第41話 底辺冒険者なのに
アーゼルの都市は悲鳴と怒号に溢れていた。
住民たちが押し合いへし合いしながら、我先にと都市の外に逃げようとしているのだ。
そんな住民の流れに逆らうように、僕たちは冒険者ギルドを目指す。
と、そのときだった。
「きゃああああっ!」
近くで悲鳴が上がる。
見ると、街の中に魔物の姿があった。
「バッタの魔物……っ!?」
全長は一メートル強と、魔物としてはそこまで大きくはない。
それでも鋭い牙を剥いて、若い女性に襲いかかろうとしていた。
「任せるでござる!」
ユズリハさんが一瞬で距離を詰めると、そのバッタを一刀両断してしまう。
「……どうやら一体だけではないようですね」
リーゼさんが神妙な顔で空を睨む。
よく見ると同じバッタの魔物が、何体も空を舞い、このアーゼルの街中に降り立とうとしていた。
「急ぎましょう!」
やがて冒険者ギルドに辿り着くと、いつもとは比較にもならないくらいの喧騒が待っていた。
「馬鹿なっ、街を捨てて逃げろだと!? そんなことできるか!」
「お気持ちは分かりますが、それでは犬死するだけです! いくらこの街の冒険者が総力を結集しようと、あれの前には完全に無力です!」
冒険者の男と、受付嬢が言い争っている。
よく見るとレイラさんだ。
「レイラ! これは一体どういう状況ですか?」
「っ……リーゼ! よかった、戻ってきたのね! じ、実は、この街に魔物災害が迫ってきていて……っ!」
「魔物災害……もしかして、あのバッタの魔物の大群のことですか?」
「そうなのよ! あれは――」
レイラさんが言い終わる前に、僕はその名を口にしていた。
「グラトニーレギオン」
「ライル君? 知っているんですか?」
もちろん知っていた。
なにせそれは、かつてシルアの故郷フェリオネアを襲い、都市を全壊させるほどの被害を及ぼした凶悪な魔物災害なのだ。
「……はい。数ある魔物災害の中でも、最悪クラスのものと言われています。デスグラスパーというバッタの魔物の大群が、あらゆるものを食い尽くしながら進軍していく……それは進軍ルート上に人間の都市があっても変わりません」
レイラさんが頷く。
「そうよ。あれの前には、いかに強力な冒険者たちと言え、太刀打ちは不可能なの。だから今、できるだけ街から離れた場所に避難するようにと、呼びかけているところよ。幸い日中の発生で、接近してくるのを早く察知することができたわ。あれに街が完全に呑み込まれるまで、まだしばらくの余地があるはず。でも、中には都市を守ろうと主張される方々もいて……」
それで冒険者の男と揉めていたのか。
「って、よく見たらガッツさん!?」
「ライルか……底辺冒険者なのに無謀なことを言っているのは分かっているんだ! だが、おれにはどうしても、この街を見捨てることなどできない!」
ガッツさん……気持ちは分かるけど、ガッツさんの実力じゃ、デスグラスパー一匹が相手でも割と苦戦すると思うよ?
いくら弱い魔物と言っても、ゴブリンよりは強い魔物なのだ。
説得を試みている職員さんたちも危険に晒しているわけだし、ここは大人しく指示に従った方がいいと思う。
もちろんそういう考えなのは、ガッツさん一人ではなさそうだけど。
「先ほど一匹を仕留めたでござるが、強さは大したことなかったでござるよ?」
「一匹だけならそうでしょう。ですが、見たでしょう? あの空を覆い尽くす巨大な靄を。あれは恐らく、バッタの魔物の集合体です」
「うげっ、あ、あれが全部、バッタなのでござるかっ!?」
昆虫が少し苦手なユズリハさんは今すぐに逃げ出したそうだ。
「……でも、相手が昆虫なら、もしかしたら僕の生活魔法が効くかもしれない」
「「「っ……確かに!」」」
僕たちは城壁の上に設けられた通路に来ていた。
巨大な靄は先ほどより明らかに近づいてきていて、街へのバッタの飛来数もどんどん増えてきている状態だ。
そしてこの場所から見ると、デスグラスパーで構成された靄は、空のみならず地上にも及んでいることがよく分かる。
「……騎士たちは都市に残って、デスグラスパーを討伐して回っていますね。あの大群とも戦う気でしょうか?」
「彼らはこの都市を守ることが使命ですからね。少なくとも全住民が街を離れるまでは、デスグラスパーを駆除し続けるつもりでしょう」
「がははははっ! 冒険者たちも血気盛んな連中は残っておるの!」
よく見るとガッツさんの姿もある。
「じゃあ、使ってみますね……っ! この都市全体に及ぶように……〈虫よけ〉!」
僕はアーゼルの都市を囲うように、〈虫よけ〉を発動した。
ここまで広範囲を対象に使ったのは、もちろん初めてのことだ。
「これが効果を発揮すれば、魔物災害そのものから都市を守ることができるはずですが……」
「今までの流れから考えて、一目散に逃げていく気がするでござる!」
「がはははっ! だとすれば、ライル殿は都市を救った英雄になるな!」
「……果たしてそう上手くいくだろうか」
リーゼさんたちも固唾を飲んで見守る中、〈虫よけ〉の効果が都市を覆い尽くす。
だけど、
「っ……魔物がっ……逃げていかないっ!」
僕は思わず顔を顰める。
街中にすでに入り込んだデスグラスパーも、こちらを目指して向かってくるデスグラスパーも、逃げていく気配がまったくなかった。
「やっぱり……っ! グラトニーレギオンを構成するデスグラスパーたちは、一度決めた進軍ルートを何があっても死守するって、本で読んだことがあるんです……っ!」
仮にそのルート上にドラゴンの巣穴があったとしても、デスグラスパーは迂回せずに進軍を続けるというのだ。
このアーゼルの都市は、まさにそのルートの途上にあるのだろう。
「いえ……落胆するのは早そうですよ、ライル君」
「え?」
「見てください。先ほどまでは空を飛んでいたデスグラスパーが、次々と地上に降りています。それに、軽々と飛び越えていた防壁を、なかなか越えることができなくなっています」
「もしかして……効いてないわけじゃない?」
どうやら〈虫よけ〉の影響を受けて、デスグラスパーが大いに弱体化しているようだった。
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