第8話

土曜日の午後。

 約束より少しだけ早く、中庭に着いた。


 他の生徒たちは部活や下校でほとんどいなくて、校舎は静まり返っていた。


 風の音と、遠くで誰かが打つバスケットボールの音だけが、やけに響いていた。


 数分後、結月が姿を見せた。


「……待たせちゃった?」


「ううん、こっちが早く来ただけ」


 そう言って微笑むと、彼女もふっと小さく笑った。

 それだけで、少し安心する自分がいた。



 ベンチに座り、何かを言おうとして──でも、言葉が出てこなかった。


 気まずい沈黙ではない。

 でも、昨日までの空気とは少し違っていた。


「……玲奈さんと、話したんだよね?」


 結月の声は、静かだった。


「うん。ちょっとだけ、だけど」


「そっか……」


 それ以上、彼女は何も聞かなかった。


 俺も、自分の中のもやもやをどう説明したらいいのかわからなくて、ただ手元のスマホをいじるふりをしていた。


 ──でも、次の瞬間。


 結月が小さく、震えるように声を出した。


「……圭太くんは、私のこと、どう思ってるの?」


 顔は伏せられていて、表情は見えなかった。


「好き、とかじゃなくていい。ただ……人として、どう思ってるのか、ちゃんと聞きたい」


 それは、逃げられない問いだった。



 しばらくの沈黙のあと、俺は言葉を探しながら、ゆっくりと口を開いた。


「……最初は、ただ巻き込まれただけだった。秘密を知って、協力してって言われて、なんか流れで始まって……」


 結月は、そっとこちらを見つめていた。


「でも……気づいたら、今日が楽しみになってて。仮の彼氏役なのに、ちょっと本気でドキドキしてて。……たぶん、そういうことだと思う」


 彼女は目を丸くして、数秒間、何も言わなかった。


 そして、ぽつりと呟くように言った。


「……そっか。なら、よかった」


「よかった?」


「私も、たぶん同じだから。ずっと“仮”のつもりだったのに……最近、それが“本物”みたいに感じてきてて。怖くなってた」


 ふたりの間にあった“距離”が、ほんの少しだけ縮まった気がした。


「でも、これからも“講座”は続けるよ。だって、まだまだ勉強したいもん」


「……それ、俺も付き合わされる流れだよな」


「うん、もちろん」


 笑いながら言う彼女の顔は、どこか照れくさそうだった。


 たぶん今、俺たちは“仮”の一歩先にいる。

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モテない俺が、校内一の美少女に「恋愛講座」受けてみた 星秋 @hishi_ll

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