第44話 キャンセルとかできませんか

 最悪クラスの魔物災害、グラトニーレギオンに襲われながらも、アーゼルの受けた被害は奇跡的な少なさだった。

 デスグラスパーと交戦した騎士や冒険者に多少の被害が出たものの、一般人の被害は避難時に怪我をした人がいた程度である。


 建物への被害はもっと少ない。

 デスグラスパーに浸食されてボロボロになっていたはずの防壁は、なぜか途中で元通りになったため綺麗なままだ。


 もちろん僕が〈修繕〉を使って直したからだけど。


 お陰で翌日には避難していた人たちが街に戻ってきた。

 一時は野戦病院と化していた冒険者ギルドも、負傷者の大部分が回復したことで、いつも通り営業が再開されている。


 僕はというと、まだ特別に医務室を使わせてもらっている。

 もうすっかり良くなったのだけど、レイラさんやリーゼさんが心配して、もう少し休んでなさいと言われたのである。


「暇だし、今のうちに新しく習得した魔法の確認でもしてようかな。魔法の使い過ぎで寝てたのに、魔法を使ったら怒られそうだけど……まぁちょっとくらいなら大丈夫だよね。枯渇しかけてた魔力も満タンになってるし」


 デスグラスパーを倒しまくったお陰で、新しい生活魔法を三つも習得できた。


「一つ目は……〈空気清浄〉だ」


 使ってみると、周囲の空気がまるで早朝のような澄み具合に。

 多分これ、充満している悪臭とか毒なんかにも効果がありそうである。


「次は……〈快眠〉だね。うーん、でももういっぱい寝ちゃったしなぁ」


 その名の通り眠りの質をよくする生活魔法だと思うけど、今は必要なさそうなのでまた別の機会に使うとしよう。


「それで最後の〈即帰宅〉だけど……」


 使うと自宅に帰る速度が上がる生活魔法のようだ。


 ただ生憎と実家を追い出された身なので、今の僕には家がない。

 効果を確かめる術がなかった。


「それに〈歩行補助〉と用途が被ってそうな魔法だよね。まぁ一応、帰宅特化ってことかな?」


 結局、実際に使って確かめられたのは〈空気清浄〉だけだった。


 幸い翌日には医務室を出ることができた。

 そしてリーゼさんたちと一緒に、会議室でギルドの職員たちにあれこれ報告することに。


 その中にはレイラさんもいて、


「うーん……聞けば聞くほど、意味不明な活躍ね、ライルくん?」

「そうですか? 僕はあくまで、生活魔法の範囲内で頑張っただけですけど……」

「あなたの生活魔法はもはや生活魔法じゃないのよ」

「ははは、あくまで生活魔法ですよ」

「レイラの言う通りことに完全同意します」

「リーゼさんまで!?」


 ……二対一で分が悪い。


「『樹海迷宮』のボスの話も意味不明だったけど」


 ダンジョン『樹海迷宮』でのこともすでに報告済みだ。

 ボスを含む大量のトレント素材も提出し、今は査定をしてもらっているところである。


「ところで、ライルくん。実は騎士団の人たちがあなたの活躍を見ていたようで、それが領主様にも伝わっているみたいなの」

「え?」

「ぜひ直々に会って、その活躍に見合った褒賞を与えたいともおっしゃってるそうよ」

「ええええええええっ!?」





 そんなこんなで、僕はアーゼルの領主様に会うことになった。

 何とか断れないかと聞いてみたのだけれど、同席していたギルド長から「それは無理」と言われ、仕方なく応じることになったのである。


 ありがたいことにリーゼさんも同行してくれた。

 本当に頼もしいお姉さんだ。

 ……たまに僕を見ながら鼻息を荒くしているときがあるけど。


 幸い領主様は気さくな方だった。

 僕の生活魔法の話をやや大袈裟に驚きながら聞いてくれたし、大いにもてなしてくれ、お陰でそこまで緊張せずに済んだ。


「では、ライル殿を褒賞のある場所にお連れしてくれ」

「畏まりました」

「場所……?」


 領主様の側近に連れられ、やってきたのはアーゼルでも有数の一等地。

 そしてそこにあったのは一軒の豪邸だった。


「え、何ですか、これは?」

「褒賞でございます」

「はい?」

「こちらの一等地にある住居を、ライル様に差し上げるとのこと」

「あの、キャンセルとかできませんか?」

「無理でございます」


 鍵を手渡し、側近が去っていく。

 一応その鍵を使って家の中を確認してみると、一人で住むにはあまりにも広く、しかも家具や調度品までそろっていた。


「まさか、家を貰ってしまうなんて……」

「してやられましたね」

「え?」


 リーゼさんが苦笑いしながら教えてくれた。


「冒険者の多くは一所には留まらず、新たな冒険を求めて各地を転々とするもの。ですが当然、領主としては、あなたのような人材がこの街を離れることを良しとしないでしょう」


 どうやら僕をこの街に留めるため、家を褒賞としてくれたようだ。


「あ、でも……この家があるなら〈即帰宅〉が使えるかも?」

「……?」

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