エピローグ

 厨房には、誰もいなかった。


熱気はすっかり消え、鍋やまな板も、まるで舞台を降りた役者のように沈黙している。

 そこへダイゴが足音を響かせながら入った。

 だレからの返事もない。冷たい石造りの部屋。

白衣に袖を通し、水を張り、野菜を切る。


包丁の音だけが、響いた。


 ふと、カウンターの隅に紙片が置かれているのに気づいた。

 そっと手に取り、開く。


 ──《ダイゴさんへ》

 帰ったら、またみんなで料理をしましょう。
それが、ひとつだけのお願いです。

 まだ伝えたいことがある気がするので、帰る理由はそれにしておきます。

 ──《ノラ》


 ダイゴは手紙を読み終えると、何も言わずにそれを折り、丁寧にポケットに収めた。

待つというのは、なにも、ただ立ち止まることじゃない。
誰かの帰りを信じて、火を絶やさず、場所を守り続けること。

 それだって戦いだ。


 ガスコンロのつまみを倒す。

 まるで運命のスイッチを切り替えるように。

 何かに祈るように。

 ゆっくりと。


 カチッと小気味の良い音が響くと青白い炎が、ぽんと音を立てて灯った。

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素晴らしきヴァルハラ飯店の日々 松本もか @mookaa

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