最終話 約束のつづき
月曜の放課後、図書室の窓は、薄い金色の光を抱きこんでいた。
いつもの席。いつもの並び。机の上には、昨日買った星形のしおりが二つ、向かい合うみたいに揺れている。
「——改訂版、できた」
俺は封筒を差し出した。タイトルは手書きで『雨の地図・二人用』。
ページを開くたび、屋内庭園、書店、星の傘の記録。余白のところどころに、小さなスタンプの星。
「すごい……ほんとに地図だ。余白に“約束欄”ある」
「増やしていけるように。……“止まるときは止まる”って注釈つきで」
彩香がふっと笑って、胸ポケットから小さな包みを出した。
白いリボンを解くと、中には薄い布で作られた小袋。口には、昨日と同じ星のチャームが縫い込んである。
「私からは、“星のポケット”。約束とか、嬉しかったメモとか、入れてけば——落とさない」
「落とし物常習犯の発明だな」
「発明……っ。ほめ言葉にしとく」
言い合って笑う。笑いが静まったところで、彩香は、そっと息を整えた。
机の縁で指をそろえ、視線だけを上げる。昨日までより、ずっとまっすぐに。
「ねえ、もう一つ、渡したい言葉があるの。——“いいところメモ”の、最後の行」
昨日、屋上で覚悟を並べ合った時に聞いたあの続き。
胸の奥が、自然に姿勢を正す。
「裕樹くんは、約束を“守ろうとする”ところが好き。できない時は、ちゃんと止まるところも。弱いのを弱いって言えるところも。……その全部が、わたしにとっての“安心”になって——」
ひと呼吸。
唇が震えないように、彩香は言葉を選ぶみたいに、ゆっくり続けた。
「それで、好きになりました」
窓の光がページに滑り、しおりの星が小さく揺れた。
図書室の時計の音が、やけに近い。俺は、笑ってしまいそうなほど落ち着いて、でも胸の奥は熱くて、言葉を返す。
「——俺も、彩香が好きだ。完璧じゃなくて、ポンコツで、でも真っ直ぐで。
俺の“がんばった”も“弱った”も、同じだけ見てくれるところが、すげぇ好きだ」
言ってから、指先が少し震えた。隠さない。
机の上で、しおりの星と星が、ちいさく触れ合う。
「その……えっと。付き合ってください」
彩香は一瞬だけ目を丸くして、それからあたたかい笑い方でうなずいた。
「よろしくお願いします。——星、いっぱい増やそうね」
ふたり同時に手を伸ばし、机の上で指を絡める。
図書室の静けさの中、心臓の音が同じ速度になるのがわかる。
*
帰り道。校舎の影が長く伸び、グラウンドの端に、夕焼けが薄く残っていた。
正門の前で、彩香が足を止める。
「ねえ、今日の“星のポケット”、最初に入れるやつ、決めていい?」
「もうあるのか」
「あるよ。——“最初のルール”。『止まるときは止まる』『助けてって言う』『言えなかったことは、あとで必ず言う』」
「三本立てか。強い」
「生徒会並みに強い」
笑って、俺は親指を立てた。
彩香がポケットに小さな紙を仕舞う。その手つきが、宝物を扱うみたいに丁寧で、胸の奥がまたあたたかくなる。
「じゃあ、俺からも一つ。——『ポンコツは、笑ってつき合う』」
「約束、守れるかな」
「昨日も今日も、何回か守っただろ」
「たしかに……!」
肩が触れる。信号が青に変わる。
歩き出してすぐ、彩香がちょっとだけ躓き、俺の腕に軽く触れた。
「ごめ……」
「大丈夫。——これからも、こうやって」
「うん」
手のひらに、指先の温度が戻ってくる。
傍らの街路樹が、風にかすかに鳴った。
*
家に着く前、駅の売店で小さなしおりを一つ買い足した。
自分の本に、もう一つ星を挟む。ページを閉じる時、胸の中でなにかがカチリと“始まる”音がした気がした。
その夜。机の上に『雨の地図・二人用』を開き、余白に小さく書く。
『第一日:告白成功。
場所:図書室。
星:二つ——“約束の言葉”と“手の温度”。』
書き終えて、星のポケットにメモをそっと滑り込ませる。
写真立ての中のインスタントは、肩が触れ合ったあの日のまま。けれど、もう少し近く見える。
(完璧じゃなくて、いい)
灯りを消す。暗闇の向こうで、明日のページが静かに待っている。
合言葉をひとつ、口の中で繰り返してから目を閉じた。
——止まるときは止まる。
——そして、また、いっしょに歩く。
星は増やせる。
その確信だけを胸に、俺たちの物語は“完結”じゃなく、“続き”に進んだ。
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完璧美少女が俺の前だと全然完璧じゃない件 あまたらし @Lizzzu
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