第1章 最終第35話 響き続ける、私たちのコンチェルト
和泉 律の「僕、このアトリエがいいです」という言葉は、アトリエ「ノクターン」に提示された再開発の新たな提案を前に、揺れ動いていたメンバーたちの心を一つにした。それは、彼らの「路地裏のコンチェルト」の最終楽章において、最も強く、そして純粋な「音」として響き渡った。
律の言葉を受け、**佐倉 結月(さくら ゆづき)**の目に確かな光が灯った。彼女は、律の隣に歩み寄ると、強く頷いた。「うん。私も、そう思う。このアトリエが、一番いい」
結月の言葉に、**風見 拓人(かざみ たくと)**は、一度は迷いの表情を見せたが、やがてその顔に、覚悟を決めたような笑みが浮かんだ。
「だよな。俺たちの音は、ここでしか出せねぇよ。新しい場所なんかじゃ、つまんねぇ音しか出ねぇだろうな」
彼の「弦の軋む音」は、もう迷いではない。このアトリエと共に歩む、確かな決意の響きだった。
**瀬戸 美緒(せと みお)**は、何も言わず、ただ律をまっすぐ見つめていた。しかし、その瞳には、律への感謝と、この「居場所」への深い愛着が宿っていた。彼女の「砕けた破片の歌」は、このアトリエでしか奏でられない、唯一無二の調べなのだ。
**星宮 灯(ほしみや あかり)**は、律の言葉を聞いて、そっと顔を上げた。彼女の目は、不安の色ではなく、穏やかな決意に満ちていた。彼女にとって、このアトリエが持つ「安心」は、何よりも代えがたいものだ。彼女の「沈黙の音色」は、この場所でなら、いつまでも響き続けることができると信じているかのようだった。
彼らは、NPO団体と共に、再開発会社への最終回答を伝えた。提示された代替案と資金援助を丁重に断り、このアトリエの存続を、改めて強く訴えたのだ。再開発会社の担当者は、彼らの予想以上に頑なな態度に、困惑を隠せない様子だった。
しかし、彼らの決断は、世論に大きな影響を与えた。SNSでは「#路地裏のコンチェルト」のタグがさらに盛り上がり、アトリエの活動は全国ニュースでも取り上げられるようになった。「単なる開発ではなく、文化的な価値を守るべきだ」という声が高まり、行政にも大きなプレッシャーがかかり始めた。
そして、運命の日。
再開発の最終決定が下される公聴会の日が来た。アトリエのメンバーとNPOのスタッフ、そして彼らの活動を支援する多くの人々が、会場に集まった。再開発会社の弁護士が事務的な説明を続ける中、律は、彼ら「路地裏のコンチェルト」の「音」が、この場に響くことを願っていた。
その時、公聴会の最後に、NPOの代表が、アトリエのメンバーたちの活動と、彼らがこの場所にかける思いを、力強く訴えた。そして、その訴えを裏付けるかのように、会場の大型スクリーンに、星宮 灯が描いたアトリエのイラストや、瀬戸 美緒の彫刻の写真、そして風見 拓人のアトリエテーマ曲のミュージックビデオが映し出された。そこには、律のピアノの音と共に、このアトリエで生まれた彼らの「音」の全てが凝縮されていた。
会場に集まった人々は、その映像と音に、静かに、しかし深く心を動かされた。律は、隣に座る拓人のギターを持つ手が、かすかに震えているのを見た。美緒は、自分の作品が映るたびに、そっと目を閉じ、そして開いた。灯は、スクリーンを見上げながら、その瞳から一筋の涙を流していた。
最終的な決定は、まだ下されていない。再開発の波は、依然として大きく、彼らの前に立ちはだかっている。しかし、この瞬間、律は、彼らの「音」が、確かにこの場所に、そして社会に、深く響き渡ったことを実感していた。
数週間後。
アトリエ「ノクターン」には、再開発の計画が「一部見直し」となった、というニュースが届いた。アトリエの建物自体は、再開発区域から外れ、存続が決定したのだ。彼らの「路地裏のコンチェルト」が、奇跡を起こした瞬間だった。
喜びと安堵の歓声が、アトリエ中に響き渡った。律は、喜びの涙を流しながら、メンバーたちと抱き合った。
このアトリエで、律は「見えない音符」から、自分自身の「音」を見つけた。そして、拓人、美緒、灯、結月という、かけがえのない仲間たちと共に、その「音」を奏で続けた。彼らの「コンチェルト」は、完璧ではない。不器用で、それぞれの不協和音を抱えている。しかし、それこそが、彼らの「生きる音」なのだ。
アトリエの窓から差し込む、柔らかな午後の光。古いピアノの鍵盤が、温かく律の指を包む。律は、アトリエのテーマ曲を、ゆっくりと弾き始めた。その音は、喜びと感謝、そして未来への希望に満ちていた。
路地裏の片隅で、彼らの「コンチェルト」は、これからも響き続けるだろう。時に静かに、時に力強く。そして、その音は、彼らがこの場所で出会った、真の「居場所」の響きとして、いつまでも、人々の心の中で鳴り響くだろう。
終わり
次の更新予定
「路地裏のコンチェルト」 暁月 紡 @akky0nipponbashi
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