のらとシャバ

首藤慧一

路地裏の出会い

 街角の少し入り組んだ路地。そこで、毛艶けづやの良い一匹の美しい猫が人間に絡まれていた。早い話がいじめられていたのだ。

「い、痛いです……! やめてください!」

 猫は必死に訴えるが、人間に猫の言葉が通じる筈も無く、その美しい猫はただじっと耐えるしか無かった。

 そこへ閃光せんこうごとく現れたのは、傷だらけでボサボサの毛並みを持った別の猫。

 その猫は、虐められている美しい猫を助けるように鋭い猫パンチを人間へ繰り出した。

「いってぇ……突然出てきたと思ったら、ガチできやがったこの猫! あーあ、血ぃ出てるわ……」

 強烈な猫パンチにひるんだ人間は狼狽うろたえ、最早もはや猫を虐めることにいたような、きょうがれたような様子で、たかが猫風情に怪我けがを負わされたことに負け惜しみを言いながらその場を去っていった。

「おい、小僧こぞう。大丈夫か」

 傷だらけの──恐らく野良だろう──猫は、美しい猫にたずねた。

「は、はい! 危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」

 美しい猫はこれまた美しい、礼儀正しい所作しょさで野良猫へ礼を述べた。

「礼なんか良い。あたしゃ我々『猫』に対する狼藉ろうぜきが許せねぇだけだ」

 照れ隠しなのか、野良猫はぷいとそっぽを向いてしまう。

「その……すごく格好良かったです! 僕を弟子にしてくれませんか」

 美しい猫は目を爛々らんらんと輝かせて傷だらけの野良猫へ言った。

「弟子なんか取ってねぇよ。ほら、あったけぇ家があんだろ。お前みてぇなは早くおうちに帰んな」

 野良猫は「あたしにこれ以上近付くな」と言わんばかりに、ぴしゃりと言い放つ。

「でも……!」

「ほら、早く」

 美しい猫の訴えに聞く耳を持たず、ぎろりとにらみ付け家に帰そうとする野良猫。

「僕、」

 美しい猫はうつむいて語り出す。

「ずっと家猫いえねことして飼われてきて、不満も不自由も無かったし、安全な場所で暮らしてきました。けど、これでも一応オスなのに、僕は全然弱くて……。今日も外を散歩していて、人間さんに虐められるなんて思いもしませんでした。僕は──」

 美しい猫はそこで一度言葉を区切り、決心した様子で野良猫へ向き直った。

「僕は、あなたみたいな格好良い『一人前の猫』になりたいんです!」

 美しい猫は真剣な──一瞬、失われたかと思われた野生の色がにじんだ、真っ直ぐな眼差まなざしで野良猫へ訴えかけた。

「……ちっ」

 野良猫は、美しい猫からの心からの言葉に、諦めたようにひとつ舌打ちをした。

「しょうがねぇな。勝手にしろ」

 その言葉に美しい猫はぱぁっと顔色を明るくした。

「ありがとうございます!」

 ただし、と野良猫は言う。

手前てめぇの名前は今日から『シャバ』だ」

 美しい猫はきょとんとした顔で「シャバ……」と復唱する。そして、

「あなたのお名前は何ですか」と野良猫へ訊ねた。

 野良猫はふん、と鼻を鳴らしながらどこか誇らしげに言う。

「無ぇよ、んなもん。野良に名前なんざ要らねぇんだよ」

 野良猫──便宜上べんぎじょう、『のら』としておこう──の、その台詞せりふに美しい猫──シャバはまた顔を輝かせた。

「そうなんですね……! では、あなたの事は『師匠』とお呼びしても?」

 のらはふてぶてしく返事する。

「勝手にしろ」

 そうして、のらは何となく嬉しそうな、いつくしむような声でシャバに声を掛ける。

「ぼさっとしてんな。ほら行くぞ、『シャバ』」

「はい、『師匠』!」

 師匠と弟子、『のら』と『シャバ』の二匹は連れ立って街へと繰り出した……。

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のらとシャバ 首藤慧一 @Britain

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