第35話 ガン視点 本当の敵は

ガン視点



――──おい、なんだこの森。


 瞬間、空気が変わった。音も、匂いも、全部だ。

 わずかに立ち込めていた霧が、急激に冷たくなる。風の音すら消えた。


 それと同時に、全身の毛が逆立った。

 俺はな、こーいう“嫌な予感”にだけはやたら敏感なんだよ。


「……ナメてたかもしんねぇな、ここ」


 ゴブリン。

 普通はただの小型魔物の群れだ。道具もろくに扱えず、知恵もない。

 だが、あの黒炎のやつは違う。剣の使い方も、間合いも、気配の質も全部。


 何か混ざってやがる。普通の魔物じゃねぇ。

 そしてもう一体──喋るゴブリン。あれも気味が悪い。


 けどな。正直、そいつらよりももっと──圧倒的に“嫌な感じ”がしてる。


「……こっちか」


 俺は槍の柄を強く握る。霧の中、誰かが“見てる”。それも一人や二人じゃない。


「……見られてる。正確に、位置、バレてる……」


 けど、気配が見えねぇ。音もない。殺気すら感じねぇ。

 それなのに──いる。確実に。


 次の瞬間、視界の端で“何か”が動いた。


 ……木、か?


 いや、違う。木が動くわけない。木は立ってるもんだろ。

 なのに、今、目の前の木が“踏み出した”。


「……は?」


 音を立てて、根をうねらせ、枝を軋ませながら、木が前へ進んでる。


――──嘘だろ。


「なんか生えた!? いや、立った!? いや、待て! 木が動いてる!?」


 そんなアホみたいな台詞が口から出た頃には、もう手遅れだった。

 俺は完全に囲まれていた。五体の“木”が、いや、何かが周囲を囲んでいる。


 形はバラバラだ。背が高いやつもいれば、腕が異様に長いやつもいる。

 けど、一つだけ共通してる。


 どれも、明確な殺意を向けてきやがる。


「っは、いいねぇ。楽しくなってきたじゃねぇか……!」


 腕が震える。槍が空気を裂く。ゾクゾクする。これだ。

 これだよ。この感じ。この緊張。この“死合い”。


「来いよ。木でも岩でも、動いた時点で敵だ」


 と、言いながらも、どこかで冷静に状況を見ていた。

 ……いや、ちょっと待て。


「おい……なんか地面も動いてねぇか?」


 土の中。足元。何かがいる。

 ゾワッとした感触とともに、地面がモコッと盛り上がる。


「……っ!」


 避けようとした瞬間、地中から“根”が突き上がった。

 ブシュッッと肉を裂く音。脇腹に鈍い痛みが走る。布ごと裂かれた。


「チッ……ッは、いいねぇッ!!」


 血が出ると、テンションが上がる。

 これだ。俺が求めてたのは、この命のぶつかり合いだ。


「こんの野郎ぉッ!!」


 槍を振るう。刃が木肌に食い込み、火花を散らす。

 だが止まらない。次から次へと来る。

 まるで指揮系統でもあるかのように、整然とした動き。数も、質も、ヤバい。


「なあおい!! そっちの状況どうなってる!?」


 霧の向こうにいる短剣野郎へ叫ぶ。

 返事が、遅い。遊んでる暇、なさそうだな……。


 その瞬間、背後からまたドン、と巨大な根が突き上がった。

 跳躍でかわす。受け身。横転。

 体が重くないのが救いだが、どんどん包囲が狭くなる。


「……っは、ほんとなんなんだこの森……ッ!!」


 これは、魔物の森なんかじゃねぇ。

 ここそのものが──“敵”だ。


 木が動き、根が伸び、幹が打ち込まれる。

 下手すりゃ、黒炎のゴブリンよりヤベェ。


「なんで、こんなもんが──何も聞いてねぇぞ、依頼に書いてねぇ!!」


 けど、口が勝手に笑ってる。

 最悪だ。でも──最高だ。


「ははっ……楽しいじゃねぇか、森ッ!!」


 動く木? 喋るゴブリン? 人語しゃべるやつ? 

 まとめて、殺る価値は──


「十分だッ!!」


 槍を構え、一閃に全てを込めた。


「終わりにしてやる──ッ!!」


 踏み込んだ瞬間だった。



「やめろおおおおお!!」


 ……は?


 後頭部に、何かがぶつかった。

 ゴツッと。石だった。言葉を話すゴブリンか。


「っだああ!?邪魔すんじゃ――」


 言いかけた瞬間、目の前が暗くなった。


 ドスッッ!!


 腹に、何かがめり込んだ。

 見れば、巨大な根。地面から伸びてきた、無骨で太い根。


「……が、はっ……!?」


 呼吸が止まる。

 体が持ち上がる。槍が手から離れる。目の前の景色がグルリと回る。


 ……ああ、クソ。なんだよ。

 木が動いて根が刺さるとか……この森、どこまで本気だよ。


 地面に叩きつけられる直前、最後に見えたのは──


 まるで、何かを咎めるように、ずうっと立ち尽くしてる一本の巨木だった。


 ……あれが、親玉か?


 


 


 ……んなバカな。

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