魔王討伐篇

「おかしいですね……」


 町の宿屋でブランの帰りを待っていた聖女が独りごちる。

 その独り言を聞いていた賢者が、聖女に訊ねる。


「おかしいとは?」

「四半日ほど前に、試練の場となっている山のいただきに、神がこの世界に顕現した気配を感じました。伝承どおりであれば、神がお姿をお見せになったということは、ブラン様は無事に試練を乗り越え、聖剣を手に入れたことになります」

「となると、時間的には、もうとっくに我々のもとに戻っていなければ……そういうことか?」


 聖女が首肯を返した直後、ずっと窓の外を眺めていた剣聖が会話に混ざってくる。


「俺も外で山の様子を確認していたが、その直上を覆っていた雲が斬り裂かれ、空が晴れる様をこの目で目の当たりにした。それも、ちょうど四半日前にな」


 聖女たちは、深刻な面持ちで顔を見合わせる。


「伝説の剣の力が想像以上だったから、調子に乗って一人で魔王を倒しに行った……なんてことはねえよな?」


 剣聖の言葉を、聖女はかぶりを振って否定した「」。


「ブラン様の性格を考えたら、伝説の剣を得たからといって調子に乗るような真似はしないでしょう。ですが……」

「伝説の剣の力が予想以上だったからこそ、我々に命を賭けさせないために独りで魔王を倒しにいった――という可能性はあり得るな」


 聖女の言葉を引きつぐようにして、賢者は言う。

 ブランならば、そんな悲壮に満ちた決断を下してもおかしくない――そう思った三人は、今一度顔を見合わせ、頷き合ってから宿屋をあとにした。


 はたして、ブランが独りで魔王を倒しにいったという三人の推測は正しかった。

 だがその理由が、自分の股間から伝説の剣が生え伸びた姿を、苦楽をともにした仲間に見せたくないからその前にさっさと魔王を倒してしまおう――という、違う意味で悲壮に満ちた理由であったことを、三人は知る由もなかった。




 ◇ ◇ ◇




 下半身丸出しの俺は、伝説の剣――フルティングをぶらんぶらんさせながら、魔王の領地を全力で駆け抜けていた。


 フルティングは、それはもう哀しくなるくらいに伝説的な力を俺にもたらした。

 軽く腰を横に振っただけで、数千に及ぶ魔族の軍団をまとめて輪切りにする斬撃力は言わずもがな。

 こうして一週間ぶっ続けで全力疾走しているのに、疲れを感じることはおろか、眠気も空腹も感じることはない。


 フルティングがあれば、魔王なんて楽勝で倒すことができる。

 そんな確信を抱く一方で、こんな姿で魔王を倒したなんて後世まで語り継がれるくらいなら、この場で舌を噛み切って死んだ方がはるかにマシだと心底から思う。


 だが、さすがにそれはできない。

 俺の股間には、人類の命運がのしかかっている――って、ちょっと待て!?

 俺今「俺の肩には、人類の命運がのしかかっている」って考えていたはずでは!?



『それはな、この我が其方そなたの思考を瞬間的に乗っ取ったのが原因だ。勇者ブランよ』



 頭に響くこの声は……まさか神!?


『そうだ、神だ。これからは面白そうなタイミングで其方の思考を乗っ取るから、そのつもりでいるがよい』


 ちょ、ちょっと待て!

 今度こそ股間の剣を元に戻す方法を教えろ!!


『…………………………………………』


 って、露骨に黙んなクソ神がぁあぁああぁあぁぁぁあぁあッ!!


 ……クソッ。

 このままだと、魔王と戦う前に頭の血管がブチ切れて死んじまいそうだ。

 今はあのバカのことはほっといて、さっさと魔王を倒しに行かなければ……!


 そうして俺は、走っては魔族を輪切りにし、走っては魔族を輪切りにして……とうとう魔王城に辿り着く。

 もう色々と面倒くさいので、俺は腰を縦に振って魔王城を真っ二つにしようとするも、外壁に切れ目が入るだけの結果に終わってしまう。


 さすがは魔王の居城。

 一筋縄ではイかないようだ――って、おおい! 字ぃ!

 天を睨むつけるも、やはり神はだんまりを決め込むばかりで何の反応も見せなかった。


 ……クソッ。

 なんで最後の戦いを前にして、こんなしょうもない不安要素を抱えなきゃいけないんだ……!


 俺は気を取り直して、魔王城に突入し、並みいる魔族を全て返り討ちにしながら城の最上階まで駆け上がった。



 そして――



 俺は目の前にそびえ立つ、巨大かつ禍々しい両開きの大扉をゆっくりと押し開く。

 中に入ると、そこには、神なんかよりも余程威厳をたたえた顔立ちをした魔王モルダーが、俺のことを待ち構えていた。


「来たか、勇者ブラ――ぶほっ!」


 俺の股間に目がいった瞬間、魔王の威厳は秒で崩れた。


「……なんだそれは?」


 時間にして数秒。

 俺は、神への罵倒の言葉を並べるべきか、真面目に答えるべきか真剣に考え……後者を選んだ。


「伝説の剣、フルティングだ」

「……そうか」


 なんか、余計に気まずくなった。


 時間にして一分。

 フルティングがぶらんぶらんと揺れる中、気まずい沈黙が続く。


「……始めるか。勇者ブランよ」

「……だな。魔王モルダー」


 気の抜けた空気が霧散した瞬間、俺は腰を横に振って斬撃を飛ばす。

 それに対して魔王は、右手の掌を前に掲げ、真っ向からフルティングの斬撃を受け止めようとする。


 まさか――と思うよりも先に、魔王城の外壁の堅さが脳裏をよぎる。

 はたして俺の予想どおり、魔王は掌だけでフルティングの斬撃を受け止めた。

 掌に、かすり傷一つ負うことなく。


「驚いたか? 勇者ブランよ」

「……さすがにな」

「我輩の体は、我輩の魔力によって生み出された防御膜に覆われている。たとえ伝説の剣であろうとも、我輩に傷一つ負わせることはできんよ」


 マジか!?

 楽勝だと思ってたのに、魔王とんでもなく強いじゃねえか!?



『突くのだ……』



 不意に、神の言葉が頭に響く。


『フルティングから繰り出される刺突の威力は、斬撃の数十倍に及ぶ。魔王の防御膜など、それこそ紙のように貫くことができるであろう』


 ……ぶっちゃけ、それは俺も考えていた。

 考えていたが……神のクソ野郎が気まぐれで俺の思考を乗っ取る状況だと嫌な予感しかしないので、できれば使いたくなかった。


「……さすがに、四の五の言ってられねえよな」


 覚悟を決めた俺は、腰を弓なりに引き絞る。

 対する魔王は、先と同じように右手を前に掲げ、俺の攻撃を受け止める構えを見せる。


 転瞬――


 俺は床を蹴り、腰を前に突き出して、渾身の刺突を繰り出した。


 魔王はそれを真っ向から掌で受け止めようとするも、


 次の瞬間、膜を突き破られた魔王から、初めての血が滴り落ちた――って、やっぱあのバカ最悪のタイミングで思考を乗っ取ってきたじゃねえかぁああぁああぁッ!!

 魔王が防御とか言ってた時点で、絶対それっぽい改竄してくると思ってたんだよッ!!


「くッ、この程度……!」


 って魔王の野郎、反撃に出るつもりか!?

 クソッ! こうなったら、もう一回突きをくらわせてやる!


「ぐわぁあぁあぁッ!!」


 今度は奥深くまで突かれた魔王が、痛みに顔を歪めながら苦悶の声を上げる――って、だあぁあぁあッ、クソッ!

 こっちは真面目に戦ってるのに、字面が最悪すぎるッ!!


『絵面もまあまあ最悪だぞ?』


 おまえが言うなおまえがッ!


「わ、我輩の防御膜が!? い、嫌だ……普通に殺されるならまだしも、股間から生えた剣なんかに突き殺されたくない!」


 気持ちはわかるが逃げんなッ!

 人類滅ぶべしとか言ってケンカ売ってきたのはそっちだろうがッ!


 激昂した俺に呼応したのか、怒張したフルティングがバックから魔王の大事なところを串刺しにする――って、だから字面ぁッ!!


「ひ、ひぃぃぃ……!」

「だ~もう! だから逃げんなって!」


 俺は逃げようとする魔王を捕まえ、バックからガンガンに突きまくる。


「おらッ! 逝けぇッ! さっさと逝っちまえッ! その方が俺もお前も楽になれんだからよぉッ!」


 って、台詞まで乗っ取ってんじゃねえぇえぇえぇえぇえッ!!

 いっそ血涙でも流れてくれればと思いながら、俺は魔王が果てるまでひたすら腰を振り続けた。




 ◇ ◇ ◇




 ブランが並みいる魔族を独りで輪切りにしてくれたおかげか、すでにもう魔王城に到着していた聖女、賢者、剣聖の三人は、何の障害もなく魔王城の最上階に辿りついていた。

 この先に魔王がいる――そう確信させられる、巨大かつ禍々しい両開きの大扉を前に、三人は息を呑む。


「この先で、ブラン様と魔王が……」


 聖女の言葉を引き継ぐ形で、賢者は言う。


「間違いなく、死闘を繰り広げているだろうな」


 剣聖は一つ頷き、訊ねる。


「開けるぞ?」

「それなら、わたくしも」

「ああ。我も一緒に」


 三人は一緒に大扉を開き――



「おらッ! 逝けぇッ! さっさと逝っちまえッ! その方が俺もお前も楽になれんだからよぉッ!」



 そんなことを叫びながら、腰を振って魔王をめった刺しにする勇者ブランの姿を目の当たりにして、そっと大扉を閉めた。


 何かの見間違いだろう。何かの聞き間違いだろう――三人は、そう自分に言い聞かせながら、疲れたように眉間を指で摘まむ。

 そして顔を見合わせ、頷き合ってから再び、三人揃って大扉を開き――


「ぐわぁッ! やめッ! 許してぇッ!」


 伝説の剣で背中バックをガンガンに突かれ、悲鳴を上げる魔王を見て、再びそっと大扉を閉めた。






 こうして魔王モルダーは、勇者ブランの手で討ち果たされた。

 ブランの必死の弁解により、股間の剣に関わる悲劇について三人は理解を示し、後世でもその事実が伝わらないよう気を遣ってくれた。

 凱旋した後に建てられたブランの銅像には、股間ではなくその手にしっかりと伝説の剣が握られていた。



 だが――



 魔王が死に絶えたことで、神曰く『役目を果たした』フルティングは、ブランの肉体から消滅。

 無事、ブランの股間は元通りになったわけだが。


 その際、ブランの竿と玉をガッツリと目の当たりにした聖女は、恥ずかしがって目を背けるわけでも、顔を赤くして悲鳴を上げるわけでもなく。


 ただ、一瞬だけ、ふっ……と鼻で笑った。


 それによって受けたブランがダメージは、魔王討伐までに受けた全てのダメージをはるかに超えるほどに重く、立ち直るのに一年の時を要したのであった。






 E(N)D

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俺の股間が伝説の剣だった件 亜逸 @assyukushoot

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