空に浮かぶ秘密のこと

金魚

空に浮かぶ秘密のこと

私が生まれた所は、一面黄色い大地が広がる場所だった。何の装飾も施されていない無機質な建物が建ち並ぶ。静寂に包まれた殺風景な土地。見上げれば空は暗い。

面白みのない彩りもない村。この村は長い間、夜空の大海にぽつんと浮かぶように存在している。

数年前からこの村は、子宝に恵まれていなかった。空を横切る無数の光に何度も祈った末、ようやく待望の子が生まれた。それが私だった。

私は、村の希望として、厳重に守られ、育てられた。

幼かった私はそんな期待に応えられるはずもなく、好奇心とヤンチャさで村を駆け回っていた。その度村の大人は私を優しく叱った。傷物に触れるようにそっと。一定の距離感を空けて。

ある日の夜中、私は、好奇心で村の倉庫を探検した。

母は「明日は、この綺麗な土地に久しぶりのお客さんが来るのよ。保身的な村だったのにね。すごいことよ。しかも、これが成功すれば安定的な生活を送れるみたいなの。早く寝て準備しなさいね。」と言っていたけど、私は反抗してみたくなったのだ。

「母の言うことを聞かず悪いことをしたら母はどう怒るだろう?」


探検の末、他の物は寄り付かないかのように、奥のほうにひっそりと、今まで見たことのない箱がひとつだけ置かれていた。その箱は、まるで自分みたいだった。

私はそれを持ち出した。解放させてあげたかった。

今思うと、それが全ての始まりだと思う。

その箱を開けると、そこには地面と違う色をした棒があった。

それは私が初めて見る色、私の唇と似た色。

私はこの時人以外で黄色とは異なるの物体を初めて見た。

唇と同じ色をした棒を持つと、棒に触れた部分が唇と同じ色に染まった。

しばらく考え込んだ後、半信半疑で地面にその棒を擦り付けてみた。すると、黄色一色で殺風景だった景色は、棒で擦ったところだけ唇の色に染まった。黄色の地面が唇の色に変わるのが私は楽しかった。ただひたすら線を引いた。模様を書いた。世界がはっきり見えるようになっていく気がした。


青い惑星が見えた。夜が明けた合図。

辺りを見回すと、唇の色でウサギやカメ、さまざまな模様が描かれていた。

「村を汚してしまった。」

私は今更とんでもないことしたと気がついた。

母は、村の人は、この黄色い殺風景な土地が大好きだ。きっと怒られる。今まで優しく叱ってくれていたけど、今回はきっとそうはいかない。

悟った私はどうにかこの事実を隠そうとした。必死に服で擦ったり、地面を掘ったり。とにかくこの事実を隠すことに全力を費やした。

しかし、どう頑張っても隠しきれなかった。遠くから足音が聞こえる。時間が来たのだ。私にはどうすることも出来ない。

何かの手違いでこの惨状に気づかないでほしいと空を横切る無数の光に願った。

「お願い。」

願い虚しくその足音は私の目も前で止まった。

私は意を決して顔を上げた。目の前には見知らぬ顔が。私はそれに向けて、力なく笑ってみた。いつもこの笑顔で許されていた。

目の前の見知らぬ人は何も言わないし表情も変えない。私はただ不安だった。

目の前の見知らぬ人に向けて放った笑顔は、次第にぎこちなくなる。

ただ向き合っている妙な時間が流れていると、それを壊すように背後から、一人二人と足音が増えてきた。

それらは私の背後で足を止めた。訳が分からない。もう殺されてしまうかもしれない。頭の中で最悪の結果だけが流れる。

目の前の見知らぬ人は何も言わないし、表情も変えない。それが一番怖い。

この状況に耐えられない。一つ息を吸ったらごめんなさいを言おうと心の中で誓った。

私は今までの人生最大の覚悟で大きく息を吸った。

「ごめんなさい。」

全て言い終わっる前に、「お前、これはどういうことだ!」背後で怒号が聞こえた。今までの比にならないくらい恐ろしかった。

「村の大事な子供に何をした!」予想にもしていない言葉に私は戸惑った。私は子供になにかしたわけではない。というか村の子供は私一人だ。

背後で怒号を放った主は、さっきとはうってかわって特段優しい声で「怖かったな」と私を撫でた。困惑してぎこちない笑顔を直すこともできないまま、背後で怒号を放った主に抱きしめられた。

怒号を放ったそれは、私を撫でながら、「お前の村とは貿易はしない。さっさと帰れ。戦争だ。」そう叫んだ。

さっきまで表情一つ変えなかった目の前の人は、眉間にしわを寄せて

「私は何も知らない。とばっちりだ!」

しかし怒号の主は聞く耳を持たず、私を村の集会所に優しく手を引きながら向かった。

何が起きたのかわからない。

村の集会所に着くなり村の大人は私に包帯を巻き始めた。

「どこもケガしていないよ。」そんな言葉も大人の叫び声で消された。

その夜は一人で布団に寝た。母は用事があったらしい。去り際母はひとりでにつぶやいた。

「今日のお客さん。うちの村と貿易したいというから招いたのに、こうなってしまうなんて・・・。」

私は何故母がそんな言葉を言ったのか、当時は理解できなかった。


次の日からは悪夢だった。村の皆は地面を抉って、何か大きい機械を作り出した。殺風景な黄色の土地が、でこぼこになっていった。

一年後には、地面は穴だらけになった。

その時期から何となく理解していった。戦争が起きていたことを。

たくさん村の人が居なくなった。その代わり、綺麗な黄色の大地が、唇と同じ色に染まった。大地は血で染まった。


8年という長い月日が経た。

私は背が伸びて声が低くなり、すっかり立派な大人になった。

この土地には私一人しかいない。戦争相手も全員死んだ。

私の足元には唇と同じ色。私が幼い赤子の時に見つけた色。

私は足元の色を赤色となずけた。

誰もいなくなって赤色に染まった大地に私はただ立っていた。

「元の黄色の殺風景な大地を取り戻したい。」

私は、赤色を落とそうと、雑巾で拭き始めた。こんな風になった原因を自分自身に言い聞かせながら。

「事件が起きる前日、母が言っていた”久しぶりのお客さん”は他の村から貿易しに来た人。」

雑巾でひたすらこすった。

私のせいで村が壊れた。そんな罪悪感から解放されたかった。

「村の人は、他の村から貿易しに来たのお客さんが私に危害を加えたと思った。赤色は血の色とそっくりだから。」

終わりの見えない作業でもこれで罪悪感が無くなるならと考えると苦ではなかった。

それから何年経っただろう。黄色い大地を取り戻したのは私の手はしわくちゃになり、足腰にガタがきたころだ。

村は戻らなかった。残ったのは、クレーターだらけの黄色い大地だけだった。


これが私だけが知っている月がクレーターだらけになった理由だ。

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