【教育】本当に大切なことは、誰も教えてくれない

晋子(しんこ)@思想家・哲学者

真実はいつも自力で見つけ出さなければならない

人は、教わることでしか成長できないわけではない。

むしろ、教わらないことでしか辿り着けない領域がある。


音楽に限らず、芸術や執筆、そして生き方にまで通じるこの事実は、多くの人にとって耳の痛い真実だ。だが、私はこの考えを何度も自分自身の経験を通して噛みしめてきた。

先生や先人が素晴らしいメソッドを持っていて、それを分かりやすく教えてくれる。そんな都合のいい話を、私たちはどこかで期待している。自分が努力しなくても、優れた方法を他人が「授けて」くれるのだと。


だが、現実はそう甘くない。


本当に大切なことは、誰も教えてくれない。

それは意地悪だからではない。人は、大切なことを「うまく言葉にできない」からだ。あるいは、自分の中にある“核”のようなものは、他人に簡単に明け渡すことができないからだ。

教えたくても、教えられないのだ。

それほどまでに、大切なこととは個人的で、実感の上に築かれている。


また、優れた教師がいたとしても、その教師が伝えようとする「本質」を、学ぶ側が受け取れるとは限らない。

人は「自分の準備が整ったとき」にしか、真実に気づくことができない。

同じ言葉を聞いても、まだその準備ができていなければ、右から左へ流れてしまう。そしていずれ、「あの時言われたことは、こういうことだったのか」と後から気づく。だが、それでいいのだ。


大切なのは、自分で考え、自分で探し、自分で気づくこと。

これは受動的な学びでは得られない。どれだけ正しい理論を教えられても、それを本当に理解し、自分の血肉とするには、自分自身の問いと試行錯誤が必要だ。

まったく同じメソッドであっても、「教えられた方法」と「自分で気づいた方法」では、効果がまるで違う。前者はただの情報だが、後者は経験と直感と実感に裏打ちされた“知恵”となる。


私もかつては、優れた方法論を教えてもらえば自分も上達するはずだ、と信じていた。教わることに全力を注ぎ、他人から学ぼうとした。

だが、あるとき気づいた。どんなに多くを教わっても、それが自分の中で「腑に落ちる」瞬間が来なければ、何の変化も起きないということに。

学びは、外からではなく内側から始まるのだ。

教えられるのではなく、自ら導き出すとき、人は変わる。


この構造を知らないと、ずっと誰かに依存することになる。

新しい先生、新しい教材、新しい理論。

だがそれは、外側ばかりを変えているに過ぎない。肝心なのは、自分自身の学び方の構造を変えることなのに。


もちろん、教えを乞うことを否定しているわけではない。人は一人で学べるほど万能ではないし、先人の知恵を無視することは愚かだ。

だが、「誰かが自分を変えてくれる」「優れた方法を他人が持っている」といった幻想にしがみつくのは危険だ。学びの本質は、どこまでも自分の中にある。


だから、もしあなたが音楽でも文章でもスポーツでも、何かを上達させたいと願っているなら、他人の言葉だけで安心してはいけない。


本当に大切なことは、教えてもらえない。


いや、もっと言えば、「教えてもらったと思っていること」は、実はまだ自分の中で消化されていない可能性がある。


自分で考え、自分で発見し、自分で納得する。

この過程を踏んでこそ、それはあなたの“財産”となる。


外から与えられた知識は、風が吹けば飛んでしまう。

けれど、自分で見つけた知恵は、何があっても消えない。


それが、学びの本質である。

それが、教育の本質である。

そして、それが「本当に変われる人」の条件でもある。


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