第36話 冒険者視点 馬鹿らしい
とある冒険者視点
……やっぱ、俺、来るべきじゃなかった。
「調査依頼だって言ったじゃねぇか……ただの『霧の森の調査』。魔力衝突があったて言っても……。深層域以上なんてあり得ないだろッ!」
いや、わかってたんだ。
ガンが「面白そう」って言いながら誘ってきた時点で、嫌な予感はしてた。
だいたい、あいつの「面白そう」は「死にかけそう」と同義だ。
でもまぁ、俺も速さには自信があったし。
どんなヤツが出てきたって、見切って、避けて、刺して、終わり。
そのつもりだった。
──が。
「なんだよあれ……っは、ふざけんなよ……」
俺は、倒木の影に片膝をつきながら、荒い息を殺していた。
左足はもう動かない。いや、正確には“砕かれた”。
ほんの数秒前だ。
俺は、森の奥で動く“何か”を目にした。
異様な魔力の波。温度のない殺気。見た瞬間、全身の毛が逆立った。
それでも、見間違いかと思った。
――──ただの木、だろ?と。
その油断が命取りだった。
気配も音もなかった。
俺の目にも映ってなかった。
でも、確かに“いた”のだ。あれは動いていた。あの木は……
――――伝説のトレントは、意思を持って、俺を殺しに来ていた。
見た瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
だけど、怖がってたら負ける。だから俺は、全身に魔力を巡らせ、森の地を滑るように一気に距離を詰めた。
速度なら、負けない。
そう思った。一撃くらいなら入れられると思った。
──で、結果。
「秒で足を折られるとか、嘘でしょ……!?!?」
俺が踏み込むより早く、地面が蠢いていた。
根だ。太い根が俺の足元から飛び出し、空中で真横から俺の膝を“挟んで”へし折った。
見えなかった。避けられなかった。気づいたら地面に転がっていた。
視界がグルグル回って、血の味が口の中に広がる。
これが……“森”の意思だとでも言うのか……?
俺は、傷んだ足をかばいながら這いずった。
あのままじっとしてたら、次の一撃で終わってた。根が、完全に「殺しに」来てた。
そして、横転した拍子に──見えた。
「……ガン……?」
あの化け物みたいな槍使いが、腹を貫かれて宙吊りになっていた。
は……?
マジで、死んだのか……?
一度も勝てなかった男。
誰の攻撃も通じなかった化け物。
一緒にいた理由も、正直「あいつの機嫌を損ねた方が危ないから」だった。
そのガンが──
「死んだ……のか?」
思考が止まった。
いや、止めていた。
これ以上、脳みそを使って何か考えるのは危険だ。精神に悪い。
「ダメだ。無理。無理無理無理無理、帰る。帰ります、ハイ。こんなのと戦って死ぬとか馬鹿らしい」
俺は、震える手で懐から転移石を引き出す。
事前準備に感謝。依頼内容が「霧の森」だったから、念のために用意しておいた。
「マジでこれ持ってきた俺、天才じゃね?」
どこか遠くで、また木が軋んだ。
さっきまで俺の首を取りに来ていた根の群れが、また地面の下から蠢いている気配がする。
ヤバい。
今度こそ、殺される。
転移石に魔力を注ぐ。
「ごめんね王様だか木様だか知らんけど! 俺には荷が重すぎたわ!! 俺、帰るよ!」
パキン、と石が割れた。
刹那、視界が白に染まる。
✾ ✾ ✾
――──着いたのは、町の転移広場だった。
「っ……ハッ、ハッ……生きてる……っ!! よかった、生きてる! よし、勝ち! 俺の勝ちぃっ!!」
思わず笑った。
足は痛い。むしろ激痛。でも、生きてる。
何が調査だよ。ふざけんな。
あれは災害。エリアごと閉鎖すべきだ。二度と行かねぇ。
……いや、俺はちゃんと働いたよな?
霧の森には確かに行った。調査もした。記録もとった。
だから──これ、俺が最終的に生き残って帰ったの、英断だよな?
――――報告書? ああ、書くよ。“森に神がいた”って一文で全部終わるけどな……
そう、もう関わらない。関わる必要がない。
俺は、一人きりで夜の広場に腰を下ろしながら、
誰もいない空に向かって、中指を立ててやった。
――──「タヒね。全部まとめてタヒね」
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