第65話 最終回

 宴会は夜遅くまで続き、仲間たちとの交流に花を咲かせた。


 リンに二次会にしつこく誘われたレオンだったが、眠っているヴィミを一人で帰すわけにいかなかったため、一次会を終えてウルフィリアギルドに直ぐ帰った。


 ヴィミが泊っている部屋の前まで来るが、彼女が目を覚ます気配はない。彼女のウェストポーチを探しても鍵が見つからなかった。

 部屋の鍵ならピッキングで簡単に開けられる。だが、シーフの沽券にかかわるため使わない。


「仕方がない、僕の部屋のベッドに寝かせるか」


 レオンはヴィミを泊っている部屋に連れ込んだ。彼女をベッドに乗せる。

 その瞬間、ヴィミが力を入れ、レオンをベッドに引きずり込む。


「ちょ、ヴィミ、起きていたの……。それとも、今、起きたの?」

「そんなの、どっちでもいいでしょ。で、ここは私の部屋じゃないし、ホテルでもないわね。殺風景な生活感のなさを見る限りレオンの部屋かしら。女の子を部屋に連れ込むなんて、やっぱりレオンも野蛮な狼なのね……」

「ちょっと、落ちついて。酔っぱらっているヴィミに手を出すほど、僕は腐っていないよ。睡眠を邪魔するつもりもない」


 レオンはヴィミに覆いかぶさっている状況に、目を白黒させる。息を詰まらせ、視線をさりげなく反らした。


 部屋の照明はまだ付けられていない。月明りだけが干されている洗濯物の隙間から差し込み、ヴィミの琥珀色の瞳を輝かせた。


 昨日の昼間から開けっ放しになっていた窓から暖かい風が吹く。酔っぱらった冒険者が通らず、病院と同じくらい静かな夜だった。


 ――ど、どうしよう、僕の心音、ヴィミに聞かれているかもしれない。


『虎人の女は、押しに弱い』


 キャバクラの虎族の嬢が教えてくれた言葉が脳裏によぎる。

 今、レオンはヴィミを完全に押し倒している。

 警戒心の強い虎族が、この状況で逃げない。力が強いヴィミならレオンの体は容易にはねのけられる。だが、彼女は視線を壁に向け、耳をヘたらせたまま沈黙していた。


「レ、レオン……、その、まだ、心の準備が」


 ヴィミはレオンに上目遣いを使い、小声でつぶやく。

 レオンは彼女のあまりに弱々しい姿に、一度、生唾を飲み込んだ。


 ――そうか、ヴィミは話し会いの時間を設けてくれたんだ。


 レオンはフレアリザードに一人で立ち向かった時、中層に一人で入った時、ドリミアやアンダルタと戦った時と同じく、強敵を前にしている。

 突き進むのか、逃げるのか、答えは二つに一つ。


 ――ここで逃げたら男がすたる。


「ヴィミ、僕と一緒に冒険者パーティーを組んでほしい」

「も、もぅ、仕方ないわね。私も初めてだから優しく……、って、ん?」


 ヴィミは目を丸くし、レオンの引き締まった顔を見つめる。


「僕はヴィミと冒険者パーティーが組みたい。事件を通して僕のどうしてもやりたいことは仲間を支えることだってわかった。ヴィミも冒険者に未練があるんでしょ。だから、一緒に……」


 ヴィミはレオンの両頬に手を当てる。頬を引っ張り、レオンを黙らせた。


「何度も言わせないで。私が冒険者に戻る資格はないの……」


 ヴィミは奥歯を噛み締め、息を詰まらせる。


 レオンは頬を引っ張られながら少し時間を置いた。彼女の指が離れ、喋れるようになると赤くなった頬のまま口を開く。


「僕はヴィミに背中を押してもらって、冒険者をあきらめない決心がついた。今度は僕がヴィミの背中を押す番だ。どんな危険な目にあっても、もう絶対、ヴィミを一人にしない」

「……本当に?」

「本当に」

「……絶対の絶対?」

「絶対の絶対」


 レオンは間を開けず、ヴィミの目を真っ直ぐ見つめながら頷く。


「僕はいつでも構わない。ヴィミが納得できる時まで、待ち続けるよ」


 ヴィミはレオンに頬を撫でられると、険しかった表情が少しずつ穏やかになっていく。

 彼女が無意識に頬にスリついていると、ふとした瞬間に大きくなっていた瞳がぎゅっと縮む。頬から力が抜け、呆けたように口が小さく開いた。

 触れられて赤らんでいく肌、広がっていく瞳、震える唇、上下左右に動く耳、引くつく鼻、感覚の全てが前の男に向く。

 獲物を見つけたら確実に仕留める虎のような素早い動きでレオンと上下入れ替わった。


 ヴィミに押し倒される形になったレオンは、筋肉が硬直する。


 ――猫に壁に追い詰められた鼠はこんな気分なんだろうな。


「あ、あの、ヴィミ、返事は」

「私を守るだとか、絶対に一人にしないとか……、言いやがって」


 ヴィミは靴を蹴るように脱ぎ捨て、革製の胸当てを外す。

 

「私の心を散々グチャグチャにした落とし前を付けて。もう、これ以上我慢できない。話はそれから……」


 ヴィミは焼肉くさい冒険者服を脱いで床に放り、可愛げがない無地の下着を晒す。 琥珀色の瞳が火であぶった飴玉のように蕩け、呼吸が荒い。レオンの股に座るように臀部を下ろし、首に手を回す。彼の耳元に口を持っていき、囁いた。


「わたし、いま、すっごくチュウしたい……」


 レオンはヴィミの甘え声を聞き、瞳が縮む。上半身を起こし、大切な仲間の体を抱きしめた。


「ヴィミ、先に謝っておくけど、止まれそうにない」


 白い壁に映る二つの影が一つに交わる。夏特有の湿った風が部屋に吹き込み、洗濯物が激しく乱れる。


 次の朝、疲労困憊のレオンと肌艶がすこぶる良いヴィミは『落とし豚』の前に立つ。中層に落ちている救助カードを拾うため『インフィヌート』に入った。

 自然に直っていた一二層のボス部屋の前に三〇分も経たず同時に到着。


「救助隊の仲間のよしみで冒険者パーティーに入ってあげる。でも、救助隊の仕事で手を抜く気はないわ。あくまでも冒険者は趣味。本業を疎かにしたら辞めさせるからね」

「ありがとう、ヴィミ。もちろん、仕事で手を抜く気はないよ」


 レオンは年相応に大人びた表情になっていた。自ら扉を開き、フレアリザードが待つボス部屋の中に入り込む。

 ウルフナイフとアントナイフを逆手で握りしめ、真正面から戦いを挑んでいく。


 長い歴史の中で『インフィヌート』の最下層の記録は残されていなかった。

 だが、レオンが見つけた古い日記帳の最終ページに赤字で『死に場にしては、贅沢過ぎる』と書かれていた。

 深淵一〇〇層。

 研究者が帰るのをやめ、死に場所にするようなダンジョンの果ての果て。

 どのような場所なのか、昨晩の宴会で大いに盛り上がった話題だった。

 レオンとヴィミはダンジョンの不思議な魅力に当てられながらも、救助隊として今日も今日とて人を救う。

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冒険者の転職先は救助隊。レベル一の僕がこんなに活躍してもいいんですか? コヨコヨ @koyokoyo4ikeda

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