第3話

 克己かつみを送り出したなぎさは、一人熟考して居た。今後の十二主家の事、これから卯佐家うさけが取るべき行動の事。そして、子津家ねずけ滅亡を企てる犯人の動向の事。やるべき事は多岐に渡って居た。だが、これだけは一環して居た。

『……我等、卯佐家は子津家を裏切ら無い……決して……何があろうとも……』

 他の主家に忠誠を誓う事だけは、断固として受け入れがたかった。

「……子津の存在が、私の存在意義なのだから……」

 何せ、自分を卯佐家の人間では無く、唯の渚として見てくれた克己の役に立つ事が生き甲斐と言っても差支え無いのだから―


 さて、場所は変わり。克己は、娘―美咲みさきの亡骸と共に帰路に着いた。事前に、美咲の葬儀に伴い屋敷の一室の準備は言い付けて有る為、後は搬入するだけとなって居る。だが、久々の帰省が亡骸になってとは思わなかったが。

「……美咲を、部屋に運んで来れ……私は、先に自室で休むから……何か有れば咲紗羅ささらに頼むと良い……」

「……承知しました。さぁ、丁重に部屋に運ぶぞ」

「「「はい」」」

 疲労困憊の克己の姿に、部下達は思う所は有るものの口を紡ぎ、美咲の亡骸の搬入作業に取り掛かった。其れを、何処か遠い目で見送った克己は、重い足取りで屋敷に歩を進めた。


「………じぃじ……っ!!!!」

「…………美和みわ………何故、玄関に……部屋に居なかったのか……?」

 そんな克己を出迎えたのは、涙を滲ませた美和の姿だった。其の姿を捉えた克己は、驚愕しながらも必死に自身に手を伸ばし、抱っこを所望する美和を抱き抱えた。そこへ、通り掛かった待機組の部下の一人が、克己の疑問に答えた。何でも、克己が屋敷を後にしてから、ずっと玄関に居座り続けて居た事。部屋に促しても、梃子でも動こうとしなかった事。仕方無く、外に出無い様、見張りを付けて見守って居た事等、克己は顔を覆いながら部下の報告を聞いて居た。

「……どうしても、親父殿を待つと言って離れ様としなかったもので……」

「……否、構わん……報告御苦労、後は下がって良い……」

「…はい」

 報告をした部下を克己は下がらせ、自身にしがみ付く美和をあやしながら語り掛けた。

「……美和……玄関で待たなくても、部屋で待ってても良かったのだぞ……」

「…………ゃだ………みわ、へやでいいこしてたら……ママが………」

「………っ」

 だが、美和の言葉を聞いた途端、克己は全てを悟った。美咲の件で、美和の心身に大きなトラウマを植え付けた事を―


 其れも其の筈。美和はまだ幼いながらも、聞き分けの良い子であった。只、母で有る美咲の言い付けを守りたい、そうすれば母が喜ぶと言う一心から行動して居たに過ぎ無い。なので、美和自身の心情は、母と離れたく無い、一緒に居たいと言う、至極当然の感情が、克己との出会いで変化した。美和の中で克己は、母と同じ位安心する人と認識され、離れたく無い、一緒に居たいと言う心情で行動して居た。故に、母で有る美咲を亡くした喪失感が表に現れる事は無かった為に、美和の悲壮に気付く者が居なかったのだ。其れでも気丈に振る舞おうとする美和を、克己は肩に顔を埋め、口を震わせながら言葉を紡いだ。


「……すまない、美和……寂しい想いをさせて締まって……ママが居なくなって、一番哀しいのは美和なのにな……」

「………さみしいけど……じぃじがいるもん……だから……みわ、へいき……」

「…………っ、そうか……でも、淋しい時はちゃんと言いなさい……私が仕事で居ない時は、咲紗羅や屋敷の者にでも良い……今迄、ママの前で我慢して来ただろうが、此処では我慢しなくて良い……」

(……美咲も、美和位の年頃で聞き分けが良過ぎたからな……似無くて良い所迄、似て締まったか……)

 母で有る美咲と思想迄似て居る美和に、克己は面影を重ねた。そして、不服そうな表情で唸る美和の頬を指で突きながら、尚も言葉を続けた。

「……そんな顔をするな……美和の可愛い顔が、台無しになるだろう……」

「……みわ、かわいい……?」

「……嗚呼、美和は可愛い。美和のママと同じ位、可愛い」

『可愛い』と言う単語に首を傾げながら聞き返した美和に、頬を撫でながら克己は微笑み掛けた。其れに美和は、ママと同じと言われた事が嬉しかったのか、満面の笑みを克己に向けた。其れに克己は、僅かに目を見開いたが、直ぐに何事も無かったかの様に微笑み返し自室に歩を進めた。


 頬に擦り寄る美和を抱き留めながら歩を進める克己を引き止める人物が居た。

「……あっ…親父殿、御帰りなさいませ。御出迎え出来ず申し訳有りません……葬儀の件で、少し確認したい事が有るのですが……今、宜しいですか?」

 美咲の葬儀の件で慌しくして居た咲紗羅が、克己の姿を認めるや否や、他の者に断りを入れ駆け寄りながら話し掛けた。

「……嗚呼、咲紗羅か…否、仕事が忙しいのだろう……何か、不備でも有ったのか?」

「いえ、不備と言う訳では無いのですが……葬儀に御呼びする方々の件で―」

「―葬儀には、誰も呼ば無い事にした」

 そんな咲紗羅の態度に、克己は気にも止めず話を促した。だが、咲紗羅が放った一言に、克己は間髪入れずに応えた。其れを聞いた咲紗羅は、一瞬理解が追い付かなかったが、直ぐに我に返り克己に問い掛けた。

「………はっ………えっ………???……誰も……呼ば無いのですか………????」

「呼ば無い。此件は内々で済ませる。分かったら、持ち場に戻れ」

 咲紗羅の疑問に、克己は異議を唱える暇を与えず、話は終りとばかりに其の場を離れた。其れに咲紗羅は焦り、克己の進行を妨げた。

「…っ、親父殿!!せめて理由だけでも教えて下さい!!我々には、言えぬ事ですか?!!」

「………そうでは無い………」

「…では、理由を話して下さい。我々が、納得する理由を」

 意地でも引かぬ咲紗羅に折れた克己は、長い溜息を付いた。そして、未だに頬に擦り寄る美和を抱え直しながら言葉を紡いだ。

「…………まだ……美和の存在を報せるには、時期尚早だ……其れに、美咲の件の片が付いて居ない以上、美和の存在を公には出来無い。美和の身の安全の為……美咲と同じ末路を、辿って欲しくは無い……」

「………!!!!」

 克己の発言に、咲紗羅は言葉を呑んだ。自分の預り知らぬ所で、克己は美和の今後の事迄思案して居たのだ。


 美和の見た目からして、まだ十にも満たぬ年頃の子に、名家の重圧に耐え得る統べ等無いに等い。其れに、母で有る美咲を亡くしてまだ日が経って居ない上、今後の事を考える余裕等有る訳無い。否、そこ迄思考をする程の、年頃にも満たして居ない。故に、母で有る美咲の実父で、美和の祖父の克己に、美和の今後を一任する権限が委ねられた。克己としては、名家と関係無く普通の暮しをして欲しいのが本音だが、美咲の件も有り目の届かぬ所には居て欲しくは無い。まだ年端も行かぬ美和が、美咲と同じ末路を巡って欲しくは無い。子津家の因果に、美和を巻き込みたくは無い。そんな、様々な思考が駆け巡った末に克己が出した解は、美和の存在を秘匿する事だった。其れが、果して最善策かは分から無い。だが、美和は『唯一の子津家の後継者』に成りうる存在。身の安全を考えたら、時が来る迄秘匿するのが最善かも知れない。だが、何処で情報が盛れるか分からぬ以上、主家の面々を美咲の葬儀に招集するのはリスクが高い。葬儀終了迄、美和を隠匿する事等不可能に近い。何せ、美和の母で有る美咲の最期の見送り位させてやりたい上に、克己に甘えたな美和を隠匿等出来やしない。美咲を殺めた人物が誰か分からぬ以上、美和に危害を加えぬ保証は無い。寧ろ、子津家滅亡を狙うなら、体の良い格好の的だろう。


「……其処迄考えが及ばず、申し訳有りません…美咲様の事に掛かり切りで、美和御嬢様の事迄気が回らず…」

「……否、気にする事は無い。今は、美咲の葬儀を無事に終わらす事だけ専念してくれ……では、私は暫く部屋で休むから…後は頼んだ」

「…承知致しました。御疲れの所、引き留めてしまい申し訳有りません」

 苦悶の表情で謝罪をする咲紗羅に、克己は船を漕ぎ始めた美和を抱え直しながら静かに告げた。其れに咲紗羅は、表情を引締め礼を取った。其の姿に、克己は軽く頷き自室に歩を進めた。


 微睡み出した美和を布団に寝かし付けた克己は、顔を片手で覆いながら長い溜息を付いた。其の顔色は悪く、自身でも気付かぬ内に美沙の変わり果てた姿に気が滅入って居た様だった。


 瞼を閉じれば、思い出すのは在りし日の美沙の姿。かなりの甘えん坊で、小鳥の刷り込みの如く、何処に行くにも後を付いて回る姿に、仕事で家を出る際何度手を子招いた事か。何度、妻と何方が己を好いて居るかと言い争をしていた事か。そんな些細な思い出が幾重にも脳裏を過ぎり、遂には耐え切れ無くなった克己は、静かに嗚咽を押し殺し瞼を濡らした。


 其れから数日後、美沙の葬儀が粛々と厳かに執り行われた。顔色の優れない克己に、部下達は想う事はあれど話掛けられる雰囲気では無く、咲紗羅に至っては苦虫を噛み潰した様な表情をして居た。そして美和は、終始克己の肩に顔を埋め表情を伺い知れなかった。それぞれの内情渦巻く中、無事に葬儀は終了したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私のじぃじが、最強だった きまぐれ本舗 @shykra

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画