避けない”あいつら”の避けさせかた
渡貫とゐち
第1話
「恐ろしい相手だったぜ……っ」
改札前で待ち合わせた友人が憎たらしく呟いた。
まるで凶暴な魔物でも狩ってきたハンターみたいな立ち振る舞いだ。
背負っているのは剣道部の竹刀――もちろん抜き身ではなく。
そして、さらに言えばおれたちは剣道部でもなかった。
「?? なんかあったのか?」
「あいつらは止まらずに迫ってくるんだよ……っ、こっちが避けることを前提に動いてるんだぜきっと! なんで、なんでだ……あいつら――女ってのはなんで避ける気がないんだ!?」
「まーた炎上しそうなセリフだな」
女、と限定しているところがマズイ。確かに、おれだって思い返せば、女性は避けない人の方が多い実体験があるし、そういうイメージもなくはないが……。
それでも、インターネットによる偏見が多く混じっているだろう。イメージってのは操作できるのだ。
「べつに、女だけってこともないけどな。男にだって避けないヤツはいるぞ?」
「いーや! ……やっぱり女が避けないんだよ! なんでだよなんでなんだよお前はなんでだと思う!?」
「知らん。たまたま、スマホをいじって避ける暇がなかったとかじゃねえの?」
「歩きスマホじゃーん!!」
友人はお手上げで楽しそうだった。
さっきからひとりで盛り上がっている……、テンション高いな……。
竹刀を背負ってるからハイになってるのかな……。
剣道部でもなければなかなか竹刀を背負うことってないもんな。今日みたいに忘れ物を届けるって機会でもなければ……。いやまあ、いつ背負って出歩いたっていいわけだが。
ともあれ、友人の意見に賛同するとしたら……こっちが避けなければいけない状況は確かにおかしいとも言えるか。
じゃあ、こっちが避けずに突き進めばいい、という話でもないのだが……とすると? なら、どっちが避ければいいのだろう?
お互いが避けた結果、ごっつんこ!! になるのがいちばん無駄な気がするし……。
男と女なら――男が避けるべきかな?
男同士ならば、年下が避けるべきだろうか。
見た目で分からない場合はどうする? 相手より自分が若いだろう、という自信がある方が避けるべきか。だが、見栄を張る人もいそうだ。
そして、お互いが自信満々に避けてごっつんこ! ……そんな未来が見えた。
「そうだろうそうだろう、だからオレは考えたんだぜ……向かってくる相手が、避ける気がまったくねえって時に使える手だ!」
「避けないと分かったならお前が避ければいいのに……」
こっちの指摘は完全にスルーされた。
「教えてやろう、その場で荷物を落とすんだぜ。そうすると、どうだ? 荷物を拾おうと屈んだオレは動けない。じゃあっ、相手が避けるしかないわけだよな!? 避けないといけない状況を作ってしまえば、相手はもちろん避けるんだよっ、だろッ!?」
だろ!? と力強く言われても。
「まあ、かもなあ」
普通はそうだろう。そうだろうけど……、
本当にそういう人ばかりなら、避けないことが問題になっていない気もするが。
「よっしゃっ、早速試してくる!!」
「する必要あるの? わざわざ絡みにいかなくても――あ、ダメだ聞いてねえや」
友人は、駆け足で改札前までいってしまった。
友人の後を追って、多くの人が行き交う混雑場所まで向かってみれば――、
友人は人との衝突を避けつつ、それでも肩を擦っていたり。ぶつかっても、もはや誰も気にしていないというか、この混雑なら当たって当然とも言えた。
通勤ラッシュ時でもないのだが……、都内はどこもこんな感じなのかもしれない。
「うぉっ」
と友人が声を漏らす。
堂々と真っ直ぐに突進してくる人がいたのだ……女だ。
若い人……と言っても、おれたちよりは年上に見えるけど。
いや、分からない……制服を着ていない、大人メイクをしているだけで、もしかしたら同い年くらいの可能性もある……が、どちらにせよ避けない女だった。
こうして観察していると、女はマジで避けねえな……いや、いいんだけど。
男と女が衝突しそうなら男が避ける、気持ち的にはそれで解決しているのだから。
避けない女性を恨んだりはしないのだ。期待しないのが平和である。
だが、それでも。
……多少の希望は残しておきたかった。
期待したのだろうなあ……あいつは。
友人がその場で財布を落とした。あいつ、落とすにしても財布は危ないだろ……と指摘しても今更か。偽物の可能性もあるのでなにも言わず、見届ける。
財布を拾うために屈んだ友人の目の前からは、スマホをいじった女性が近づいてきていた。目の前で財布を拾っている他人がいれば、そりゃ避けるだろうけど……?
だが、
その女は、立ち止まった。
避ける気が一切なく、友人がその場から退くのを待っていて……。
「…………」
「あ、すいません」
見下ろすその目は冷たかった。
その視線に堪えられず、友人の方が先に避けた……避けてしまった。
その場から、いいや、あの女性から逃げるように、友人が半泣きでおれのところまで戻ってくる。よしよししてやりたいが、男同士なので気持ち悪い……から、やめておいた。
「散々だったな」
「……ま、まさか、オレが財布を落としたように、冷たい目で見下すあの方法で、オレを避けさせたのか……? だとしたら、オレはまんまと……」
あー、そういう解釈もあるのか。
財布を落として屈んでいるから、『相手が避けるだろう』と考えるのと同じように。
冷たい目で見下せば、相手が避けてくれるだろう、と考えて。
……やられた、と友人が呟いた。
促され、従ったのはこっちだ。負けだと言えるだろう……。
最初から、上下関係は出来上がっていたのだ。
いやいや……だから、『女は避けない生き物』だと分かっていただろうに。
自覚していたじゃないか、上下関係なんて今更だ。
「どうしても、もう無理なのかな……?」
「なにが?」
さっきの勢いはどこへやら、友人は顔を両手で覆ってしまった。
分かりやすく絶望してるなあ。
「女は、もう避けてくれないのかなあ……」
「人によるって。お前が知る女が避けないだけなんだよ。避けてくれる人の方が多いんだから、絶望するなって……な?」
「……ほんとか?」
「ああ、ほんとほんと」
希望を捨てず、友人がその勢いでもういちどチャレンジしにいく。
が、やっぱり、女は避けてくれなかった。
「――避けてくれないじゃんか!!」
「『避けられない』ってのは恵まれてるんだけどな」
「やめろ、避けてくれたことに意味を与えないでくれ!!」
おれはいつでもどこでも、老若男女問わず、避けられてるんだけど??
・・・ おわり
避けない”あいつら”の避けさせかた 渡貫とゐち @josho
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