カードに愛を込めて

数金都夢(Hugo)Kirara3500

カードに愛を込めて

 今日も朝からキュイーンガチャコンという音が響く。誰かが来て出迎えに行く人ですね。棚から私が入っているような小部屋ごとパレットという板に乗ったままスタッカークレーンという高さを自由に動かせる台車に乗って運ばれて、下の個室の前まで運ばれて「対面」できるようになっています。


 そんなことを思っていたら突然ガチャンというと音がした。私も呼び出されたみたいだ。うちの入っていた小部屋がゆっくりと下降していった。

「ああ、今日も来てくれたのね」

そう、つぶやくと台車が停まって、私の入った小部屋が会ってくれる人が待つブースの前に着いた。ガラス越しに見えるのは、孫の由貴ちゃん。小さな花と小さな手。すこしだけ手が震えてる。

「また来たんだねぇ、ありがとう」

思わずそんな言葉がこぼれる。もちろん声にはならないけれど。


 でも、今日は少し様子が違った。

「あらあら、あんた初七日過ぎてから来るの、ちょっと早くない?」

横から声が飛んできた。私は心の中でびっくりして振り向いた。今日は平日なのに、面会ブースが混んで隣にも誰かがいるようだった。


 隣のボックスの中には陶器の筒が一つ。少し色褪せた和柄の、しっかりした造りのそれが、ちょこんと置かれている。

「えっ……あ、あの……どちら様……?」

「あら、ごめんなさいね。びっくりしちゃった? わたし、十五階の区画の奥のほうにいたのよ。たまたま今日、お嫁さんが来てくれてねぇ。あたし、久々に“最上段”なのよ。すごいでしょ」

「はぁ……。あ、私は幸子っていいます。娘と義理の息子の仕事の都合で四十九日が終わる間もなく、引っ越してきたのよ。それで今日は、孫が来てくれたの」

「まぁ、幸子さん。素敵なお名前。私は春江。ここに来て、もう五年になるかしら」

「五年も……!?」

「ふふふ、意外とすぐよ。あんたの壺、きれいねぇ」

私は少し誇らしげに「娘が選んでくれたのよ」とつぶやいた。

すると春江が笑う。

「そっか、娘さんねぇ。うちはねぇ、孫娘が来るのよ。どうやら嫁があんまり仏壇好きじゃないから、いやいやそもそも宗教なんて信じてないからねぇ」

「うちも似たようなものよ。でもまぁ、孫が来てくれるだけでもありがたいわ」

「ほんと、来てくれるうちはね。来なくなると、なんか、こう、棚の奥で地層みたいになっていくのよ。誰か呼び出してくれないかしら、って思うけど、カード入れられなきゃ出てこれないし」

「カード次第っていうのも、情けない話ねぇ……でも、こうやってお話できるだけでも、わたし、少し安心したわ」

「ねぇ、幸子さん。これも何かの縁よ。次また同じ高さで上がってきたら、そのときもおしゃべりしてくれる?」

「もちろん! あ、でも今度は先に名乗ってね、びっくりしちゃうから」

「ふふ、ごめんごめん。じゃあ、また“IDカード”が差し込まれたら、ここでね」

カタン、と音がして、彼女の小部屋がゆっくりと登って所定の棚に帰っていった。


 ほんの偶然の出会い。だけどそれだけで、私の中には、ほんのりとしたぬくもりが残っていた。今度、娘たちが来たら言おうと思った。「いつもありがとう」って。いや、言葉にしなくても、きっとわかってくれる気がした。


 周りが落ち着いたところでここに初めて下見したときと「入居」する前後のことを思い出した。初めてこの建物の中に入って面会ブースに座ったとき、係の人がスロットにダミーのカードを差して、暗証番号を押してしばらくするとサンプルの「○○家」と描かれたプレートが現れた。私はその機械機械したハイテクぶりに実物を見て改めて目を丸くした。


 そして時は流れて、茶寿のお祝いから三ヶ月くらいたったある日の夜、いつものように寝たのですが……気がついたら、そこは自宅の布団なのですが、なぜか、冷たい、しばれるような、二個の布に包まれた不思議なブロックを抱かされる瞬間でした。その重量感はその昔、産んだばかりの娘を抱いたときのことを思い出した。それを抱かされてしばらくしたら体中がカキーンと凍った。


 その次の日、真新しい「寝室」が届けられて私は三人がかりでその中に寝かせられた。


 更に数日たって親戚一同のみなさんが集まって私に声をかけてくれた。返事をしたいけどもう返事ができないのが辛かった。


 そして親戚一同のみなさんは周りに飾られた花々を次々と私の周りに置いていった。そして由貴ちゃんがやってきて、泣きながら

「さようなら、おばあちゃん」

と言って私の手の指の間に一輪のカーネーションを差し込んで握らされた。その時の彼女の声を聞くのが辛かった。


 私の周りはあふれるばかりの切り花で埋め尽くされたけど、匂いを全く感じないのはこれまた辛いものだった。そして寝室のふたがされて真っ暗になった。


 私があるところに着いて車から降ろされて寝室ごとガラガラと台車で運ばれた後、途中で止まった。そこで顔の上の小窓が開いた。「成瀬幸子様との最後のお別れです。顔を見てあげてください」と係員に言われて、子供や孫たちが私の前に集まって、私は彼らから涙という「最後のプレゼント」をもらった。


 その後、ずっと冷え冷えとしていた寝室の中が急に熱くなってきた。まず、寝室の壁が軽く炎の餌食になって、そして花に火が着いた。でも匂いが感じられなかったのはやはり残念だった。更に勢いを増して吹き付けるガスバーナーの炎が私に当たって割れるような痛さを感じた。そして肌が水蒸気圧のせいで破れてそこからジューシーな汁も飛んでいった。これが世にいう、「誰にも見られたくなかった黄泉の国」というものだろうか。係員はうまく燃えるようにするために、私を棒でつついて真ん中に寄せていた。私は一般家庭で使う半年分の都市ガスを一度に浴びて白い破片の山になった。


 炎が消えて冷却された後、鉄板の真ん中に私の破片が集められて再び表に出された。そしてみんなが私の破片を箸でつまんで陶器の筒の中に詰め込んでいった。最後は小さな刷毛でサササッと集められてその筒に流し込まれて私のすべてがそれに詰め込められた。それは何度も通り過ぎているプロでも慣れないという、心理的な負担が迫る儀式というか作業というか。


 そして私達はタクシーで帰宅した。本当に久しぶりの我が家。でも次の「引っ越し」は目前に迫っていた。その間だけはリビングの戸棚の上で遠慮なしに羽根を伸ばしてリラックスしていました。


 そしてその数日後私は、車に乗せられてあるところに向かった。そう、この「パレットマンション」だった。その「入居」の日、私はその対面ブースに連れて行かれて中から出てきた小部屋に入れられました。その時由貴ちゃんの「おばあちゃん、また来るからね」と言った声はずっと忘れられません。


 周りにいた声の届く範囲にいた人たちに話を聞いてみると、殆どの場合はここに「入居」した後この異次元空間を初めて目にして、戸惑う人が多かったですね。たまに、懐かしいとか、あのときの職場でのトラウマが蘇ってくる、と言っていた通販、運送、倉庫業界関係者もいたんだけどね。


 本当は数十年は余裕で持つように作られているのかもしれないけど、見た感じ結構華奢な機械で、修理もけっこう大変だと思う。そう思うと、ここで仕事をしてくれる方々に感謝してもしきれないと思った。でも、ここは本当に終の棲家になり得るのか、それは誰にもわからない。歴史の浅い施設だからそう言わざるを得ないのが残念ですね。











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