第40話 むしろそれはこちらの台詞

「ふぅ、だいぶ綺麗になったぜ!」


 Eランクの底辺冒険者であるガッツは、額の汗を拭いながら、にかっと白い歯を見せて笑った。


 アーゼルの街を取り囲む防壁。

 その上部には騎士団が周辺警備を行うための通路が設けられているのだが、彼はこの日、依頼でその通路の掃除を行っていた。


 屋根がない吹きさらしの場所であるため、風に乗って運ばれてきた砂や土、落ち葉や枝、時には鳥の糞や虫の死骸などが堆積しやすい。

 放っておくと排水溝の詰まりにも繋がるので、定期的な清掃が必要なのだ。


 地味で地道な仕事だが、ガッツはそういう無心になれる作業が嫌いではなかった。


「ライルの生活魔法があれば、これくらいあっという間に終わるんだろうけどな!」


 思い出すのは、つい先日まで見習いだった冒険者の少年の顔だ。

 少年とは何度かこうした清掃などの依頼を一緒にこなしたが、彼は万能とも言える生活魔法を駆使し、いとも簡単にゴミや汚れを取り除いてしまうことができた。


 受付嬢のレイラによれば、現在はCランク冒険者のパーティに加わり、ダンジョンに挑んでいるところらしい。

 しかもそれはここアーゼルでも有数の実力者パーティだというから、驚きだ。


「まぁ、あの才能だ! 遅かれ早かれ、おれなんかとは違う世界に行っちまうとは思っていたけどな!」


 ほんの少し寂しい気持ちもあったが、それを振り払うように元気よく叫ぶ。

 そうしてダンジョンのある方角へと目を向けた。


 騎士団員以外は立ち入り禁止で、この清掃の依頼のときしかこの城壁の上には登れないのだが、ここからの眺めはまさしく絶景だった。


「ん、何だ、あれは?」


 ダンジョンとは少し別の方向だったが、ガッツはあることに気がつく。

 遥か彼方の空が、見たことのない黒い靄に覆われていたのだ。


 近くを巡回中だった騎士たちも、ガッツと同じ方角を見ながら足を止め、不思議そうな顔をしている。


 さらによくよく目を凝らしてみると、空にぽつぽつと黒い点のようなものがあった。

 一体何だと首を傾げていると、


 バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタッ!


 すぐ頭上から響いてきた不気味な音。

 咄嗟に頭を上げたガッツが見たのは、


「……バッタ?」


 一匹のバッタだった。


 だがかなり大きい。

 全長は一メートルを超えているだろう。


「魔物!?」


 そんな巨大バッタが翅を広げ、ガッツの頭上を通過していく。


「ま、街中にっ……大変だっ! バッタがっ……」


 慌てて巡回中の騎士に報告しようとするが、その騎士は空を見上げながら愕然とした表情を浮かべていた。


「で、デスグラスパーだ……」

「え?」

「バッタの魔物……デスグラスパーだ……間違いない……それが、空を埋め尽くしながらこちらに向かってきている……」

「っ……」


 改めてガッツは空へと視線を向ける。

 ぽつぽつと見えた黒い点……それらはすべて、先ほど城壁を飛び越えていったバッタの魔物だった。


「ま、ま、まさかっ……あの遠くの靄もっ……全部、バッタの魔物なのか!?」


 その事実に思い至り、ガッツの背中を猛烈な怖気が走る。

 さらにそんな彼を絶望の底に突き落とすかのように、先ほどの騎士が叫んだ。


「ま、間違いない……バッタの魔物が引き起こす、最強最悪な魔物災害が……ここアーゼルに迫ってきているんだ……っ!」





 ダンジョンを攻略すると、ボス部屋から地上まで直通する階段が出現する。

 それを利用すれば、あっという間に地上に帰還することができた。


「それにしても、パーティに参加して、いきなりダンジョンを攻略しちゃうなんて思ってもみなかったです」

「むしろそれはこちらの台詞なんですけれどね、ライル君? あなたがいなければ、確実にそんなことは不可能でしたから」

「あれ、そうですか?」


 パーティに貢献できたということで良いのだろうか?


 まだ加入が正式に決定したわけではなく、まずはお試しということで参加させてもらっている状態だ。

 自分なりに頑張ったつもりではあるものの、判断はリーゼさんたちに委ねるしかない。


「……戻ったら少しレイラを問い詰めなければいけませんね。ある意味で、期待を大きく外れていたわけですので……」


 何やらリーゼさんがブツブツと呟いているけど、期待に応えられていたらいいなぁ。


 そうして〈歩行補助〉を使い、帰りもハイペースで移動する。

 やがて遠くにアーゼルの街が見えてきたときだった。


「何でしょうか? 少し、騒がしいような……?」


 アーゼルへと続く街道に、人が溢れていたのである。

 整備された街道とはいえ、魔物が出没することもあるため、用事がなければ住民は滅多に外に出ないはずだ。


「しかもみんな、大きな荷物を抱えています。アーゼルから出ていく人ばかりですし……」

「一斉に夜逃げでもしているでござるか?」

「がはははっ! まだ陽は高いぞ!」

「……あながち間違いではないかもしれん」


 ピンファさんが空を見上げながら言った。


「見ろ、向こうの空を」

「「「なっ……」」」


 彼が指さす方角を見上げた僕たちは、そろって言葉を失う。

 空を埋め尽くすように、黒く不気味な靄がかかっていたからだ。


 よく見るとそれは少しずつ動いているようだった。


「何ですか、あれは?」

「わ、分かりません……ただ、凶悪な何かが、ここアーゼルに近づいてきているようです」

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