ホワイトアウト・トラップ

奈良まさや

第1話

『ホワイトアウト・トラップ』


第一章 吹雪の中の孤立


猛烈な吹雪の中、国道を外れた山道で日産ノートがスタックした。エンジンを止めれば凍死の危険があるが、燃料も残りわずか。車内には、匠、美咲、圭太、そして愛の4人が閉じ込められていた。

まず、排気口に積もった雪を取り除くため、圭太が外に出ることに。しかし、極度の寒さにさらされた彼は、「矛盾脱衣」という低体温症末期の症状で防寒着を脱ぎ始めてしまう。かろうじて理性を保った圭太は、脱いだ防寒着を抱えて車内に戻るが、この出来事が彼の体力を著しく消耗させた。


第二章 崩れる信頼と最初の死


車内での生活は極限状態に陥り、ルールが設けられた。エンジンの断続的な稼働、限られた防寒具の共有、そして車内での排泄。しかし、その夜、愛と美咲は恐ろしい決断を下す。愛が匠の紅茶に睡眠導入剤を混入させ、眠り込んだ彼を美咲と共に外へ引きずり出したのだ。防寒着も靴も与えられず、吹雪の中に放置された匠は、低体温症により凍死した。

美咲は冷徹に言い放った。「矛盾脱衣に見せかけたのよ。彼を殺したの。この車に、4人分の命は乗らない」――匠は、生き残るための最初の犠牲者となった。圭太は衰弱の為、何も言えなかった。


第三章 隠された関係と冷酷な選択


車内には美咲、愛、圭太の3人が残された。しかし、彼らの間には隠された関係があった。愛と圭太は半年前から交際しており、美咲への配慮から秘密にしていたのだ。この事実が露呈し、車内の空気はさらに凍り付く。

再び排気口が雪で埋まり、誰かが外に出る必要に迫られた。美咲は「圭太が行くべきだ」と断言する。彼女の冷徹な判断基準は、「愛の恋人だから命をかけるべき」という理由に加え、「私たちの中で一番体力があるのは圭太だ」という残酷なものだった。「矛盾脱衣」で弱っているのに。

極限状況下では、集団の生存確率を高めるために無意識に「優先順位」が決定される心理が働くのだ。


第四章 矛盾脱衣の悲劇と母の決断


圭太は防寒着を重ね着し、ロープを腰に巻いて外に出た。しかし、作業中に再び「矛盾脱衣」の症状が発現。錯乱状態で防寒着を脱ぎ捨て、雪の中をさまよい始める。愛が叫び、助けようとするも、美咲は冷酷な判断を下した。「矛盾脱衣を起こした人の生存率は5%以下。それより、防寒着を無駄にする方が問題」。美咲と匠は圭太の車内に取り込んだ。美咲は「ほっときなさいよ」と言う中、圭太はそのまま運転手で、乾いた毛布に

包まれ少しずつ、スプーンで紅茶をで口を湿らせした。

愛の膀胱炎の症状に、美咲は「尿を車の暖房システムに利用する」という奇抜な発想を提案する。理論的には微量の暖房効果が見込めるが、非衛生的で持続性に欠けるアイデアだった。しかし、愛は皆が助かるならと、車のエンジンルーム近くに排尿し、わずかな熱効率の向上を図った。

夜明けが近づき、残された3人の体温は限界に達していた。愛と美咲、愛と圭太を自分の体で包み込み、体温を分け与えることを決断する。

美咲は膀胱の限界を感じていた。車内の狭いスペースでの排泄に耐えられず、「少しだけ外で」と決断する。

「大丈夫よ、すぐに戻る」

美咲は防寒着を脱ぎ捨て、下着姿になった。極限の寒さの中、彼女の白い肌は瞬時に鳥肌立つ。息は白く立ち上り、唇は紫色に変わっていく。

しかし、美咲は気づいていなかった。エンジンを停止させられた車内の温度は急激に下降する。

用を足しながら、美咲の体は痙攣し始めた。低体温症の初期症状だ。彼女の美しい体は震え、意識が朦朧としていく。車に戻ろうとするが、手足に力が入らない。


圭太は自分の体力が限界に近いことを悟っていた。匠を救えなかった罪悪感と、極寒の中での体力消耗が彼を蝕んでいる。そんな時、遠くから除雪車のエンジン音が聞こえてきた。

「助けが来る…」

しかし、音は次第に遠ざかっていく。このままでは見つけてもらえない。

圭太は決断した。最後に残った防寒着を愛に着せ、自分のセーターも脱いで愛の膝にかけた。

「圭太、何を…」

「俺が外に出て、助けを呼ぶ。道路まで行けば、誰かに見つけてもらえるかもしれない」

「ダメよ!あなたまで死んだら…」

圭太は愛の手を握り、彼女のお腹にそっと手を置いた。

美咲は何も言わず、ただ圭太を見つめていた。彼女も理解していた-これが唯一の方法だということを。


第四章 最後の計算


圭太は愛の手を握り、彼女のお腹にそっと手を置いた。

「この子を…俺たちの子を守ってくれ。それが俺にできる、最後の父親としての仕事だ」


愛は涙を堪えながら頷く。圭太が車のドアノブに手をかけた時、車の外で倒れていた美咲が震え声で呼び止めた。


「待って…」


美咲は震える手でハンドバッグを探り、小さな赤いレーザーポインターを取り出した。営業のプレゼンで使っていたものだ。


「これを…持って行きなさい」


圭太が振り返ると、美咲の唇は既に紫色に変わり始めていた。それでも彼女の瞳には、最後まで計算し続ける光があった。


「夜間でも…数百メートル先まで…見える」美咲は息も絶え絶えに続けた。「除雪車に…気づいてもらえる…確率が上がる」


圭太はレーザーポインターを受け取った。その時、美咲の手が一瞬だけ、圭太の手を強く握った。


「生き延びなさい…統計的に…あなたが一番…可能性が高い」


それは美咲らしい、最後まで合理的な判断だった。しかし、その震える声の奥に、彼女なりの精一杯の優しさがあった。


圭太は頷き、レーザーポインターを握りしめて吹雪の中へと向かった。遠くで除雪車のエンジン音が響いている。

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ホワイトアウト・トラップ 奈良まさや @masaya7174

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