さよなら死

白川津 中々

◾️

 自殺はやめよう。


 そんなコピーが世に出回る2050年。かねてより日本の自殺率は社会問題となっていたが輪をかけて増加し、5人に1人が自ら命を断つという悲劇的かつ冗談みたいな時代となっていた。何があったかというと、特に何があるわけでもない。ただ自然に死の苦しみを受け入れられるようになったのである。人はこれを、「さよなら死」と呼んだ。


 さて、仏教では自死を涅槃と捉える考えがあった。現代的価値観では生ありきであり、苦しみもがいて、どのような理不尽であっても耐え忍ばねばならないという価値観が浸透していたわけだが、釈迦の見解は異なるわけだ。もちろんこれは自殺を推奨しているわけではない。死は当たり前であり、故人であっても平等であるという哲学に基づくものである。その観点でいえば、世に広く仏の教えが波及し覚者が増えたといえるかもしれない。


 とはいえ、親しい人間との別れによって涙を流す人が減ったかというとそうではなく、やはり、離別は悲嘆を伴うもので、悼み、悲しみ、嘆く人々は一様に不幸に見舞われ、死さえ煩わしく感じながら日常に掴まっているのだった。悲痛に、暗澹と。

 彼らの感情が、あまりに人間的な執着が間違っていると誰がいえるか。確かに釈迦は自死を否定していない。だが、その教えもまた一つある解にしか過ぎず、それを押し付け「自死は過ちではない」と説法を垂れる権利は誰にもないのである。そこに是非、正誤を求める事はできはしない。人の作り出した価値観だけが物差しとしてあるだけなのである。


 いずれにせよ、命は地続きの死に向かっている。それだけは、確かな事実としてそこにあった。

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