第43話 それはこっちの台詞ですよ

 最強最悪の魔物災害、グラトニーレギオン。

 あらゆるものを喰らい尽くすというバッタの猛威を前に、僕たちは健闘をみせていた。


「凄まじい数です……っ! まるでバッタの海にいるかのよう……っ!」

「がはははっ! ついに本気を出してきたようだな!」

「あっちを見てもこっちを見てもバッタバッタバッタ! もううんざりでござるよ! 気持ち悪いし!」

「〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉!」

「……約一名、凄まじい勢いでバッタを消滅させていくやつがいるのだが?」


 ついに最も密度の濃い一帯がアーゼルに押し寄せてきていた。

 弱体化していると言っても、やはり数の暴力は凄まじい。


 僕ももはやなりふり構わず〈害虫駆除〉を連発していた。

 一撃で周囲にいる三十体から五十体をまとめて消滅させられるのだけれど、それでも瞬く間に新たなバッタが押し寄せてくる。


「っ……魔力が減ってきましたっ! マナポーションを!」

「りょ、了解っ!」

「んぐんぐんぐっ!」


 僕の傍にいてマナポーションの瓶から蓋を抜き、飲ませてくれるのはガッツさんだ。

 途中から完全に戦力外になってしまった彼は、いつの間にかこの役目を担ってくれていた。


 それにしても、飲み過ぎてお腹がタプタプだ……。

 マナポーションはまだ二十本くらいあるけど、先に僕のお腹の方に限界がくるかもしれない。


「頑張ってくれ、兄貴っ! おれにはこんなことしかできないが、兄貴ならこの街を救えるはずだ!」

「兄貴!?」


 なぜかガッツさんに兄貴呼びされるようになっているけど、残念ながら今はそれを詳しく追及している余裕なんてない。


「〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉!」


 こんなに魔法を連発したのは初めてだ。

 しかも〈虫よけ〉も維持し続けなくちゃいけないわけで、『叡智の指輪』を装備していても脳の処理能力の限界を越えているのか、頭の奥がズキズキと痛む。


 ――〈即帰宅〉を習得しました。


 魔物を倒しまくっているお陰で、これで三つも新しい生活魔法を習得した。


〈即帰宅〉かぁ……うん、早く家に帰って休みたい。

 まぁ実家を追い出された僕に家なんてないけど。


「っ……バッタの密度が減ってきました……っ! もう少しです!」


 リーゼさんの激励の声で、遠のきかけていた意識を何とか繋ぎとめる。

 言われてみれば、確かに一時期よりもバッタの数が明らかに少なくなってきていた。


 あの巨大な黒い靄も、今や随分と小さくなっている。


「うーんっ、もうひと踏ん張り……っ! 〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉! 〈害虫駆除〉!」


 バッタの群れに呑み込まれてから、一体どれくらいが経っただろうか。

 やがて視界を埋め尽くしていたバッタが、いつの間にか一匹も見当たらなくなっていた。


「ぜぇぜぇぜぇ……も、もう、限界です……」


 僕はよろめき、倒れそうになったところをガッツさんに支えてもらった。


「兄貴っ! よくやった! やつら、あとは数えるほどしか残ってない! それも他の連中が片付けてくれているところだ! おれたちの勝ちだ! 魔物災害を打ち破って、おれたちの街を救ったんだ!」


 大興奮で訴えてくるガッツさんだけれど、それに応じる余力はなかった。

 もちろん兄貴呼びを問い詰める気力もない。


「ライル君、大丈夫ですか!?」


 リーゼさんが駆け寄ってきて、心配そうに僕の顔を覗き込んできたところで、僕は意識を手放していた。





 目が覚めた僕は、見知らぬ部屋のベッドの上にいた。


「ライルくん! よかった、目が覚めたのね!」

「レイラさん……? ここは……?」

「医務室よ! 冒険者ギルド内の! 気を失って、ここまで運び込まれてきたの」

「気を失って……えーと、確か、リーゼさんたちと一緒にダンジョンに潜って……」


 記憶が曖昧で、頑張って気絶する前のことを思い出していく。


「それで……最下層のボスと戦って……そうだ! その後、街に戻ってきたら、デスグラスパーの大群に襲われてて!」

「ちょっと待って!? 今、最下層のボスと戦ったって言わなかった!? どういうこと!?」

「ま、街はどうなったんですか!? みんなは!?」

「街は無事よ! それよりボスの話を聞かせてくれない!?」


 レイラさんとそんなことを言い合っていると、部屋にリーゼさんが駆け込んできた。


「ライル君! 目を覚ましたのですね!」

「あ、リーゼさん。よかった、無事だったんですね」

「それはこっちの台詞ですよ! 身体は大丈夫ですかっ? どこか痛いところはありませんかっ?」


 僕の身体を確かめるようにペタペタと触ってくるリーゼさんだけど、触ったところで分からないと思う。


「(どさくさに紛れてライル君の身体を触りまくれる絶好のチャンスううううううっ! ハァハァ)」


 やけに鼻息が荒いのはなぜだろう……?

 一方でレイラさんは「ねぇ、ボスと戦ったって話は!?」と急かしてくるし、目を覚ましてすぐだというのにカオスな状況だ。


 長く意識を喪失していたかと思っていたけど、どうやらせいぜい一、二時間くらいの話らしい。

 僕の他にも負傷者たちが冒険者ギルドに運び込まれ、治療を受けているところのようだ。


「がははははっ! 稀に見る激戦であったのう! 随分と経験値を稼げたわい!」

「もうしばらくバッタは見たくないでござるよ!」

「……見たくなくとも、街のあちこちに死骸が落ちているがな」


 どうやらゴルドンさん、ユズリハさん、ピンファさんも無事だったようで、僕が目を覚ましたと聞いてこの医務室に集まってきてくれた。

 ……狭い部屋なので、割とぎゅうぎゅうだけど。


「あれだけいたデスグラスパーはほぼ壊滅し、街への被害もほとんどありません。これは奇跡と言ってもいいでしょう。それもこれもライル君のお陰……あなたがいなければ、この街は恐らく壊滅的な被害を受けていたはずです」


 リーゼさんの言葉に、僕は首を振った。


「いいえ、僕は皆さんをサポートしただけですよ」

「「「あれのどこがサポートだ!?」」」

「……?」


 なぜかみんなから一斉にツッコまれてしまう。


 おかしいな?

 僕の渾身のサポートだったはずなのに……。

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