番外編 モノローグとオレンジジュース

奏斗と咲の物語です!

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放課後の教室は、今日もほんのり騒がしい。

部活に行く者、残って宿題を済ませる者、そして──色恋沙汰をいじる者。


「で?今日も愛しの白雪さんと図書室?もはやそこに住んでる説あるな、裕樹!」


柴田奏斗は、机に肘をつきながらニヤニヤしている。

いつものことだ。彼はだいたいニヤニヤしてる。

いじられ役の裕樹も、それに軽くツッコミを返しながら笑っていた。

その様子を見て、小桜咲も笑った。自然な、いつも通りの笑いだった。


「アンタさ、よく飽きないね。それ毎日言ってない?」


「いやいや、毎日違うバリエーションで攻めてるから。芸術の域だよ?」


「自己評価高すぎでしょ」


ツッコミながらも、内心で(ほんと楽しそうね)と咲は思う。

からかいながらも、ちゃんと相手の反応を見てる。盛り上がりすぎず、突き放しすぎず。

柴田は、そういう“場の空気を読むのがうまい男”だった。

……だからこそ。


「……ほんと、好きだよね。人の恋路いじるの」


ふと口から漏れた言葉に、自分で一瞬だけ驚いた。

言った瞬間、教室の空気がピンと張るほどでもない、けれど、どこかに細い糸が一本だけ通ったような、そんな沈黙があった。


「え、なに、どした急に」


柴田が笑いながら小桜を見る。いつもの調子だ。でも、たぶん今のは“ごまかしの笑い”だった。


「……あんた、そういうの得意だけどさ。自分の話って、したことある?」


「え? 俺? 別に……ないけど?」


軽く返すその声の、なんと薄っぺらかったことか。

それを隠すために、咲は笑った。そっちのほうが慣れている。


掃除当番のくじを引いた結果、咲と奏斗はふたりきりで机を拭く羽目になった。

教室にはもう人影はほとんどなく、窓の外からは運動部の掛け声が遠く聞こえるだけ。


シュッ、シュッ──雑巾の音が間延びした時間を刻む。

こんなとき、ふたりなら話が弾むはずなのに。


なぜだか今日は、会話が始まらなかった。


「……あれ? もしかして咲ちゃん、今日は口数少ない?」


「そう? 別に普通だけど」


「いやいや、絶対おかしいって。いつもだったら『うるさい』とか『さっさとやれ』とか飛んできてる」


「……じゃあ、うるさい。さっさとやれ」


「それ棒読みすぎな」


柴田が苦笑する。小桜は目を逸らす。

その横顔は、窓から差し込む夕日でやけにきれいに照らされていて、なんだか見慣れない気がした。


「……ねえ、柴田」


「ん?」


「自分のこと、ほんとに何も話さないの?」


「……だから、話すようなことないって。特に誰か好きとか、ないし」


「そうじゃなくて。……なんでもかんでも、茶化すのやめたら?」


「……え?」


「それ、誰かを守るためにやってるならさ。――自分自身は、誰が守るの?」


一瞬、風が吹いたように沈黙が落ちた。


柴田奏斗が、言葉を失うなんて。そんな場面、今までに一度でもあっただろうか。


***


シュッ、シュッと机を拭く音だけが響く教室。

さっきから、妙に空気が重い。

いつものテンションで場を回すのは得意だけど──今の小桜には、なんか効かない。


「……小桜、なに怒ってんの?」


「別に怒ってないけど」


拗ねたわけじゃない。でも、ちょっとだけむくれてる顔。

それが逆に新鮮で、柴田はうまく言葉を選べなかった。


「俺、なんかした?」


「いつもしてるけどね。花宮いじるときのニヤニヤとか」


「それは持病みたいなもん」


「病気なら治しなよ」


「……厳し」


小桜の手が止まる。

窓から差し込む西日が彼女の髪を透かして、いつもより少し柔らかく見えた。


「……自分のこと、茶化さずに話せるのって、誰?」


ぽつりと落ちたその言葉は、いつもの小桜のトーンじゃなかった。


茶化さない。

それは、柴田にとって一番難しいことだった。


「……えーと。いないかも」


「でしょ」


「いや、別に深い意味は──」


「うん、わかってる。柴田って、そういうやつだもん」


それは呆れでも、皮肉でもなくて。

ただの、事実の確認みたいな声だった。


掃除が終わる頃、ふたりは購買で余ったオレンジジュースを手に入れていた。

職員室に届け物を頼まれて、その帰り。


「これ、おまけ。飲む?」


柴田が軽く差し出した缶を、小桜はしばらく見て──やがて、受け取った。


「……ありがと。冷たい」


「冷えてるやつしか勝たん」


「……ほんと、バカみたい」


「なにが」


「全部」


無言で歩く廊下。

冷たい缶を両手で包みながら、小桜は一瞬だけ柴田の横顔を見た。


いつも通りに笑っているけど、どこか気が抜けたような、演技の笑顔にも見えた。

たぶん、気のせい。でも──そうであってほしくなかった。


教室に戻る直前、柴田が扉に手をかける。


そのシャツの裾を、小桜が少しだけ掴んだ。


「……ん?」


「……ほら、早く」


掴んだ手を離して、小桜はそっぽを向く。

扉が開いて、教室に明かりが差し込んだ瞬間、小桜の小さな背中が一歩先に進んだ。


「なにニヤついてんの、柴田。バカじゃないの」


「……いや、小桜がなんか可愛かったから」


「……っ、は?」


ふり返らない彼女の耳が、少しだけ赤くなっていた。

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