勇者になれなかった凡人達のお話

ポイソト

とびっきりの英雄譚を

やあ、突然だけど僕の話を聞いてくれないか?

別に断ってくれても構わないよ。話を聞いてくれるまで話すから。



聞いてくれる?ありがとう。君ならそうすると思ってたよ。

さて、じゃあちょっと長くなっちゃうけど暇潰し程度に真剣に聞いてね。


これは、世界を救うことを託された勇者達のお話だ。




ある日、気付いたら目の前にそれは美しい女性がいました。

疑問に思い、周囲を見渡しても白、白、白。そこには記憶にある景色は影も形もありません。

困惑、混乱、不安。そんな感情が頭を支配します。


すると、目の前の女性が口を開きます。


「あなたは勇者に選ばれました」


その途端、溢れていた感情がスッと引いていき、驚くほど冷静になりました。


それを分かっているのか、目の前の女性は穏やかな笑みを浮かべ話し始めました。


「あなたには、魔王を倒してほしいのです。現在、私が創った世界では魔王が力を付け、世界をその手に収めようとしているのです。もし魔王がそれを成し遂げたなら、世界の均衡は崩れ世界ごと崩壊してしまいます。」

「どうか、私に力を貸してください」


分かりやすい英雄譚。これぞ王道という展開でした。

自分が物語の主人公になれる。そう思った途端、気持ちが昂り始めました。

先ほどのこれから先への不安はどこへやら。これからの未来に胸が躍り、希望が心を満たします。


「もちろん、あなたは特別な力を与えます。この力があれば絶対に魔王を討伐できるでしょう」


特別な力。それは心の炎をさらに大きくする燃料になりました。

「早く転生させてくれ」その思いが徐々に大きくなり、他のことは考えられません。


「異世界には転生ではなく、転移で行ってもらいます。あなたも成長するまで待ちきれないでしょう?」


その言葉はまさしく今の心境を表したものでした。

今思えば、これが一つの救いであり、原因だったのでしょう。


「では転移を行います。頑張ってくださいね?」


次の瞬間、光が包み込み思わず目を閉じてしまう。

その前の一瞬で見えた微笑んだ女神の顔は、今でも色褪せることはありません。





どうだい?これが勇者の始まりさ。

まさに王道!夢見た物語のように、特別な力はチートそのもので、敵をバッタバッタと斬り伏せて、強大な魔法でドカーン!美人なヒロインと素敵な仲間達を引き連れて、行く先々の問題をスパッと解決。「勇者様!」「英雄様!」なーんて持て囃されて、それはもうキラキラした冒険。

そんな未来を夢想した。



え?不穏だって?

安心して。これは君とは全く関係ない人達のお話だ。

さて、続きを話そうか。

続きは勇者が異世界に転移したところから始まる。




目を開くと、目前には先ほどの真っ白な空間とは打って変わって中世ヨーロッパのような街並みが広がります。

そして、それと同時に人々の喧騒も耳に入りました。


「繧翫s縺斐′1蛟句ー城橿雋ィ2譫夲シ∝ョ峨>繧茨シ」

「隗偵え繧オ繧ョ縺ョ荳イ辟シ縺?譛ャ縺ァ蟆城橿雋ィ3譫夲シ」

「轣ォ縺ョ蟆城ュ皮浹蜈・闕キ縺励∪縺励◆繝シ?」


なんということでしょう。

何の言語を話しているのか、全く分かりませんでした。

気分の高揚は瞬く間に絶望へと変わりました。

凡人はすぐに自分が置かれた状況を理解しました。

抱いていた幻想は、幻想に過ぎません。

思い描いた英雄譚も、浮かべた理想も儚く散りました。


言葉も、地理も、常識も、金も、情報も、希望も何もかもがありません。

凡人は女神の言葉を思い出します。

たしかに、どこにも言語が分かるとか、転移先の世界の情報を貰えるとか、そんなことは言われていませんでした。


さて、哀れな凡人に残されたのは何でしょうか?

それは、女神から与えられた特別な力だけでした。

凡人は必死になって特別な力を行使しようとします。

それらしい呪文を唱えても、それらしい動きをしても、何も起こりません。


凡人は理解しました。

ここは地獄だと。


そうしているうちに市民の誰かが通報でもしたのでしょう。

兵士のような格好をした二人組が近付いてきます。

何かを語りかけてきているのでしょうが、何も分かりません。

もうとっくに心が折れた凡人は抵抗もせずされるがままに連行されました。



連れられた牢屋は通路側は鉄格子、それ以外は石の壁で囲われた場所でした。

衛生環境はそこまで酷くないのが救いでしょう。


牢屋で一人、ひどく冷静になった凡人は考えます。


この状況を打開する方法は?

ない

特別な力は?

使えない

ここから魔王討伐は?

不可能

ここから出られたとしたら?

金を稼ぐしかない

金を稼ぐ方法は?

分からない

肉体労働は?

言語が通じないから雇ってもらえない

言語を解読する方法は?

その前に餓死する

この状況を打開する方法は?

なにも、ない

このまま過ごしたら?

餓死するのを待つだけ

取るべき行動は?

この地獄を終わらせる


死ぬ恐怖は?




ない




こうして始まりの凡人の生は幕を閉じました。




しかし、勇者の冒険は幕を閉じませんでした。

死んだ筈なのに、目を開いてしまいます。

目の前には、名も知らぬ男。

背景は白で埋め尽くされたあの場所。

状況を理解できません。

それはあちらも同じ様子でした。


「あの…あなたは?」


なんということでしょう。言葉が分かります。

 は思わず感情が溢れ出してしまいます。

男は何も言わずそれに耳を傾けてくれました。


「事情は分かりました。大変、でしたね」


そうやって男は手を差し出します。

 はすぐに手を取りました。




さて、ここまでが最初の勇者のお話。どうだった?



可哀想?僕も同感だよ。

だけどこのお話には続きがある。

まだまだ続くよ。




次の瞬間、凡人は話で聞いた異世界にいました。

それと同時に身に覚えのない経験が脳裏に浮かびます。


女神と出会い、この世界に降り立ち、絶望し、命を絶った。


その経験が突如降りかかりました。

思わず地面に蹲り、吐いてしまいそうになりますが、必死に耐え吐くことは免れました。


少し経った後、凡人は冷静になって考えます。

この景色は彼がこの世界に来たときと全く同じであること。

身体が接触した瞬間に異世界に来たこと。

恐らく彼の経験と記憶があること。

以上から結論を出しました。

一、自分が次の勇者になった。

二、特別な力とは今までの勇者の経験や記憶を次の勇者へと引き継げること。

三、今は言語の理解に努めるのが最善なこと


そうして、彼は言語を理解しようとし様々な努力をした上で餓死しました。




え?雑だって?しょうがないでしょ。これ作ってるの僕じゃないんだから。

まあ、退屈かもしれないけど聞いてってよ。




そうして記憶を継いでいき、凡人達はとうとう言語を理解することができました。

それまでに死んだ凡人の数は約16256人でした。

凡人の平均生存日数は2日。

ここまで犠牲が積み重なった理由は単純。

食べ物も、水もなく、治安も悪い。

そして、なによりも転移する勇者は全員凡人だから言語の解読に時間がかかる。


さて、では16256人の犠牲の上で分かったことを話しましょう。


勇者候補に選ばれるのは凡人でかつ勇者になることを断らないお人好しであること。

この世界には魔法、魔物、ダンジョンがあり、正しくファンタジー小説のような世界であること。

転移するときの状況は全く同じであること。

転移先で主に使われている言語。


これらが分かったことでした。

ちなみに、この時点で一番言語の理解に貢献し生存できた凡人は8128人目の奴隷商人に捕まり商品にされた凡人でした。


さて、言語は理解できました。

次は何をすればよいでしょう?

そう、金を稼ぐことです。

そのためには仕事が必要です。

ということで16257人目の凡人は手当たり次第仕事を探すことにしました。



そこから28人の犠牲の末、あるルートが確立されました。

まず転移したら後ろにある屋台からりんごが一つ落ちるまで待機し、りんごが落ちたら13秒カウントした後右に直進。三つ目の十字路を左に曲がる。そうしたら荷物が多くて困っている老婆がいるため手助けをしお礼に食べ物を入手し住み込みで働ける場所がないか質問。そうしたら「渡り鳥の止まり木」という宿を紹介されるため、現在の場所から左に直進し大通りに合流、大通りを時計台方向に進めば「渡り鳥の止まり木」に辿り着く。着いたら、16人の団体が入店するまで周辺で待機。このとき、団体の目に入らないように人混みに紛れておくこと。団体が入店したら自身も入店し女将に働きにきた旨を伝えたら団体への配膳や皿洗いを手伝うように言われるため従う。このときミスをしてはいけない。そうして団体が帰るまで仕事を完遂すれば晴れて雇ってくれる。


こうして凡人達は生活の基盤を整えることができました。しかし凡人達の目的は魔王を倒すこと。異世界で数十年生きた凡人も居ましたが、同じように次の凡人に継ぐことになりました。


やがて凡人達は決意します。この連鎖を止めるのだと。

自身が満足できればそれでよい。そんな考えは捨て、これ以上犠牲者を増やさぬよう魔王討伐をしなければならないと。




さて、ここまでが勇者達が魔王討伐を考えられるようになるまでだったけど、感想はどうだい?



勇者が死にすぎ?

それもそうだね。だけど、それはしょうがないことではあるんだ。

あの世界の治安は酷くてね。君も異世界ファンタジーのライトノベルを読んでたら大体分かるだろう?

それに、僕達は凡人なんだ。

突出して頭が良いわけでもなく、トップアスリート並みの肉体もない。

本当にどこにでもいるような「凡人」。

なんで神様は僕達みたいな凡人を選んでるんだろうね?

まあこの質問は53人目の勇者からずっと疑問に思われてるから気にしないで。


さてさて、次は魔王討伐のスタートラインに立った勇者のお話。




16293人目の凡人は魔王を討伐することを決意しました。

この呪いとも言える円環を断ち切るために。


思い立ったが吉日と魔王討伐へ向けて鍛えることにしたのですが、多くの問題が立ちはだかりました。

一つ目は身体を鍛えても引き継がれないこと。

二つ目は魔法を使おうにも全く使えないこと。

この二つは致命的とも言えます。

身体は人ごと変わっているので言わずもがな。魔法に関しては何故か使うことができません。

凡人の武器は時間と知識。

無限とも言える時間の中で世界で起こるだろう事象や様々な知識を蓄えることができます。

しかし知識だけを蓄えたとしても魔王には敵わないでしょう。


さて、話を戻してこの二つを乗り越える方法を模索した結果、あることに気が付きました。

引き継がれた経験により、道具の使い方を身体が覚えたのか知らない道具を上手く扱えた。

これにより凡人はある結論を出します。


技術を鍛えれば、次の凡人も強くてニューゲームができるのではないか?


そう思った凡人は仕事や睡眠などの生活に欠かせないものを除き全てを鍛錬につぎ込むことにしました。


ある時は剣を使い、ある時は弓、ある時は槍を、という風にわりと節操なしに武器をひたすらに使っていきました。


そうして迎えた次の凡人。

なんと練習したそれらの武器をある程度使うことができました。

こうして舞い上がっちゃった凡人達はしばらく魔王討伐をほっぽりだし鍛錬に明け暮れるのでした。

なお、この世界にはお決まりの冒険者ギルドがあり、そこで師事を得ることもありそこそこの強さを身に着けたと自負するようになります。


さて、こうして愛すべき筋肉の凡人達によってある程度の実力を身に着けることができたと思っている19168人目の凡人は初めて魔物を討伐しようと数打ちのロングソード片手に街の外の草原へと向かいました。


草原に出るとそこにはぷるぷるとした弾力のある楕円形の青みがかったボディ。そう、俗に言うスライムが凡人を迎えます。


情報収集を欠かさなかった凡人によって、草原とスライムについては予習済み。

スライムは魔石が核となっており、それを破壊すれば死ぬということが分かっています。

ちなみに、魔石とは大体の魔物の体内にある魔力が詰まった石のような物のことです。


話を戻し、スライムと対面した凡人。

スライムを遠方から観察し核の位置を把握。ロングソードを右手で握り、その手を大きく後ろへと引く。左手で核へと照準を合わせる。

まるで槍投げのようなフォームから放たれたそのロングソードの投擲はスライムへと勢いよく突き刺さり核を身体ごと貫いた──わけでなく、ぽよよんと弾かれて呆気なく終わってしまいます。


この結果は心の中では理解していたことでした。

自分達凡人は魔力を扱えない。それによりこの世界の住人にも、魔物にも、動物にも大きく劣った身体能力をしていると。

ここに至るまでに冒険者に師事してもらったことである仮説を立てることができていました。

それは「この世界の生き物は魔力で身体を強化している」という説でした。


この世界では長く生きれば生きるほど強くなるという法則があります。

これはきっと魔力を長く生きた分吸収しているからだ。

そう思った凡人は魔力をどうにかして扱うことが魔王討伐のスタートラインだと考えます。

そうして果てしなく遠いスタートラインへと走り出すことになったのです。




話の途中だけどちょっとごめんね。

ここらへんで話をしておかないといけないと思ったんだ。

話っていうのは君について。

君も薄々分かってるんじゃないかな?

そう、君は勇者候補なんだ。

君は不幸にも選ばれてしまったんだ。



これに選ばれるのは君を凡人だと言外に貶してるって?

その通り…としか言えないかな。

でもそんな凡人でも、あと1ミリまで辿り着けるんだ。

もしかしたら、君が主人公になるのかもしれない。


次はこのタイミングで話した理由だね。

それは単純。いい感じの場所がここだと思ったから。

君には魔王討伐の心構えをしてくれないといけないんだ。

キラキラした面だけじゃなくて、見るのも憚られるような、最低で、最悪で、本当の理不尽みたいな面があることを知ってほしいんだ。

ほら、さっき記憶や経験が引き継がれるって言っただろう?

その中には僕がさっき言った残酷な記憶や経験も含まれている。

無防備でそれを受け取ってしまったら、きっと君は狂ってしまう。

だから、僕が話している時間は覚悟を決めるための時間。

強靭な意志が、不動の覚悟があれば狂うことなく進めるんだ。


さて、お話に戻ろうか。




魔力を扱えるようにすることを方針にしてからというものの、その道は決して易しいモノではありませんでした。

四方八方が暗闇。まるで転移したときの言語が分からなかったときのような状況です。

いくら魔術を学んでも、いくら魔道具を研究しても、光は差しませんでした。


魔術というものは身近にありました。しかし魔力を扱えるようになる機構については全く情報が無かったのです。

時には王城の禁書庫に忍び込んだり、宮廷魔術師に師事したりもしてみましたが良い成果は得られず、無意味に命を散らして終わりました。


そうして数多の凡人が散っていった先、1億65万1008人目の凡人は生涯をかけある術式を開発しました。

それは「大気中にある魔力を集め身体に無理やり注入する術式」と「魔石から魔力を抽出し身体に無理やり注入する術式」でした。


それまでの凡人により体内に無理やり魔力を入れれば身体がそれに適応することが予想されていました。そこで身体が耐えるギリギリを目指し魔力を注入する術式を開発したのです。

残念ながら1億65万1008人目の凡人がそれを試すことは叶いませんでしたが1億65万1009人目の凡人がそれを試したところ見事に魔力を扱うことができたのです。


これにより研究は驚異的な速度で進むことになります。

その結果、編み出されたのが全身に「大気中の魔力を燃料に、大気中の魔力を身体に注入し続け、限界が迎えそうになったら中止する術式」を刻み込むことでした。この術式は形を再現さえすれば魔力的素材を用いて何かを作る必要はありません。これがあれば自動的に身体に魔力を注入し身体を効率良く強くすることができます。

まあ常に全身の血管全てに針が突き刺さるような苦痛に襲われるがそれは誤差というものです。


そうして迎えたスライムへのリベンジ。

凡人が小石を投擲すれば凄まじい轟音と共にスライムが吹き飛びました。

凡人はその前進に、ニヤリと笑みを浮かべました。


こうして凡人達は魔王討伐のスタートラインへと立つことができたのでした。




どうだい?ここまで話して疑問に思ったことはあるはずだ。

そう、「お話」では勇者達のことを「凡人」と表現してることだ。

この「お話」は勇者達が大きな転換点を迎えたとき、何故か記憶の中にある。

過去に誰かがそれに中指突き立てて自分達勇者の英雄譚を作り語り継ごうとしてもその記憶だけはなくなってしまう。

まるでそれじゃあ都合の悪い誰かが介入しているかのように。

きっと、僕達に求められているのは魔王を打ち倒す「勇者の英雄譚」なんだろうね。

その輝きの下にある僕達凡人の屍は物語に必要ない影として切り捨てられる。

それでも 達は止まらない。

 達は影でもいい。

影があるからこそ光が際立ち、その輪郭がハッキリとする。

どうか 達にとびっきりの英雄譚を魅せてくれ。 達の頑張りは無駄ではなかったと証明してくれ。

それが、 達の願いだ。




なーんて

いい感じに終わりそうになってるけどまだまだお話は続くよ。

ここからは世界に羽ばたいて行った勇者達のお話だ。




さて、スタートラインに立った凡人達は魔王を討つために世界に進出していきます。

凡人達は魔王の情報も、魔王を共に討つ仲間も、魔王に立ち向かうための装備や力も、何も持ち合わせていなかったのです。


まずは世界を知ることから始めようと思った凡人達はその足で世界中を旅することになりました。

その旅の途中では様々な出会いと別れを経験し、美しい光景に心奪われ、美味しい食事を楽しみ、魔物を倒し成長し、迷宮に入って探索し、行く先々でのトラブルを解決して感謝される。

そんな華やかな冒険を凡人達は楽しみました。


冒険の最中では魔王の幹部を討ち倒したり、国を救ったりした凡人も居ました。


しかし、これでは「勇者」たりえません。


ドラゴンを討ち倒した凡人も、一国を築き上げた凡人も、全ての迷宮を踏破した凡人も、伝説の装備を手に入れた凡人も、国に忠誠を誓い護り通した凡人も、聖女と謳われた凡人も。

皆、「勇者」たりえません。




どうやらこのお話を作っているナニカは「勇者」に固執してるようでね。

正しく英雄と呼ばれるような偉業もソレにとっては「勇者」じゃないらしいんだ。

あっ、そうそう。君も疑問に思ったよね。

なんで英雄と呼ばれるような偉業を凡人ができたのか。

理由は単純。

物量によるゴリ押しだね。

物量と言ってもその場に沢山いるわけじゃないよ?

何回も、何回も何回も何回も何回も同じ目標に向けて努力した結果だ。

このときこうすればこうなる。

それをずぅぅぅっと明かし続けて、僕達凡人にも辿り着けるルートを編み出した。

まさに砂漠から一粒の塩を探すような地獄みたいな作業だったんだ。



魔王そっちのけで何やってるんだって?

僕もそう思う。

まあ、こうでもしないと気が狂っちゃうんじゃないかな。

魔王を倒さずに勇者になる。きっと、その道に縋りたくなっちゃったんだ。



なんで意地でも魔王に挑みたくなかったかって?

それはお話の中で語られるよ。




世界へと羽ばたいてから少ししたとき、凡人達は魔王討伐へと力を入れ始めました。

魔族が住むと言われている大陸があり、その中央に魔王城が存在するという情報を手に入れたある凡人は地獄とも噂される魔族の領域に単身で踏み入りました。

魔族の大陸、魔大陸とも呼ばれるそれは普通の人間が立ち入ることも許されないような土地です。

その理由は過酷な環境と強大な魔物にありました。

魔大陸は大量の魔力で満ち溢れており、人間の住む領域とは比べ物になりません。その過剰な魔力は普通の人間とっては毒となり身体を蝕むのです。

それに加え大地は基本的に荒廃しており、火山の隣に雪山があるという異常な地形も存在します。

基本的に魔大陸に入ってからの物資の補給は不可能。魔王を倒してから帰るまでの物資を持ち歩く必要があるです。

ここで厄介になってくるのが強大な魔物。

魔力が豊富な環境で育った魔物は普通の環境で育った魔物よりも数倍強くなります。

更に魔大陸では魔物同士での争いが絶えず、勝ち残った魔物はより狡猾で強靭なものとなります。


過酷な環境の中絶えず襲いかかってくる強大な魔物を大量の荷物を持ちつつ対処し、なおかつ魔王との戦いに備え体力を温存しておく必要があるのです。


そんな中、1億65万1504人目の凡人は魔王城へと至りました。


彼は以前の凡人達によって作られた脳内地図を頼りに魔王城がありそうな場所へと一直線に駆け抜けたのです。

彼は研究によって作られた極限の速さを得る魔術や高くジャンプできる魔術などを使い文字通り命懸けで魔王城へと辿り着くことがでしました。

魔物達の認識よりも速く走ることで魔物達の脅威を無力化し、吹雪に閉ざされた雪山も彼の速度の前では意味がなく、マグマがそこら中にある灼熱の火山も駆け抜け、幻惑により出られなくなる魔の森も幻惑にかかるよりも速く抜け出し、魔王城がありそうな方角へと駆けたのです。

魔術の代償で全身から血が噴き出し、魔力も底をつき、視界がぼやけ歪み、もはや屍がもの凄い速さで飛んでいるようなものでした。


それはたった数分の冒険でしたが、彼は遂に魔王城を見つけたのです。


幻惑の森を抜けてすぐ、それはありました。

魔王城と人間界にあるような城との違いは外壁が漆黒か白かということぐらいでした。


彼は涙腺が破壊されていなければ涙を流していたことでしょう。

凡人が魔王に挑むことができる可能性を示したのです。

それは凡人達にとって大きすぎる一歩となりました。


その後、彼は止まることができず魔王城の城壁の染みとなり死にました。



そうして魔王城の場所を特定した凡人達、次は魔王城に無事で辿り着くことが目標となりました。


色々と四苦八苦し迎えた2億130万2016人目の凡人。

彼女は世界各地で仲間を集め、伝説の装備や古代の遺物を揃えたことにより魔王城へと無事で辿り着くことができました。


仲間との決戦前の会話を楽しんだ後、覚悟を決めて城内へと入ります。

城内はがらんとしており、魔物や魔族の気配は一切ありません。

それがかえって不気味さを沸き立たせます。

彼女達一行は不安の中城の最奥、つまり王の間に辿り着きます。

扉を開け、待ち受けていたのは見ることすら憚られる異形でも、威厳に満ちたドラゴンでも、筋骨隆々の魔族の男でも、美貌に溢れた魔族の女でもありませんでした。


漆黒の全身鎧に身を包んだ騎士が王座に足を組みながら座っていました。


彼女達は魔王と戦うも圧倒的な強さの前に、手も足も出ず敗れてしまいました。




ここで問題です。

さて、なんでこの勇者は負けたでしょうか?



僕達が出した結論は、「解釈違いだった」からでーす!

わー!クソみたいな理由!

は?って思ったでしょ。

まあ落ち着いて。

まず僕達は「勇者の英雄譚」を求められている。

そんでもって、僕達の中の「勇者」っていうのはさ仲間を集めて魔王に抗うっていうのが普通じゃん?

だから僕達の「勇者の英雄譚」っていうのは、最初の方でも言ったけど。素敵な仲間にヒロインがいて、行く先々でトラブルを解決して賞賛されて、伝説の武器とか集めて魔王と戦うっていうのが王道みたいな展開を想像してた。

だけどね、どうやら「英雄譚」を作ってる誰かさんの想像してる「勇者」っていうのは、逆境の中見苦しく足掻いて、誰に肯定されなくても、賞賛されなくても、一人孤独に世界を救う。そんなのらしいんだ。


こう結論付けた理由が陰でトラブルを解決するムーブをした後に、魔王に単身で突撃したらなんとかギリギリ戦いになりそうってところまで弱体化したから。

バカみたいって思うじゃん?

バカなんだよ。

まあこの結論に至るまで数十億人の勇者が逝って、魔王討伐を頑張って数億人の勇者が逝った。



いきなりポンポン死にすぎ?

だって分かるわけないじゃんこんなの。

まあそんなこんなで魔王討伐の目処は立ったってわけ。


お話はここまで。

魔王戦について詳しく語られないのは、きっと魔王を倒した後にできるお話で語りたいからなんだろうね。




さてと…そろそろ心の準備はできたかな?

色々聞き足りないこととか、質問とかあるかもしれないけど、記憶を引き継げば分かるから安心して。

あ、そうそう。僕は85億8986万9055人目の勇者だよ。君で6番目の完全数だね。

まあそんなことはどうでもいいか。

じゃあお別れの挨拶でもしようか?






少年が真剣な表情で語り出す。


「君は勇者に選ばれた。だけどその道は決して華やかではなく、数多の屍で舗装されている」

「苦痛に溢れ、誰にも肯定されず独り、ただ淡々と世界を救い、魔王を倒すことでしか君は救われない」


少年はふっと笑った後、柔らかい笑みを浮かべる。


「だけど安心して。救った世界に認められなくとも、僕達が君を認めよう」

「私達は君の苦痛を分かっている」

「俺達は君の努力を知っている」

「僕達が君を導こう」

「「「「君は独りだけど、独りじゃない」」」」


凡人達は手を差し出す。


「だから、救われなかった僕達に見せてくれ。とびっきりの英雄譚を」


勇者はその手を取った。

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勇者になれなかった凡人達のお話 ポイソト @kei_usshy

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