2度もぶった。

ねこピー

第1話

『2度もぶった。親父にもぶたれたことないのに』



「ちょっと! なんでそこでボーっとしてるのよ!」

 澄んだ青空の下、広大な草原に転がる俺は、さっきから信じられない光景を目にしていた。


 目の前には、ピンク色の髪が風に揺れる美少女。服装はまるで貴族のドレスのようだが、剣を片手にした姿はなぜかサマになっている。

「……あの、ここどこですか?」

「は? あなた、さっき空から降ってきたでしょ? 頭でも打ったの?」

「空から……降ってきた?」


 俺は確かに、さっきまで普通の大学生だった。駅前の横断歩道を渡っていたはずが、次の瞬間、トラックが──いや、あれは光か? とにかく気が付いたら、この異世界っぽい場所に倒れていた。


 立ち上がろうとした瞬間──

 パシン!


「いってええっ!?」

「何その変な顔! 戦場でニヤつくなんて緊張感が足りないのよ!」

 彼女が俺の頬を平手打ちしたのだ。予想外の衝撃に、反射的に言葉が口から飛び出した。


「2度もぶった。親父にもぶたれたことないのに!」


 沈黙。

 彼女は一瞬、キョトンとした後、腹を抱えて笑いだした。

「何それ、名言か何かなの? あははは、変なの!」

 いや、名言……というか、どこかで聞いたセリフを言ってしまっただけなんだが。



■姫騎士ルナ


「私はルナ、この国の姫騎士よ。あんたは名前は?」

「カケルです……ただの大学生ですけど。」

「カケルね。じゃあカケル、今日からあんたは私の従者!」

「は!? なんでそうなるんですか!」

「決まってるでしょ、あんた、空から落ちてきたのよ? つまり“神の遣い”か何かかもってこと!」

「そんな無茶な……」


 ルナは俺の抗議を一切聞かず、腕を引っ張った。やたらと距離が近い。顔が近い。目が近い。なんだこの甘い匂い。

「な、なにか?」

「……あんた、意外と悪くない顔してるじゃない。」

「え、あの、ありがとうございます?」

 頬が熱くなる。まるでラブコメの主人公みたいな展開だ。



■初めての任務


 ルナの任務は「森に潜むゴブリン退治」。いきなりハードだ。

「剣、持てる?」

「無理です! 剣道部ですらないのに!」

「じゃあこれ、投げときなさい!」

 ルナはナイフを俺に渡す。投げろって……。

「わ、わかったよ!」

 ゴブリンが迫る。俺は渾身の力でナイフを投げた──。

 ブンッ。ナイフは見事にルナの靴の横を刺した。


「なにやってるのよっ!」

 パシン!


「いってええっ!? だからって3度もぶつなあああ!」

「生きるか死ぬかの場面でヘラヘラしてるほうが悪いの!」


 だが、怒るルナも美しい。剣を振るう姿はまさに絵になる。俺は見惚れてしまった。

 結局、ルナがゴブリンを一瞬で倒し、俺は何もできずに終わった。



■不器用な二人


 夜。焚き火の前でルナは少し俯いていた。

「さっきは悪かったわ。つい、あんたを叩きすぎた……。」

「いや、まあ、俺の無様さが原因ですから……。」

「でも、あんたのおかげでちょっと笑えた。……こんな世界で笑うの、久しぶりだったのよ。」

 ルナの横顔が、焚き火の光に照らされて切なく見えた。

 心臓がドクンと鳴る。


「ルナ……」

「な、なによ。」

「次は、俺もちゃんと守れるように頑張るから。」

「……ふふ。そう言う顔は、悪くないわね。」


 その瞬間、風がふわりと吹いて、ルナのピンクの髪が俺の肩にかかった。距離が……近い。

「……もしかして、またぶつ気?」

「……ぶつわよ。キスで、だけど。」

「ええええっ!?」


 俺の頭が真っ白になる中、ルナは少しだけ顔を赤くして、焚き火を見つめていた。



――続くようで続かない、これで完結。

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