第42話 その言い訳を言えば納得すると思ってませんか

 アーゼルの都市全体を覆うように使った〈虫よけ〉。

 それでもデスグラスパーたちが真っすぐこの都市に向かってきていることから、一時は効果がないのかと思われた。


「弱体化させることができてる!?」

「そのようですね。考えてみれば、何か虫が嫌がるようなものがそこにあるから避けて通るわけで、無理やり通過しようとすれば何かしらの悪影響を受けるのは当然でしょう」


 この都市に近づいてきたデスグラスパーは、まず飛行能力を大幅に失うようで、次々と地面に着地していく。

 さらに跳躍力も低下しているためか、防壁をなかなか越えていくことができない。


「どうなっている!? いきなり動きが鈍くなったぞ!?」

「一気に倒しやすくなったな!」

「今のうちに街中のやつらを一掃するぞ!」


 街中に侵入したデスグラスパーと戦闘中だった騎士や冒険者たちは、変化に気づいて困惑しつつも攻勢を強めている。


「や、やった……っ! おれにも倒せたぞ!」


 あ、ガッツさんも一匹を仕留めたみたいだ。

 本当にかなり弱体化しているらしい。


「さすが、ライル君の生活魔法ですね。厳しい状況なのは確かですが、これで可能性が――」

「……マナポーションが必須だ!」


 リーゼさんの言葉を遮って、ピンファさんが叫んだ。


「いかにライルと言え、あの大群が通過するまで〈虫よけ〉をこの都市全体に及ぼし続けるだけの魔力はないだろう……っ!」

「っ、確かにピンファの言う通りです!」

「み、みんなで手分けして集めてくるでござるよ!」

「がはははっ! 残っている冒険者の連中にも集めさせるとしよう!」


 この場には僕の護衛としてリーゼさんだけが残り、三人が一目散に駆けていく。


「ちなみにライル君、マナポーションなしだと、〈虫よけ〉はどれぐらい持ちそうですか?」

「そうですね……かなり範囲が広い上に、強度を高めるためにそれなりの魔力を込めているので――」

「くっ……なるほど、確かに長時間の維持は難しそうですね……」

「――だいたい二時間ぐらいでしょうか」

「に、二時間!?」


 リーゼさんが素っ頓狂な声を上げた。


「持ち過ぎじゃないですか!?」

「まぁ、〈虫よけ〉は元々、使用魔力量の低い生活魔法なので」

「毎度毎度、その言い訳を言えば納得すると思ってませんか?」


 確かに二時間はそれなりに長く持つ方だろう。

 だけど、グラトニーレギオンはかなり広範囲に及んでいて、アーゼルを完全に通過するまできっとそれ以上の時間がかかるはずだ。


 そうこうしている間に、デスグラスパーの数がどんどん増えてくる。

 いつの間にか防壁の下方に溜まってきていて、仲間の身体を足場にしながら越えてくる個体も現れ始めた。


 それでもまだまだ序章に過ぎない。

 あまりにも密度が濃いせいで、夜の闇のようになった集団が迫りつつあるのだ。


 と、そのときだ。

 この防壁の通路の上にも、デスグラスパーが次々と着地し、こちらに襲いかかってきた。


「はあああっ!」


 もちろん一体一体はリーゼさんの敵じゃない。

 弱体化していることもあって、槍の一振りであっさりと絶命していく。


「でも数が多い……っ! 僕も加勢します! 〈害虫駆除〉!」


 ドラゴントレントを倒した直後に習得した生活魔法だ。

 まさにこの状況に打ってつけの魔法で、使った瞬間、周囲にいたデスグラスパーが一斉に肉片すら残さず消滅した。


「……え?」


 リーゼさんが唖然とした顔でこっちを見てくる。


「新しく覚えた〈害虫駆除〉という生活魔法です! 『叡智の指輪』のお陰で、〈虫よけ〉を維持しながらでも発動できるみたいです!」

「あなた、どれだけ活躍する気ですか!?」

「なんか怒られた!?」


 幸い〈害虫駆除〉も魔力の消費量が少ない生活魔法だ。

 しかもデスグラスパーが弱体化しているからか、軽めの魔力でも十分な効果があるようである。


 そこへユズリハさんたちが戻ってきた。


「マナポーションを持ってきたでござる!」

「ありがとうございます、ユズリハさん! って、それ、マナポーションじゃないですよ?」

「えええええっ!?」


 ユズリハさんは役に立たなかったけれど、ピンファさんは二十本以上、ゴルドンさんも十本以上のマナポーションを入手してくれていた。

 さらに他の冒険者たちも集めてくれたので、全部で五十本くらい集まった。


「並みの魔法使いであれば、二十回くらいは魔力をゼロから満タンにできる量ですね。……ライル君だとどうか分からないですが」

「……それはそうと、さっきからバッタが原因不明の消失を繰り返しているのだが」

「あ、それもライル君の仕業ですよ、ピンファ。〈害虫駆除〉という生活魔法だそうです」

「……もはや驚き過ぎて驚かなくなってきた」

「私は普通に驚きましたけどね」


 一方、この都市が誇る騎士団は、防壁の外へと打って出ていた。

 魔法を使える騎士はともかく、接近戦を得意とする騎士たちは、地面に降りて直接対峙する方が効率的だと考えたようだ。


「あのままだと防壁に穴を開けられてしまいそうですしね」

「確かに、どんどん抉られていってますね……っ!」


 防壁の下方に集まったデスグラスパーたちが、その鋭い牙で防壁に噛り付き、少しずつ削っているようだった。

 そういえばフェリオネアの防壁も、そんなふうに穴だらけにされていたのだ。


「防壁に穴を開けられたら厄介ですし、直しておきましょう。〈修繕〉!」

「いま何をしたんですか!?」

「防壁を〈修繕〉という生活魔法で直しました」

「そんなことまでできるんですか!? ……やっぱり何度でも普通に驚きますよ!」

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