い視線で黒川君を射貫き、
「──来い」
「じゃあ遠慮なく」
応えた黒川君が指に挟んだ神符を軽く払うと、黒い供骸が滑るみたいに走り出す。
機械っていうよりほとんど生き物。
結界の外周に沿ってものすごいスピードで駆け抜けた供骸が、九条君の「
速すぎてとても目では追えないその動きを、神性の流れを頼りになんとか追う。
黒川君の供骸──いや、黒い獣は三十メートルの距離を切り取ってすでに敵の目前。
地表すれすれの位置を横薙ぎに払う前腕の先に、刃みたいに突き出た三本の爪が鈍く輝く。
同時に、九条君の口元に浮かぶかすかな笑みを僕は見る。青い供骸の中を神性の光が駆け巡ったと思った瞬間、建御雷神の青白い太刀が視界からかき消える。
雷鳴みたいな風切り音。僕が瞬きした時には供骸の身長ほどもある長大な太刀は弧状の残像を描いて自分自身の足下を薙払い、目前に迫った黒い獣の腕をその全身ごと両断しようとしている。
鳴り響く金属音。鋭い爪と輝く刃が交差する。ゆらめく獣の黒い影。神速で振り抜かれた建御雷神の青白い太刀が流れるような円を描いて高々と頭上に振り上げられ──
「……ほう?」
面白くてたまらない、っていう感じの九条君の声。
透き通るような青空の真ん中、輝く太陽を示す太刀の上には、黒い獣の姿。
右足の爪先の一点と刃の切っ先の一点を合せてバランスを取った黒川君の供骸が、おどけたみたいに首を傾げる。
生徒たちの間にどよめきが走る。結界を取り囲む六十人くらいの生徒は興奮しきった顔で手を握りしめ、隣の生徒と大声で何かを言い合ってる。
もちろん、興奮してるのは僕も同じ。
すごい。昨日見た生徒会長と副会長の供骸の戦いももちろんすごかったけど、あれは型稽古っていうか「舞」って感じ。対して、目の前で繰り広げられてるこれは完全な「実戦」だ。
こうしてあらためて見ると、二人の供骸の違いがよく分かる。元は同じ三メートル級の機体のはずなのに、身にまとってる鎧のせいで九条君の建御雷神は黒川君の獣の倍くらいの大きさに見える。
建御雷神がごてごてしてるっていうわけじゃなくて、黒い獣の方が細すぎる。
中に通ってる神性の量も建御雷神に比べるとかなり少なくて、単純な力比べだと九条君の方が勝つんだろうなっていうのが一目で分かる。
だけど、黒川君の方はとにかく軽くて、速くて、おまけにどう動くかがまるでわからない。
さっき水瀬さんに教えてもらった。黒川君が使ってるのは獣の神性──「
ずっと昔に絶滅してしまったニホンオオカミの古い呼び名。太古の昔には聖獣と崇められ、善人を守護し、悪人を罰したって言われてる。
家名や継ぐべき神社を持たない黒川君らしい神卸。
うねるように跳ね上がった供骸の黒い四肢が、青い鎧武者目がけて流れるような突きと蹴りの連打を繰り出す。
「甘い──!」
叫んだ九条君が神符をかすかに動かすと、建御雷神の青白い太刀が螺旋を描いて跳ね上がる。襲い来る打撃のことごとくを防ぎ止めた長大な刃が、横薙ぎの一撃で「大口真神」のしなやかな体を弾き飛ばす。
黒い供骸の体表を覆う薄い装甲が、大きく縦に裂ける。
同時に軋んだ金属音が響き、青い鎧武者の肩の装甲にひびが入る。
「……黒川、やはりお前は面白い」
「そりゃどうも。じゃ、決着といこうか」
くすりと笑った黒川君が神符を挟んだ二本の指を目の前に掲げる。同じく符を構えた九条君が、神符を刀に見立てるみたいに正眼の位置で静止させる。
ごくり、と誰かが喉を鳴らす音。
僕は思わず地面から腰を浮かし、
「勝ったー! 賀茂君おめでとー!」
隣の舞台から、脳天気な水瀬さんの声。
危うく前につんのめりそうになり、慌ててそっちに顔を向ける。
ぴょんぴょんと飛び跳ねる水瀬さんの目の前で、結界の表面に「勝負あり」の文字が浮かぶ。
舞台の上でゆっくりと構えを解くのは賀茂君の緑の供骸。
その前で、すらりとした白い装甲の供骸が崩れ落ちるみたいにして横に倒れる。
くるりとこっちを振り返った賀茂君が、「どうだ!」って言わんばかりにガッツポーズをする。慌てて拍手して見せると、賀茂君は腰に手を当てて大仰にうなずく。
よかった、試合を見てなかったの、バレなかったみたい。
と、結界の反対側から賀茂君に駆け寄る女子生徒。
たぶんD組の子なんだろう。白い供骸を操っていた女子生徒はおめでとうとかなんとか良いながら、賀茂君の両手をそっと握る。
女子生徒の顔は遠目に見ても赤くて、何だか色んなことが察せられてしまう。賀茂君が困ったみたいに水瀬さんを振り返るけど、水瀬さんは大笑いして口笛なんか吹いてる。
すごく楽しそう。
僕はちょっとだけ笑い、我に返って黒川君と九条君の方に向き直ろうとして、
──ざらっと耳障りな高周波の音。
賀茂君と水瀬さんの前、結界の中で、倒れ伏した白い供骸の手足がびくりと跳ねた。
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