第8話
土曜日の午後。
約束より少しだけ早く、中庭に着いた。
他の生徒たちは部活や下校でほとんどいなくて、校舎は静まり返っていた。
風の音と、遠くで誰かが打つバスケットボールの音だけが、やけに響いていた。
数分後、結月が姿を見せた。
「……待たせちゃった?」
「ううん、こっちが早く来ただけ」
そう言って微笑むと、彼女もふっと小さく笑った。
それだけで、少し安心する自分がいた。
◆
ベンチに座り、何かを言おうとして──でも、言葉が出てこなかった。
気まずい沈黙ではない。
でも、昨日までの空気とは少し違っていた。
「……玲奈さんと、話したんだよね?」
結月の声は、静かだった。
「うん。ちょっとだけ、だけど」
「そっか……」
それ以上、彼女は何も聞かなかった。
俺も、自分の中のもやもやをどう説明したらいいのかわからなくて、ただ手元のスマホをいじるふりをしていた。
──でも、次の瞬間。
結月が小さく、震えるように声を出した。
「……圭太くんは、私のこと、どう思ってるの?」
顔は伏せられていて、表情は見えなかった。
「好き、とかじゃなくていい。ただ……人として、どう思ってるのか、ちゃんと聞きたい」
それは、逃げられない問いだった。
◆
しばらくの沈黙のあと、俺は言葉を探しながら、ゆっくりと口を開いた。
「……最初は、ただ巻き込まれただけだった。秘密を知って、協力してって言われて、なんか流れで始まって……」
結月は、そっとこちらを見つめていた。
「でも……気づいたら、今日が楽しみになってて。仮の彼氏役なのに、ちょっと本気でドキドキしてて。……たぶん、そういうことだと思う」
彼女は目を丸くして、数秒間、何も言わなかった。
そして、ぽつりと呟くように言った。
「……そっか。なら、よかった」
「よかった?」
「私も、たぶん同じだから。ずっと“仮”のつもりだったのに……最近、それが“本物”みたいに感じてきてて。怖くなってた」
ふたりの間にあった“距離”が、ほんの少しだけ縮まった気がした。
「でも、これからも“講座”は続けるよ。だって、まだまだ勉強したいもん」
「……それ、俺も付き合わされる流れだよな」
「うん、もちろん」
笑いながら言う彼女の顔は、どこか照れくさそうだった。
たぶん今、俺たちは“仮”の一歩先にいる。
モテない俺が、校内一の美少女に「恋愛講座」受けてみた 星秋 @hishi_ll
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