第6話

 ある晩、夜中に、サトルが小さな声で隆泰を呼んだ。隆泰は、目を覚まし、気のせいかと思ったけれど、やはり、サトルが呼んでいる。

 隆泰は、起き上がって、サトルに近寄った。

「どうした?」

「なんか、苦しい」

 そう言われても、隆泰にはどうしてやることもできない。

「呉橋さんに連絡する?」

「大丈夫」

 全然大丈夫な感じではない。でも、連絡するのは嫌がるし、もともと、サトルと呉橋さんは、回線でつながっているはずだ。隆泰は、サトルの手を取った。

「ほんとに大丈夫」

 サトルの言葉に反して、隆泰は、どんどん不安をつのらせた。何もできないというもどかしさに苛まれる。

 サトルを抱き上げると、ベッドに座り、そのまま、サトルを抱き続けた。そっと包みこむように抱いて、手を握る。こんなことをして何になる。自分の自己満足だ と、隆泰は思う。でも、こうする以外、思い浮かばなかった。

 そのまま、サトルは元気がなくなってしまった。朝になって、サトルはほとんどしゃべらなくなっていた。3日がたって、状態は改善しない。

 サトルは嫌がっていたが、隆泰は、サトルをかかえて、呉橋のもとへと向かった。

 呉橋は、サトルを受け取ると、そのまま、隆泰を応接室に案内した。サトルを自分の隣に座らせる。

「君に話がある」

「そんなことより、サトルを早く……」

「このぬいぐるみは、遠隔装置なんだ。サトル君は人間で、病院に入院している」

「呉橋先生!」

 ぬいぐるみのサトルが苦しそうな声で、小さく叫んだ。これは、遠くの病院にいるサトルの声がぬいぐるみの中のスピーカーから聞こえている…… ってこと?

「いいんだよ。これで」

と、呉橋が答える。

 隆泰は、頭の中がぐるぐるしてしまう。サトルは人間? そんな可能性は、1度も考えたことがなかった。頭が簡単には切り替わらない。サトルは、キツネのぬいぐるみじゃない…… AIじゃない……

 ぬいぐるみのサトルは、手と頭しか動かなかった。瞬き、耳の動き、首を振る、首を傾ける それによって、感情表現していたけれど、それは、遠隔操作だったんだ。確かに可能だと思う。そして、会話は、内臓されたスピーカーとマイクで、普通に話せる。では、本当のサトルは……

 俺だけが騙されていた。馬鹿みたいだ。

 いや、そんなことどうでもいい。入院……、病気のか。それで苦しそうだったんだ。呉橋さんは、遠隔操作できるぬいぐるみを作っただけ。病気のサトルを治すことはできない! やっと、そこに思い至った。

「サトルの容態は、どうなんですか。なんの病気なのですか?」

「原因も治療法もあまりわかっていない難病で、体が思うように動かせない状態だ。でも、今、すごく危険というわけではない。君が会いに行けば、よい影響があるのではないか と、わたしは思う」

「だめ……」

 サトルが、うめくように言う。

「だめじゃないよ。サトル」

 隆泰は叫んだ。

「……」

「俺は、おまえがAIじゃなくて人だったと知って、とても嬉しい。だけど、病気って聞いて、居ても立ってもいられない」

「ぼくは、君が思うような人間じゃないよ」

「……それは、体のことを言っているのか?」

「……」

「人は、まず外見の印象で判断する。それは、俺も同じ。でも、友人と思えるようになったのは、そこじゃない」

「でも……」

「とにかく、これから会いに行くから」

「……」

「それにしても、呉橋さん、どうして、最初にちゃんと話してくれなかったのですか。俺は何も知らないから、サトルを傷つけるようなことを言ってしまった」

「わたしも、君が知っているほうがいいと思っていた。でも、サトル君の強い希望だったんだよ」

「なんで……」

「もともと、わたしは、サトル君の生活を介助する装置の製作を依頼されていた。でも、生きる意欲に乏しいサトル君には、友達が必要なんじゃないかと思い、ほかの人とコミュニケーションできる遠隔装置の製作を申し出たんだ」

「……」

「サトル君は、それを喜んだが、できれば、相手には、自分が人間であることを言わないで欲しいと言った。将来的に、君の重荷にはなりたくないからだよ」

「重荷……」

「サトル君は、介助者が必要だからね。君は、そういうサトル君から、あっさり離れられる?」

「それは無い」

「サトル君は、勝手にもう潮時だ と考えて、わたしに終了して欲しいと言ってきた。でも、それはサトル君にとって耐えがたい決断で、そして、具合が悪くなってしまったんだ」

「別に終わる必要なんて全然無いと思う。と言うか、遠隔装置は終了で、これからは、電話と直接面会ですね」

「そうして欲しい。わたしなりにずっと君たちのことを考えていたのだが…… 君は、絵が上手なんだってね。サトル君は、本を読むのが趣味で、自分でも子供向けの詩を書いたりしている。だから、2人で、詩画集とか絵本とか作ったらどうだろうか」

「2人でいっしょに何か作る というのは、素晴らしいと思います。先のことを考えてもわからないし、悪いほうに考えてためらってしまうのは、後ろ向きだ。とにかく、これから会いに行くよ。サトル」

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